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第1章
6話
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夜、眠りにつこうと部屋に入ると、黒い影が動いた。小鳥ほどの大きさの黒い何かはキーキーと鳴き始めた。
「コウモリ?」
どこかから迷い込んだそのコウモリはこちらに気づくと床に着地した。すると、コウモリは床に吸い込まれるように溶けて、そこには黒い文字が浮かぶ。
『境界で待ってる』
少し経つと黒い文字は何もなかったかのように消えた。
この村に来たばかりの自分に、このような派手で傲慢な呼び出しをするのは一人しか思い浮かばなかった。セレスタは昨夜のことも含めて、文句をぶつけてやろうと上着を羽織って部屋を出る。
「やあ、元気?」
吸血鬼のワガママ姫がにこにことした顔で待っていた。
「こんな夜中に何の用?」
「夜じゃないと会えないじゃん」
「もう帰るから」
「待って待って! 話があるって言ったじゃん! そっちも聞きたいことあるでしょ!?」
セレスタは手を体の後ろに回して、少し考えるような素振りをする。背で隠した指を動かしながら言う。
「私から質問させて」
「いいよ」
「"光"って何?」
リュシールは心底驚いたような表情をした。
「誰にも言われたことなかったの?」
「以前、旅の魔術師にも言われたことがあるけど……」
「ああ、気付ける人にしか気づけないのかな」
彼女は勝手に納得したような顔をする。セレスタはリュシールを睨みつけた。
「知ってることは全部話すから、手はこっちに向けないでよ」
術式を描いていたことはとっくにバレていたようだ。やはり、このような小細工は効かないらしい。
「わたしも詳しくは知らないんだけどね、特別な力を持つ人間がいるらしいんだよ。君たちの間には英雄譚とか伝説とかあるでしょ? そういうのの主人公がやっぱり"光"を持っていたらしい」
説明がざっくりとしていて分かりにくいが、どうやら特殊な人間のことを指すらしい。
「貴女、その"光"を他に見たことあるの?」
「無いよ」
「私が本当にそうか分からないじゃない!」
「でも、君に目を奪われたのは本当だ」
セレスタは思いがけない返しに驚愕する。しかし、すぐに冷静さを取り戻して訊ねる。
「帝国には優秀な魔術師が沢山いたのに、誰にも指摘されないなんておかしいじゃない」
「そう言われてもなあ……。誰も気づかなかったとか、分かる人がいてもあえて隠してたとか? 君に指摘した魔術師は知っていたから指摘できたとかも考えられるね」
聞けば聞くほど矛盾が生じた返答で誤魔化されているような気がしてくる。とりあえずは自分が『特殊な人間』かもしれないということだけ頭に入れておこうと思った。
「分かった、もういいわ。貴女の要件をどうぞ」
先ほどまで口を開きたそうにうずうずしていたリュシールだが、考えるような詰まった感じで話し始めた。
「……最近、この周辺の魔物が減っているんだ。人間側でも調べてもらおうと思って」
リュシールはそう言いながら、小さく人差し指を下に向けている。セレスタは地面に目だけを向けた。
『聞かれてる』
部屋のときのように黒い文字が土の上に現れていた。そしてすぐ消える。
「……それだけ?」
「うん、今日はこれだけ。また今度来るときは血を貰うよ」
「来ないで」
「ヒドイな~。じゃあ、またね」
セレスタは彼女が森の中へ入っていったのを確認すると、自分も教会へ戻った。
リュシールは森に入ってすぐ、父親の秘書兼自らの世話役の名を呼んだ。
「エレッタ、趣味が悪いよ」
セレスタとフリアを館まで案内した女吸血鬼が暗闇から姿を見せた。
「申し訳御座いません。密かに出て行ったので……」
「人間と通じて何か企もうとしている、とでも言いたい?」
「いえ、決してそのようなことは……」
会話の優位を取ったところで話を切り替える。エレッタのセレスタに対する印象を確認しておきたかった。
「彼女、どう思う?」
「館に連れてきた時とは別人のようでした。先に来た魔術師よりも間違いなく強いと思われます」
「何かで隠していたんだろうね。彼女のこと、お父様には黙っていてくれないかな?」
「それは……」
エレッタが言葉に詰まった瞬間、リュシールは彼女に顔を近づける。どうやら魔力は感知したが、"光"が見えていなかったかそれとは認識出来ないらしい。
「頼むよ。親に褒められたい娘の気持ちを汲んでくれない?」
「……はい。しかし、お嬢様の身に危険が及びそうなときは報告しますので」
「うん、ありがとう」
魔物が減っているというのは本当のことだった。人間、吸血鬼双方ともに喜ばしい事に思えるが、それ以上の危険の予兆とも捉えられる。人間にも警戒するよう伝えるのは不思議ではない。わざわざ館を抜け出してこっそりと会おうとしていた理由としてはそれらしいものに聞こえたはずだ。しかし、セレスタに話したかったことはこれではない。コウモリで伝えることは出来るが、こちらの誠意は伝わらないだろう。今夜は諦めて館に戻ることにした。
