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第1章
1話
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「サーラ、怒ってる?」
「いいえ、でもがっかりはしてるわ」
セレスタ・ラウは風評というものを気にしないが、サーラ・グェルフの顔を見るのは辛かった。
「私たちはお互いに良き理解者だと思っていたわ。なのに、あなたが話すまで見抜けなかった自分にがっかりしているの」
「あー、えっと……」
ふくれっ面をした彼女にセレスタは何も言い返せない。直前まで誰にも何も告げるつもりが無かったのは事実だからだ。
ふと前を見ると、赤や青のリボンを胸元に着けた子たちが集まっていた。
「来たわよ、首席卒業生を慕う可愛い後輩たちが」
二人は校門前で十人くらいに囲まれる。成績優秀者でありながら帝国魔術師団への入団を希望しないものはやはり珍しいのだろう。セレスタは勿論、サーラも質問攻めにされる。
適当に返事をしながら学院を出る。陽は沈みかけており、このまま帰宅ということになるだろう。
「出世や喧騒が嫌いなのは知ってるわ。でも、一番はフェルツ先輩のことでしょう?」
「……うん」
フェルツ・シーダは二人の二つ上の先輩だ。優秀ではないが無能でもない。見た目がいいわけではないが、醜悪でもない。そんな普通の人物だった。しかし、セレスタからすれば大恩人だ。
「田舎の村まで追いかけるなんて変かな?」
「良いんじゃない、あなたらしくて」
「バカにしてる?」
「勿体ないとは思っているわ。でも、あなたが決めたことじゃない」
サーラはわざとらしくキツい言い方をする。少しくらい引き止めて欲しかった。ということを知っていたからだ。もしかしたらわずかに嫉妬もあったかもしれないが。
「そろそろ帰ったほうが良いんじゃない? 旅の仕度があるんでしょ」
「うん、じゃあねサーラ」
「……たまには手紙くらい書いてよ」
「うん……」
サーラの声が震えているのは分かっていても、セレスタはこれ以上何も告げられなかった。
翌日、陽が昇りはじめる頃、セレスタは静かに国を出た。
先輩に送った手紙はもう届いているだろうか、などと考えながら舗装された一本道を歩く。帝国がぼんやりとしか見えないくらい歩き続けていると、空が明るくなっていることに気づく。少し暑く感じたので、上着のボタンを外した。
陽が傾きはじめた頃にやっと街が見えた。ほぼ中継地点だ。大きくはないが、旅人も多く訪れる活気のあるところらしい。門が見えてきた。傍らに門番らしき男性が一人立っている。筋肉質な身体に勢いのある髭、四十歳くらいに見えるが、実はもっと若いのだろうか。
「旅人ですかな?」
「はい」
「街に入る前にいくつか質問をよろしいですかな?」
「はい」
門番は見た目とは裏腹に落ち着いた声で尋ねてきた。質問内容は出身地、目的地、滞在期間、武器の所持の有無など、当たり障りのないものだった。全て答え終わると彼は丁寧に礼を言いながら門をけてくれた。おまけにおすすめの宿や飯屋まで教えてくれる。帝国からも多くの人物が立ち寄るため、対応が丁寧なのだろうか。
賑やかな売買のやり取りをくぐり抜けながら宿へと向かう。門番に教えてもらったところは民家を改築して建てたような外装だった。老齢の夫婦が温かく出迎えてくれる。
明日は野宿もあり得るので必要なものを多く買わなければならない。宿を出てすぐ目についた武器屋に入る。先客が数人おり、騎士やトレジャーハンターのような格好をした男性が品定めをしていた。なんとも場違いな感じだ。セレスタは心の中で自虐的に笑う。
ナイフを二本、革性の籠手一組を主人のところに持っていく。
「全部で銀四枚だ」
「銀三枚と銅五枚では?」
「銅七枚だ」
「どうも」
銀四枚は決して安いわけではないが、足元を見られたという金額ではない。少し得をしたと思いながら、食糧を売っている店を探す。水とパン、それに果実のジャムを買う。肉は途中で狩りで手に入れられると踏んで全く買わない。そのための魔術とナイフだ。
すっかり暗くなった頃、宿に戻ると、夕食を用意しているので一緒にどうかと誘ってくれる。一般的な民家の机には宿の主人夫婦ともう一人客が座っている。半分が白、半分が黒という髪が印象的な女性だ。ここらでは見かけない服装に紋章のようなものが入っている。どこか遠くから来た人なのだろう。彼女はこちらを一瞥して、すぐに食事を再開する。彼女の隣に着席してサラダに手をつける。
「……美味しい!」
「それは良かった。まだまだあるので沢山どうぞ」
夫人は笑顔で他の料理も勧めてくれる。客というよりは孫のような対応だ。一通り食べたのか隣の彼女が食器を置いて一息つく。そして、こちらに向けて口を開く。
