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第1章
3話
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翌日の朝は慌ただしかった。修道女の服に着替えさせられ、ロザリオを首にかけられた。
「何ですか? この格好」
「神に遣えるお仕事だからな」
「え?」
「寝たまま入ったから知らなかったのか。ここは教会だぞ」
曰く、魔術師としてよりもシスターとしての仕事の方がメインらしい。
卵を回収し、朝食を摂り、掃除をし、村人たちとお祈りを済ませ、村人たちに囲まれ質問攻めにされ、畑仕事を行い、昼食を摂る。
「ここまでが午前の仕事だ。楽しいだろう?」
「ハードですね」
「だが平和だ」
「そうですね」
「皮肉なもんだがな……」
フェルツは小さく漏らしたが、セレスタは聞かなかったことにした。しかし、昨日の"吸血鬼"と関係があるのだろうということは容易に想像出来る。
昼食を食べ終わる頃、小太りの男が走ってくる。こちらにたどり着く前に叫んだ。
「大変だ! 娘が、トリナが倒れた!」
フェルツは立ち上がって走りだす。セレスタはそれを追いかける。
トリナの顔は紅潮していて汗まみれであった。眠っている少女の苦しそうな表情は見る者を不安にさせる。
「何か心当たりはあるか?」
「昨日、気づかないうちに足に擦り傷ができてるって言ってたな……」
息を切らしながらトリナの父親が答える。
フェルツは布団をめくり、彼女の足から何かを探すように眺める。
「あった」
擦り傷には変色や化膿は見当たらない。
「安心しな、毒ではなさそうだ。教会から薬草を持ってくる」
フェルツはすぐ戻ってきて、薬草を煎じて深緑の汁を作った。それをトリナに少しずつ飲ませる。
「数日安静にしてれば熱は引くだろう」
「ありがとう……」
トリナの父親は安堵のため息をこぼす。 フェルツも口元を少し上げたが、何かを思い出したような素振りをして深刻な表情を浮かべる。
「『血の奉納』か!」
「そうだ! それで慌てて来たんだ!」
何やら空気が変わる。彼女の回復の見込みを素直に喜べるという雰囲気ではない。
「代わりを立てることはできるが、今回は急だからなあ……」
トリナの父親は頭を抱えている。
「そうだ、セレスタに行ってもらおう!」
何の話か分からないままフェルツに指名されたセレスタは戸惑う。
「手短に話すぞ」
百年ほど前、この村の近辺にどこかからか吸血鬼がやって来た。彼らは、この村を魔物から守ることと引き換えに村人は血を提供してもらえないか、と告げた。村人たちは獣のような化け物に蹂躙される恐怖から逃れるために人の姿をした化け物と契約した。現在では十日に一度、村から若者が二人ほど選ばれ、吸血鬼に血を渡す『血の奉納』として慣習となっている。ということらしい。
「大丈夫、ヤツらも身体を悪くするほどは抜かない。餌が無くなるからな」
セレスタは、村人は家畜のような生活を強いられているのだろうか? と思う。そんな思考を見透かしたかのようにトリナの父親が口を開く。
「他所から来たヤツには違和感あるだろうが、俺達はずっとこうしてきたんだ」
「帝国が騎士団や魔術師を寄越してくれるわけはない。吸血鬼たちの方がよっぽど親切だ」
フェルツは皮肉混じりに言い放つ。こんなことを帝国で言ったら即牢獄行きだろう。
「……先輩がこの村に来た理由が分かった気がします。私、行きます」
承諾するとすぐ、もう一人の奉納者の少女と引き合わされる。セレスタよりも年下の娘だった。
「わたしフリア。よろしくね、シスターのお姉ちゃん」
「セレスタだよ、よろしく」
村の集会場に連れていかれると、宴会でもするかのように様々な料理が並べられていた。パン、麺、肉、野菜に果物といった次第だ。どうやら精をつけろということらしい。しっかり食べるようにすすめられる。
食事が済むと村のはずれにある泉へと連れていかれ、服を脱がされた。二人は他の女たちに身体を隅々まで洗われる。
「準備は終わったか?」
「はい! フェルツさん」
フリアが答えるとフェルツは笑顔で答え、セレスタの肩に手を置き、
「ありがとうな……」
と小さく申し訳なさそうに言った。
「私の勝手で先輩を追いかけたんです。謝らないでください……」
