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第1章
7話
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"光"を認知できるものとできないものがいるとして、吸血鬼の館でリュシール以外は誰も"光"に気がつかなかったというのはおかしな話だ。セレスタは冷静に考察をした。
ミストという魔術師は『隠した方がいい』と言っていたが、その後特に何もしていなかった。そもそも、その時は意味が分かっていなかったのだ。
「どういうこと……?」
天井に向かって呟く。
リュシールが本当に伝えたかった事とは何なのだろうか? 嫌な予感しかしない。しかし、彼女も先輩と同じ恩人だということが忌々しい。
村に来て三日目の朝だ。朝食の準備が終わり、食卓に着くとフェルツがあらたまったようにこちらを見て
「どこに行くにもロザリオは身に着けておいて」
と言った。引っ掛かる言い方だったが、何も聞かず素直に一言で返事をする。
パンとサラダと牛乳という献立を見ていると、学院時代の寮の朝食がいかに贅沢だったかがよく分かる。フェルツがそれを話題にしてくる。魔物の件についてそれとなく告げようかと思っていたが、タイミングを逸してしまった。
朝食後はお祈り、農作業、村人の手伝いなど、初日と同じような日常的な生活だった。村人は朗らかで優しい人ばかりだ。化け物の近くで過ごしている以上、人間同士で争っていては暮らしていけないのだろうか。
フリアを見かけたので声をかけようとしたが、友達と遊んでいる姿からはあの夜の怯える様が嘘のようだったので呼び止めるのはやめておく。
四日目の夜、夕食後にフェルツはセレスタを呼び止める。
「見せたいものがある」
とだけ言い礼拝堂へ連れてこられた。中央の広い通路を挟むように椅子が二列ずつ配置されている。入口から右手側の手前から三つ目の席を何やらいじり、奥へと押す。すると、その下には階段が隠されていた。
「入るぞ、光点けろ」
魔術で光を灯し、ゆっくりと階段を降りる。地下には広いが狭い部屋があった。手のひらサイズの光では先まで見えない。しかし、部屋自体は棚や入りきらない本が立ち並んで狭く感じた。
「ここは魔術師の隠し研究所だったっぽいんだ」
「帝国の図書館でも見たことあるようなものばかりですが……」
「お宝ってのはそういうとこにひっそり隠しとくもんだろ」
「お宝ですか?」
つまり、この中から有益な情報を探そうということだろう。もしかしたら、"光'"に関することも分かるかもしれない。
「礼拝とか無ければ、いつ来てもいいからな。じゃ、お休み」
先輩は一足先に地下室を出ていった。
セレスタに地下室を教えた。これには二つの意味があった。''光''に関する手がかりを与えられるかもしれないということ。もう一つは、吸血鬼や魔物に対抗し得る力を見つけられるかもしれないことだ。
「あいつは優秀だ。あたしよりは断然な」
ポツリと呟く
フェルツも未知の書籍や手書きの紙束をいくつか見つけた。しかし、術式や言語が難解で半分も理解することが出来なかった。すぐに場所を森の方へと向かう。
「やあ」
「境界に立つな」
「はいはい」
そう言われたラシェルは村の境界線から足を引っ込めた。村と森との間に張られた結界に隙間を生じるのは避けたい。
彼女は急ぎの報告があるとフェルツを呼び出したのだ。
「良くない報せと普通の報せがある。どっちから聞きたい?」
「良くない方から話せ」
「言うと思った。研究が進んだっぽいよ。そろそろ動かし始めるんじゃあないかな」
「思ったより早いな……。で、普通の方は?」
「後輩ちゃんのこと、お姫様とエレッタが気づいてる」
確かに普通の報告だった。姫が個室に連れて行ったという時点で気づかれていたという予測は立つ。姫自身が独占しようとしていても、そこから他の吸血鬼に漏れていたとしても不思議ではない。
「それはまあ予想通りだな」
「ただ、王様に報告してる可能性はあるよね」
「そういった動きは?」
「まだ無いね」
「そうか……。引き続き頼む」
ラシェルの背後からは魔物と思しきうめき声や木々の倒れる音が響き渡る。境界の中でもこれだけ聞こえてくるのだから森側はうるさくて仕方がないのだろう。
「耳が痛いなあ」
「ジュラルドか?」
「うん、じゃなきゃボクの番でもないのにここまで来れないよ」
そろそろ密会も解散という雰囲気だが、ラシェルは忘れ物に気づいたような顔をした。
「ああ、そうだ。最近ここら辺の魔物が減ってるって知ってる?」
「初耳だな」
「まあ、後輩ちゃんも知ってると思うけどさ。姫様が教えてたし」
フェルツは驚いた。『魔物が減っている』という点ではなく、『姫と密会している』という点だ。
「何故それを先に言わない!?」
思わず声を荒げてしまう。目の前の吸血鬼は悪びれる様子もなく後頭部を手で掻いていた。
「知らなかったの?」
「ああ、今日一番の良くない報せだ」
「んー、でもこれって良い方向に進む可能性もあるんじゃない?」
フェルツは首を傾げた後、何かに納得したような顔をする。しかし、"光"の魔術師と吸血鬼の姫の密会がこちらの利に繋がるとは考えにくい。
「で、セレスタと姫様が話してたのは魔物の件だけか?」
「後輩ちゃんがまず"光"についてお姫様に聞いて、お姫様はそれだけ。他に話したそうな感じだったけど」
「お前、尾行バレてるんじゃないか」
「エレッタがバレた。ボクは上手くやってるさ」
フェルツは胡散臭いものを目にしたようにラシェルを睨む。ラシェルは目を反らしながら背中を見せる。
