ダンシング・オン・ブラッディ

鍵谷 雷

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第1章

9話

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「始末しろ。計画の邪魔になる可能性を残しておくな」 

 報告を受けた吸血鬼の王ヴァンパイア・ロードヴァルドーは冷酷な声で告げた。エレッタは新しく来た魔術師が力を隠していたこととその魔力の強さのみを話した。リュシールとの密会は伏せておいたのである。

「……はい。では、森で魔物に殺されたかのように消しておきます」

 エレッタは確認をとる。

「この件はジュラルドとジェロームに任せる。二人を呼べ」
「承知しました」
「お前にはリュシールの監視をしてもらう。その女が消えるまでこの館から出すな」
「……はい」

 エレッタは王の下で如何なる仕事をも淡々と確実にこなしてきた。しかし、この時ばかりは迷いがあった。これまで、何事にも固執するような素振りを見せなかったリュシールが初めて興味を示した人間。それがあっさりと消えてしまえば彼女はどのような顔をするのだろうか。そう考えると心が痛む。

「(せめて、お嬢様にとって取るに足りぬ存在だったことを願うばかりです……)」

 すぐにでも二人に命令が下されるだろう。エレッタに出来ることはリュシールの気を逸らすことくらいだ。



『森に来て欲しい』

 夜、セレスタが部屋に戻るとこのような黒いメッセージが床に残されていた。

「……あのバカ姫様は……」

 フェルツに相談すると、警戒されないように一人で行ってほしいと言われる。
 境界付近には誰も見当たらない。別の場所で待っているのだろうか。そこで小さな違和感に気づく。前回は『"境界"で待ってる』と呼び出したが今回は『"森"に来て欲しい』というメッセージだった。


 かつて、魔物の被害に苦しんでいた村に魔術師が迷い込んだ。決して裕福でない村人たちは魔術師に食事と寝床を提供した。魔術師はお礼にとこの村の周囲に結界を張った。その結界は魔物が近づくことの出来ないというものだった。魔物が直接村を襲ってくることは無くなったが、結界も永遠というわけではなく村人たちの不安は残った。そのために吸血鬼と契約した。というのが正しい経緯らしい。
 吸血鬼は立ち入る事が可能だが、極力近づかないという契約を交わしている。

 そのため、こちらに森に出向けというのはおかしい。人間は結界の境界線ギリギリで待っていればいい。警戒のため、両手で別々の術式を構築し始める。
 そのとき、森の奥から何かが飛んできたことに気がつく。すんでのところで避けたそれは人差し指程度の大きさの赤い刃物のような何かだった。

「躱したか。意外とやるじゃないか」

 そう言いながら姿を見せたのは全身黒い服に身を包んだにやけ面の男と右頬に大きな傷のある騎士のような男だった。どちらも目が赤い。吸血鬼ヴァンパイアだ。

「ジュラルドさん、だから気づかれないうちにろうって言ったじゃないすか。なんか魔術使おうとしてますよ」
「姫様が見初めたってやつだぞ。試してみたいじゃないか」

 ジュラルドが笑いながらそう言うと、にやけ面の吸血鬼は舌打ちをした。

身体強化トゥール・ラスカ! 光よソルス!」

 両手に貯めていた魔術を同時に使う。身体能力を上げ、光を放ち目くらましに使う。セレスタはとっさに森の中へ入っていく。どちらもそれまでより強力になっている気がした。
 リュシールが以前言っていた、魔物が減っているというのは本当のようだ。夜も深いというのにそれらしい気配がほとんど感じられない。吸血鬼が追ってきているからだろうか。
 既に近づかれていることが分かる。そして、前方からも禍々しい雰囲気が漂っている。前後からの殺気に押しつぶされそうだ。たかだか新米魔術師を殺すのに三人も動員することに、"光"の可能性すら感じていた。

「一か八か……」

 胸元のロザリオを投げ捨て、前方に手をかざす。すると、セレスタの横に風が吹き抜ける。前方の誰かは彼女を無視したのだ。にやけ面の吸血鬼が狼狽えたような声を出す。後ろを振り返るとジュラルドと黒いマントを身に纏い巨大な剣を背負った男が相対していた。

「お前、あの女の味方か?」
「知らんな、俺は戦いに来ただけだ」
「最近魔物が減ってるってのはお前の仕業か?」
「そうかもな」

 セレスタは状況が飲み込めないが、黒い剣士は敵ではないことと逃げる時間が与えられたことは理解出来た。

「ジェローム! 女は任せる。俺はこいつの相手をしてやる!」

 ジュラルドは嬉々として大声を出し、腰の剣を抜いた。それに対してにやけ面の吸血鬼ジェロームは返事をしなかった。黒い剣士は応える

「やはりな……、この場で貴様が最も強い。そして俺と同類だ」
「いい度胸だ、人間。楽しませてくれよ」

 金属のぶつかり合う音が森に響く。セレスタは我に返ったように走り出した。
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