「う~ん、どうしたものかなあ」
広いベッドに転がりながら独り呟いた。
「コウモリ?」
どこかから迷い込んだそのコウモリはこちらに気づくと床に着地した。すると、コウモリは床に吸い込まれるように溶けて、そこには黒い文字が浮かぶ。
『境界で待ってる』
少し経つと黒い文字は何もなかったかのように消えた。
この村に来たばかりの自分に、このような派手で傲慢な呼び出しをするのは一人しか思い浮かばなかった。セレスタは昨夜のことも含めて、文句をぶつけてやろうと上着を羽織って部屋を出る。
「やあ、元気?」
吸血鬼のワガママ姫がにこにことした顔で待っていた。
「こんな夜中に何の用?」
「夜じゃないと会えないじゃん」
「もう帰るから」
「待って待って! 話があるって言ったじゃん! そっちも聞きたいことあるでしょ!?」
セレスタは手を体の後ろに回して、少し考えるような素振りをする。背で隠した指を動かしながら言う。
「私から質問させて」
「いいよ」
「"光"って何?」
リュシールは心底驚いたような表情をした。
「誰にも言われたことなかったの?」
「以前、旅の魔術師にも言われたことがあるけど……」
「ああ、気付ける人にしか気づけないのかな」
彼女は勝手に納得したような顔をする。セレスタはリュシールを睨みつけた。
「知ってることは全部話すから、手はこっちに向けないでよ」
術式を描いていたことはとっくにバレていたようだ。やはり、このような小細工は効かないらしい。
「わたしも詳しくは知らないんだけどね、特別な力を持つ人間がいるらしいんだよ。君たちの間には英雄譚とか伝説とかあるでしょ? そういうのの主人公がやっぱり"光"を持っていたらしい」
説明がざっくりとしていて分かりにくいが、どうやら特殊な人間のことを指すらしい。
「貴女、その"光"を他に見たことあるの?」
「無いよ」
「私が本当にそうか分からないじゃない!」
「でも、君に目を奪われたのは本当だ」
セレスタは思いがけない返しに驚愕する。しかし、すぐに冷静さを取り戻して訊ねる。
「帝国には優秀な魔術師が沢山いたのに、誰にも指摘されないなんておかしいじゃない」
「そう言われてもなあ……。誰も気づかなかったとか、分かる人がいてもあえて隠してたとか? 君に指摘した魔術師は知っていたから指摘できたとかも考えられるね」
聞けば聞くほど矛盾が生じた返答で誤魔化されているような気がしてくる。とりあえずは自分が『特殊な人間』かもしれないということだけ頭に入れておこうと思った。
「分かった、もういいわ。貴女の要件をどうぞ」
先ほどまで口を開きたそうにうずうずしていたリュシールだが、考えるような詰まった感じで話し始めた。
「……最近、この周辺の魔物が減っているんだ。人間側でも調べてもらおうと思って」
リュシールはそう言いながら、小さく人差し指を下に向けている。セレスタは地面に目だけを向けた。
『聞かれてる』
部屋のときのように黒い文字が土の上に現れていた。そしてすぐ消える。
「……それだけ?」
「うん、今日はこれだけ。また今度来るときは血を貰うよ」
「来ないで」
「ヒドイな~。じゃあ、またね」
セレスタは彼女が森の中へ入っていったのを確認すると、自分も教会へ戻った。
リュシールは森に入ってすぐ、父親の秘書兼自らの世話役の名を呼んだ。
「エレッタ、趣味が悪いよ」
セレスタとフリアを館まで案内した女吸血鬼が暗闇から姿を見せた。
「申し訳御座いません。密かに出て行ったので……」
「人間と通じて何か企もうとしている、とでも言いたい?」
「いえ、決してそのようなことは……」
会話の優位を取ったところで話を切り替える。エレッタのセレスタに対する印象を確認しておきたかった。
「彼女、どう思う?」
「館に連れてきた時とは別人のようでした。先に来た魔術師よりも間違いなく強いと思われます」
「何かで隠していたんだろうね。彼女のこと、お父様には黙っていてくれないかな?」
「それは……」
エレッタが言葉に詰まった瞬間、リュシールは彼女に顔を近づける。どうやら魔力は感知したが、"光"が見えていなかったかそれとは認識出来ないらしい。
「頼むよ。親に褒められたい娘の気持ちを汲んでくれない?」
「……はい。しかし、お嬢様の身に危険が及びそうなときは報告しますので」
「うん、ありがとう」
魔物が減っているというのは本当のことだった。人間、吸血鬼双方ともに喜ばしい事に思えるが、それ以上の危険の予兆とも捉えられる。人間にも警戒するよう伝えるのは不思議ではない。わざわざ館を抜け出してこっそりと会おうとしていた理由としてはそれらしいものに聞こえたはずだ。しかし、セレスタに話したかったことはこれではない。コウモリで伝えることは出来るが、こちらの誠意は伝わらないだろう。今夜は諦めて館に戻ることにした。
「う~ん、どうしたものかなあ」
広いベッドに転がりながら独り呟いた。
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