ダンシング・オン・ブラッディ

鍵谷 雷

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第1章

4話

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 フェルツが二人を迎えに来る。自身に『身体強化トゥール・ラスカ』をかけていることがセレスタには分かった。魔物と出くわす可能性があるからだろう。

「少し森の中に入るからな。セレスタ、お守りだよ」

 ロザリオを渡される。見た目にはほとんど違いのない新しいロザリオに掛け替える。意味を問う暇もなかった。
 フェルツを先頭に暗い森を進んでいく。昼間は明るかったフリアが怯えている。無理もない、魔術学院で優秀な成績で卒業した者でも単身では死にかけるような場所だ。セレスタは彼女の手をそっと握ってやる。
  急にフェルツが立ち止まった。すると、暗闇の中から黒いマントを纏った女性が現れた。

「後ろの二人が本日の奉納者ですか? そちらのシスターも?」
「魔術学院時代の後輩だ。昨日村に来た」

 女性は特徴的な赤い眼でセレスタをじっと見つめる。

「……いいでしょう、付いて来てください」

 少し歩くと、突然目の前に館が現れた。帝国の貴族が住むような規模だ。このような森の中に建っていれば一目で分かるだろう大きさだ。木々よりも高いこの館に何故気づかなかったのだろうか……?
 女性は足を止めず開いたままの門を通りすぎる。二人も後を追う。
 玄関ホール前の階段を抜けると大きな部屋があった。長いテーブルに七人が座っている。複数の赤い視線がこちらに注がれる。

「(これが全員吸血鬼ヴァンパイアか……)」

セレスタの体が強張る。一番奥に座る仮面をつけた男と目があった気がした。案内の女性が仮面の男の方を見て口を開く。静かだが迫力のある声だ。

「奉納者を連れてきました」
「ご苦労。シスターの方は初めて見る顔だな」
「以前村に来た魔術師の後輩だそうです」
「そうか……。いつも通り任せる」
「はい」

 案内の女性がセレスタとフリアを別室へと誘導しようとする瞬間。

「そのシスター、こっちで貰っていい?」

 仮面の男のすぐ右手側に座る青い髪の中性的な吸血鬼が声を張る。案内の女性が驚いているようだが、机に座る他の吸血鬼たちは動揺している様子は無い。

「お嬢様……」

 どうやら青髪の吸血鬼は女らしい。歳はセレスタと同じくらいに見えるが人間の常識が通じない化け物だ。実際の年齢など分かったものではない。

「好きにしろ」
「ヴァルドー様!?」

 仮面の男の一言に、沈黙を貫いていた吸血鬼たちの表情が変わる。
「ありがとうございます、お父様!」
「壊すなよ」
「分かってますって!」

 青髪の吸血鬼がセレスタの方に駆け足で向かってくる。

「来て!」

 彼女に手を引かれ、フリアと繋いでいた手が離れてしまう。彼女は掠れるような声でセレスタの名を呼んだ。その時の表情がセレスタをより一層不安にさせた。
 先程の広間ほどでは無いが大きな部屋に連れてこられた。ベッドが一つしかないあたり、彼女の個室だろうか。

「……セレスタだっけ? ここに座って」

 彼女は広いベッドに座り、その隣に来るように促す。

「何が目的なの? 吸血鬼ヴァンパイアさん。 私の血を抜くだけじゃなかったの?」

 セレスタは少し強気に言葉をぶつける。

「"吸血鬼ヴァンピレス"って言ってよ。これでも女の子なんだ。あ、わたしはリュシール。気軽にリューって呼んでくれていいよ」

 男性吸血鬼は『ヴァンパイア』、女性吸血鬼は『ヴァンピレス』と呼ぶらしい。
 リュシールと名乗った青い髪の吸血鬼はわざとらしい的外れな返答をした後、真剣そうな顔をして続ける。

「血を抜いたらお話出来ないからね。君だからわざわざ部屋に入れたんだよ」
「どういう……」
「二日前、初めて''光''を……、君を見た時から気になってたんだ」

 リュシールは二日前にセレスタのことを見たという。セレスタに思い当たるのは一つだった。

「あの時の覗き!?」
「君が勝手に水浴びを始めたんじゃない。綺麗だったよ」

 セレスタは軽口を無視した。

「じゃあ、魔物から助けてくれたのは……」
「わたしだよ」
「……ありがとう」
「じゃあ、わたしの話聞いてくれるかな?」

 その時、この部屋の扉がノックされた。

「お嬢様、こちらは済みました。そろそろ彼女たちを返しませんと」

 案内の女性の声だ。フリアの血を抜き終わったのだろう。

「まだ終わってないんだ。エレッタ、先にそっちだけ返してあげてよ。こっちは自分で送るから」
「分かりました」

 足音が遠ざかっていく。

「話はまた今度かな。今日は君の血を貰って返してあげる。どこがいい?」
「どこって……?」
「どこに牙を立てられたい?」
「吸われたいわけないじゃない」

 リュシールは笑いだす。

「こんな状況でそんな強気でいられるんだ! 最高だね」
「バカにしてるの?」
「してないよ」

 そう言うと、リュシールは隣に座っているセレスタを押し倒し、首から胸元、太ももを指でなぞる。くすぐったさにセレスタは情けない声が出てしまう。

「んっ……」
「ここがいいかな」

 足元から修道服を上にあげると白い柔肌が露わになる。吸血鬼はシスターの右の太ももの内側を舌で濡らす。

「じゃあ、噛むよ。力抜いててね」

 柔らかい乳白色に牙が立てられる。シスターは目を閉じて口元を押さえているが今にも声が漏れそうだ。

「痛い? それとも気持ちいい?」

 吸血鬼は血を吸うのを止めて尋ねるが、シスターは彼女の顔に一瞬目をやるだけで何も答えない。吸血鬼の口元からは赤と透明が混じり合った液体が糸を引いている。シスターの表情を確認してまた血を吸い始める。



 リュシールが足から顔を離す。彼女は満足そうな顔でこちらを見る。
 セレスタには、たった数十分が何時間にも感じられた。体中が熱く、血を吸われた足を中心にわずかに痙攣けいれんしているのが分かる。

「気分はどう?」

 リュシールは口元を拭いながら聞くが、はぁはぁと荒い息遣いが止まらず、何も答えられなかった。
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