「次呼び出すときは貰うから」
二人は『情報の見返りに血を要求する』だけの関係だ。お互いにそれを違えるつもりは無かった。
ミストという魔術師は『隠した方がいい』と言っていたが、その後特に何もしていなかった。そもそも、その時は意味が分かっていなかったのだ。
「どういうこと……?」
天井に向かって呟く。
リュシールが本当に伝えたかった事とは何なのだろうか? 嫌な予感しかしない。しかし、彼女も先輩と同じ恩人だということが忌々しい。
村に来て三日目の朝だ。朝食の準備が終わり、食卓に着くとフェルツがあらたまったようにこちらを見て
「どこに行くにもロザリオは身に着けておいて」
と言った。引っ掛かる言い方だったが、何も聞かず素直に一言で返事をする。
パンとサラダと牛乳という献立を見ていると、学院時代の寮の朝食がいかに贅沢だったかがよく分かる。フェルツがそれを話題にしてくる。魔物の件についてそれとなく告げようかと思っていたが、タイミングを逸してしまった。
朝食後はお祈り、農作業、村人の手伝いなど、初日と同じような日常的な生活だった。村人は朗らかで優しい人ばかりだ。化け物の近くで過ごしている以上、人間同士で争っていては暮らしていけないのだろうか。
フリアを見かけたので声をかけようとしたが、友達と遊んでいる姿からはあの夜の怯える様が嘘のようだったので呼び止めるのはやめておく。
四日目の夜、夕食後にフェルツはセレスタを呼び止める。
「見せたいものがある」
とだけ言い礼拝堂へ連れてこられた。中央の広い通路を挟むように椅子が二列ずつ配置されている。入口から右手側の手前から三つ目の席を何やらいじり、奥へと押す。すると、その下には階段が隠されていた。
「入るぞ、光点けろ」
魔術で光を灯し、ゆっくりと階段を降りる。地下には広いが狭い部屋があった。手のひらサイズの光では先まで見えない。しかし、部屋自体は棚や入りきらない本が立ち並んで狭く感じた。
「ここは魔術師の隠し研究所だったっぽいんだ」
「帝国の図書館でも見たことあるようなものばかりですが……」
「お宝ってのはそういうとこにひっそり隠しとくもんだろ」
「お宝ですか?」
つまり、この中から有益な情報を探そうということだろう。もしかしたら、"光'"に関することも分かるかもしれない。
「礼拝とか無ければ、いつ来てもいいからな。じゃ、お休み」
先輩は一足先に地下室を出ていった。
セレスタに地下室を教えた。これには二つの意味があった。''光''に関する手がかりを与えられるかもしれないということ。もう一つは、吸血鬼や魔物に対抗し得る力を見つけられるかもしれないことだ。
「あいつは優秀だ。あたしよりは断然な」
ポツリと呟く
フェルツも未知の書籍や手書きの紙束をいくつか見つけた。しかし、術式や言語が難解で半分も理解することが出来なかった。すぐに場所を森の方へと向かう。
「やあ」
「境界に立つな」
「はいはい」
そう言われたラシェルは村の境界線から足を引っ込めた。村と森との間に張られた結界に隙間を生じるのは避けたい。
彼女は急ぎの報告があるとフェルツを呼び出したのだ。
「良くない報せと普通の報せがある。どっちから聞きたい?」
「良くない方から話せ」
「言うと思った。研究が進んだっぽいよ。そろそろ動かし始めるんじゃあないかな」
「思ったより早いな……。で、普通の方は?」
「後輩ちゃんのこと、お姫様とエレッタが気づいてる」
確かに普通の報告だった。姫が個室に連れて行ったという時点で気づかれていたという予測は立つ。姫自身が独占しようとしていても、そこから他の吸血鬼に漏れていたとしても不思議ではない。
「それはまあ予想通りだな」
「ただ、王様に報告してる可能性はあるよね」
「そういった動きは?」
「まだ無いね」
「そうか……。引き続き頼む」
ラシェルの背後からは魔物と思しきうめき声や木々の倒れる音が響き渡る。境界の中でもこれだけ聞こえてくるのだから森側はうるさくて仕方がないのだろう。
「耳が痛いなあ」
「ジュラルドか?」
「うん、じゃなきゃボクの番でもないのにここまで来れないよ」
そろそろ密会も解散という雰囲気だが、ラシェルは忘れ物に気づいたような顔をした。
「ああ、そうだ。最近ここら辺の魔物が減ってるって知ってる?」
「初耳だな」
「まあ、後輩ちゃんも知ってると思うけどさ。姫様が教えてたし」
フェルツは驚いた。『魔物が減っている』という点ではなく、『姫と密会している』という点だ。
「何故それを先に言わない!?」
思わず声を荒げてしまう。目の前の吸血鬼は悪びれる様子もなく後頭部を手で掻いていた。
「知らなかったの?」
「ああ、今日一番の良くない報せだ」
「んー、でもこれって良い方向に進む可能性もあるんじゃない?」
フェルツは首を傾げた後、何かに納得したような顔をする。しかし、"光"の魔術師と吸血鬼の姫の密会がこちらの利に繋がるとは考えにくい。
「で、セレスタと姫様が話してたのは魔物の件だけか?」
「後輩ちゃんがまず"光"についてお姫様に聞いて、お姫様はそれだけ。他に話したそうな感じだったけど」
「お前、尾行バレてるんじゃないか」
「エレッタがバレた。ボクは上手くやってるさ」
フェルツは胡散臭いものを目にしたようにラシェルを睨む。ラシェルは目を反らしながら背中を見せる。
「次呼び出すときは貰うから」
二人は『情報の見返りに血を要求する』だけの関係だ。お互いにそれを違えるつもりは無かった。
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