「……陽が落ちたらまた迎えに来るからその辺で好きにしてろ」
「はい!」
「何ですか? この格好」
「神に遣えるお仕事だからな」
「え?」
「寝たまま入ったから知らなかったのか。ここは教会だぞ」
曰く、魔術師としてよりもシスターとしての仕事の方がメインらしい。
卵を回収し、朝食を摂り、掃除をし、村人たちとお祈りを済ませ、村人たちに囲まれ質問攻めにされ、畑仕事を行い、昼食を摂る。
「ここまでが午前の仕事だ。楽しいだろう?」
「ハードですね」
「だが平和だ」
「そうですね」
「皮肉なもんだがな……」
フェルツは小さく漏らしたが、セレスタは聞かなかったことにした。しかし、昨日の"吸血鬼"と関係があるのだろうということは容易に想像出来る。
昼食を食べ終わる頃、小太りの男が走ってくる。こちらにたどり着く前に叫んだ。
「大変だ! 娘が、トリナが倒れた!」
フェルツは立ち上がって走りだす。セレスタはそれを追いかける。
トリナの顔は紅潮していて汗まみれであった。眠っている少女の苦しそうな表情は見る者を不安にさせる。
「何か心当たりはあるか?」
「昨日、気づかないうちに足に擦り傷ができてるって言ってたな……」
息を切らしながらトリナの父親が答える。
フェルツは布団をめくり、彼女の足から何かを探すように眺める。
「あった」
擦り傷には変色や化膿は見当たらない。
「安心しな、毒ではなさそうだ。教会から薬草を持ってくる」
フェルツはすぐ戻ってきて、薬草を煎じて深緑の汁を作った。それをトリナに少しずつ飲ませる。
「数日安静にしてれば熱は引くだろう」
「ありがとう……」
トリナの父親は安堵のため息をこぼす。 フェルツも口元を少し上げたが、何かを思い出したような素振りをして深刻な表情を浮かべる。
「『血の奉納』か!」
「そうだ! それで慌てて来たんだ!」
何やら空気が変わる。彼女の回復の見込みを素直に喜べるという雰囲気ではない。
「代わりを立てることはできるが、今回は急だからなあ……」
トリナの父親は頭を抱えている。
「そうだ、セレスタに行ってもらおう!」
何の話か分からないままフェルツに指名されたセレスタは戸惑う。
「手短に話すぞ」
百年ほど前、この村の近辺にどこかからか吸血鬼がやって来た。彼らは、この村を魔物から守ることと引き換えに村人は血を提供してもらえないか、と告げた。村人たちは獣のような化け物に蹂躙される恐怖から逃れるために人の姿をした化け物と契約した。現在では十日に一度、村から若者が二人ほど選ばれ、吸血鬼に血を渡す『血の奉納』として慣習となっている。ということらしい。
「大丈夫、ヤツらも身体を悪くするほどは抜かない。餌が無くなるからな」
セレスタは、村人は家畜のような生活を強いられているのだろうか? と思う。そんな思考を見透かしたかのようにトリナの父親が口を開く。
「他所から来たヤツには違和感あるだろうが、俺達はずっとこうしてきたんだ」
「帝国が騎士団や魔術師を寄越してくれるわけはない。吸血鬼たちの方がよっぽど親切だ」
フェルツは皮肉混じりに言い放つ。こんなことを帝国で言ったら即牢獄行きだろう。
「……先輩がこの村に来た理由が分かった気がします。私、行きます」
承諾するとすぐ、もう一人の奉納者の少女と引き合わされる。セレスタよりも年下の娘だった。
「わたしフリア。よろしくね、シスターのお姉ちゃん」
「セレスタだよ、よろしく」
村の集会場に連れていかれると、宴会でもするかのように様々な料理が並べられていた。パン、麺、肉、野菜に果物といった次第だ。どうやら精をつけろということらしい。しっかり食べるようにすすめられる。
食事が済むと村のはずれにある泉へと連れていかれ、服を脱がされた。二人は他の女たちに身体を隅々まで洗われる。
「準備は終わったか?」
「はい! フェルツさん」
フリアが答えるとフェルツは笑顔で答え、セレスタの肩に手を置き、
「ありがとうな……」
と小さく申し訳なさそうに言った。
「私の勝手で先輩を追いかけたんです。謝らないでください……」
「……陽が落ちたらまた迎えに来るからその辺で好きにしてろ」
「はい!」
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