ダンシング・オン・ブラッディ

鍵谷 雷

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第1章

8話

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 肩を揺すられているのが分かる。名前を呼ばれているのも分かる。

「起きろ、セレスタ!」
「……先輩、どうしたんですか……?」

 机に突っ伏して眠っていたようだ。意識がはっきりすると急に恥ずかしくなる。パッと立ち上がり頭を下げる。

「すみません!」
「謝罪はいいから早くここから出るぞ。もうじき人が来る」

 慌てて部屋に戻る。修道服に着替え、食卓に用意されていた朝食を頬張りながら礼拝堂へ向かう。どうやら間に合ったようだ。すでに椅子は戻されて階段は隠されている。
 突然、フェルツはこちらに本を差し出した。表紙は黒い無地で、何も書かれていない。地下室に置いてあったものだろうか。

「これはさっきお前が枕にしていた本だ。何故、何も書かれていない本を読んでいた?」

 受け取った本のページを開くと、確かにそこには何も書かれていなかった。そんなはずはない。全て白紙の本などをわざわざ読むような者がどこにいるのというのだ。
 何とも言えないような表情を見せたセレスタに対し、フェルツはお祈りが終わったら付き合うように言われる。

「少し体を動かすのを手伝ってくれ」

 実戦形式で組み手をしたいとのことだった。フェルツはすでに構えている。

身体強化トゥール・ラスカ!」

 二人同時に身体能力を向上させる魔術を唱える。一対一の戦闘においての基本戦術だ。
 フェルツは真っ直ぐに突っ込んでくる。どのような技を出そうとしていてもそこに魔術の入り込む余地は無い。一瞬で詰められる距離に術式構築が必要な魔術など使用している暇は与えられないのだ。
 右ストレートを左手で払う。次に来るであろう左を避けるため斜め後ろに下がろうとすると体勢が崩れる。左足からのローキックが直撃した。左はフェイントだったのだ。膝を着いた瞬間、首を軽く掴まれる。

「あたしの勝ちだな」

 学院時代のフェルツは成績中位くらいの生徒だった。しかし、それは実技試験が魔術戦によるものだったからだとセレスタは思っていた。もし今のような実戦形式ならば、ほとんどの生徒は彼女に敵わない。それどころか魔術すら使うことが出来ないかもしれない。何故従騎士にならなかったのかと聞いたことがあったが、何となくだとはぐらかされてしまった。

 「次はロザリオ外してやってみろ」

 肌身離さず持ち歩けと言ったり外せと言ったり不可解な感じだが、首から下げているロザリオを外して地面に置いた。
 体が軽い。身体強化の効果が強まった感じがした。

「気づいていると思うが、そのロザリオはお前の"光"を封じるためのものだ」

 セレスタは驚かない。これが最も辻褄が合う事実だ。

「詳しい説明は後でしてやる。まずは試してみろ」

 フェルツが構えた。先程とは雰囲気が違う。一戦目と同じように真正面から攻めてきた。セレスタの直前で体勢を低くしタックルで腰を抑えようとする……はずだったが横に躱される。すぐさま立て直そうとするが、セレスタは低くなった頭をミドルキックで狙う。腕で受けたが衝撃で体が揺らぐ。瞬間、

光の糸ソル・サーツ

セレスタが手から放った糸がフェルツの両足首を固定するように巻きつく。

「参ったよ。動けるようになったじゃないか」
「ありがとうございました」

 セレスタは先輩の足に絡みつく糸を解いた。

「さっきのキック本気だったろ」
「先輩なら上手くガードすると思ってたので」
「バカ言え、腕が痺れてるぞ」

 本気というのは間違いではないが、あのタイミングでフェルツが防ぐことが出来る技を放ったのだ。二人の間にはそれだけの実力差があった。
 セレスタはロザリオを拾った。

「そのロザリオでお前の力を封じていた。吸血鬼や魔物に狙われないようにな。まあ、無駄骨だったみたいだが」

 リュシールに目をつけられた事を言っているのだろう。

「先輩は私の"光"が分かるんですか?」
「いや、あたしには見えない。知り合いが教えてくれた」
「もしかして、吸血鬼ですか?」
「そうだよ、お前と一緒さ」
「べ、別にあれは……」

 無理矢理呼び出されたというのは事実だが、こちらから質問した以上共犯と言われればそれまでだ。戸惑うセレスタにフェルツは優しく微笑みかける。

「怒っちゃいないさ。むしろ良い方向に動くかもしれない。姫と話したことを教えてくれ」

 セレスタはリュシールと会話した内容を簡潔に話す。

「じゃあ、姫の本当に話したいことはまだ聞いてないんだな」
「はい」

 何か思い当たることはないかと聞かれたが、"光"くらいしか考えられなかった。そもそもリュシールは自分をどうしたいのだろうか。セレスタにはそれすらも見当がつかなかった。
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