「君、帝国の魔術師?」
「いいえ、でもがっかりはしてるわ」
セレスタ・ラウは風評というものを気にしないが、サーラ・グェルフの顔を見るのは辛かった。
「私たちはお互いに良き理解者だと思っていたわ。なのに、あなたが話すまで見抜けなかった自分にがっかりしているの」
「あー、えっと……」
ふくれっ面をした彼女にセレスタは何も言い返せない。直前まで誰にも何も告げるつもりが無かったのは事実だからだ。
ふと前を見ると、赤や青のリボンを胸元に着けた子たちが集まっていた。
「来たわよ、首席卒業生を慕う可愛い後輩たちが」
二人は校門前で十人くらいに囲まれる。成績優秀者でありながら帝国魔術師団への入団を希望しないものはやはり珍しいのだろう。セレスタは勿論、サーラも質問攻めにされる。
適当に返事をしながら学院を出る。陽は沈みかけており、このまま帰宅ということになるだろう。
「出世や喧騒が嫌いなのは知ってるわ。でも、一番はフェルツ先輩のことでしょう?」
「……うん」
フェルツ・シーダは二人の二つ上の先輩だ。優秀ではないが無能でもない。見た目がいいわけではないが、醜悪でもない。そんな普通の人物だった。しかし、セレスタからすれば大恩人だ。
「田舎の村まで追いかけるなんて変かな?」
「良いんじゃない、あなたらしくて」
「バカにしてる?」
「勿体ないとは思っているわ。でも、あなたが決めたことじゃない」
サーラはわざとらしくキツい言い方をする。少しくらい引き止めて欲しかった。ということを知っていたからだ。もしかしたらわずかに嫉妬もあったかもしれないが。
「そろそろ帰ったほうが良いんじゃない? 旅の仕度があるんでしょ」
「うん、じゃあねサーラ」
「……たまには手紙くらい書いてよ」
「うん……」
サーラの声が震えているのは分かっていても、セレスタはこれ以上何も告げられなかった。
翌日、陽が昇りはじめる頃、セレスタは静かに国を出た。
先輩に送った手紙はもう届いているだろうか、などと考えながら舗装された一本道を歩く。帝国がぼんやりとしか見えないくらい歩き続けていると、空が明るくなっていることに気づく。少し暑く感じたので、上着のボタンを外した。
陽が傾きはじめた頃にやっと街が見えた。ほぼ中継地点だ。大きくはないが、旅人も多く訪れる活気のあるところらしい。門が見えてきた。傍らに門番らしき男性が一人立っている。筋肉質な身体に勢いのある髭、四十歳くらいに見えるが、実はもっと若いのだろうか。
「旅人ですかな?」
「はい」
「街に入る前にいくつか質問をよろしいですかな?」
「はい」
門番は見た目とは裏腹に落ち着いた声で尋ねてきた。質問内容は出身地、目的地、滞在期間、武器の所持の有無など、当たり障りのないものだった。全て答え終わると彼は丁寧に礼を言いながら門をけてくれた。おまけにおすすめの宿や飯屋まで教えてくれる。帝国からも多くの人物が立ち寄るため、対応が丁寧なのだろうか。
賑やかな売買のやり取りをくぐり抜けながら宿へと向かう。門番に教えてもらったところは民家を改築して建てたような外装だった。老齢の夫婦が温かく出迎えてくれる。
明日は野宿もあり得るので必要なものを多く買わなければならない。宿を出てすぐ目についた武器屋に入る。先客が数人おり、騎士やトレジャーハンターのような格好をした男性が品定めをしていた。なんとも場違いな感じだ。セレスタは心の中で自虐的に笑う。
ナイフを二本、革性の籠手一組を主人のところに持っていく。
「全部で銀四枚だ」
「銀三枚と銅五枚では?」
「銅七枚だ」
「どうも」
銀四枚は決して安いわけではないが、足元を見られたという金額ではない。少し得をしたと思いながら、食糧を売っている店を探す。水とパン、それに果実のジャムを買う。肉は途中で狩りで手に入れられると踏んで全く買わない。そのための魔術とナイフだ。
すっかり暗くなった頃、宿に戻ると、夕食を用意しているので一緒にどうかと誘ってくれる。一般的な民家の机には宿の主人夫婦ともう一人客が座っている。半分が白、半分が黒という髪が印象的な女性だ。ここらでは見かけない服装に紋章のようなものが入っている。どこか遠くから来た人なのだろう。彼女はこちらを一瞥して、すぐに食事を再開する。彼女の隣に着席してサラダに手をつける。
「……美味しい!」
「それは良かった。まだまだあるので沢山どうぞ」
夫人は笑顔で他の料理も勧めてくれる。客というよりは孫のような対応だ。一通り食べたのか隣の彼女が食器を置いて一息つく。そして、こちらに向けて口を開く。
「君、帝国の魔術師?」
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