ダンシング・オン・ブラッディ

鍵谷 雷

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第3章

7話

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 セレスタとリュシールは洞窟の中へ入った。吸血鬼の眼を持ってしても、数歩先を認識するのがやっとという暗さだ。

「見て、行き止まりだ」

 リュシールがそう発してからもう少し歩いて岩壁が認識できた。話通りならここに石棺があるはずだ。

「あれじゃないかな」

 急に手を引かれた。目の前に棺のような物を認識した。ここから魔力が溢れている感じがする。手をかざそうとするリュシールに待ったをかける。

「これ私もやるの?」
「やらないの?」
「いや、私もやっていいのかなって」
「大丈夫だよ」

 リュシールがセレスタの手を引っ張って棺に向けさせた。

「もっと魔力込めて。押し負ける」

 その言葉でセレスタは力を込め、それまでと比べ物にならない魔力を注ぐ。そして、それを押し返そうとするように魔力が吹き付ける。ノヤは漂うと表現していたが、強風と表現する方が正しいだろう。

「誰なの?」

 棺の中から声が聞こえた瞬間、強風はさらに強くなり二人は洞窟の入り口付近まで押し戻された。

「おはよう、ノヤ。早速説明して頂戴」

 二人の眼前に女性が現れた。青い髪色に赤い瞳、若々しいが風格のある見た目はリュシールを成長させたような姿だ。対面したことで安定した魔力を感じることが出来たためはっきりと理解出来た。彼女はリュシールとヴァルドーの血縁者だ。

「おはようございます、ルミナリュエ様。眠りにつかれてから百年程経ちました。こちらのお二方はヴァルドー様の御息女とのことです」

 それを聞くとルミナリュエは二人に近づく。

「人間の匂いがするわね。それに一人は光の魔力を感じるのはどうして?」

 二人を庇うようにエレッタが前に出て膝をつく。ルミナリュエは彼女の手を引いて立たせた。

「何も言わなくていいわ。貴女の血に直接聞くから」

 そしてエレッタの喉に口をつけて牙を立てる。セレスタはその光景に恐ろしくも美しさを覚えた。初めてリュシールに血を吸われた時と似た感じだ。
 ルミナリュエが吸血を止めるとエレッタは疲れ切った様子で座り込んでしまう。対称的に満足気な顔でセレスタとリュシールを見つめる。

「ふぅん、そういう事だったのね。二人とも可愛い孫という訳ね。あの子も面白い事をするようになったわ。なんだか複雑な気分だけど」

 二人を孫と呼ぶということはこの人はヴァルドーの母親なのだ。それにしてもどうして……

「どうしてこんな所で眠っていたのかって? エレッタ、教えていないの?」
「はい、申し訳ございません」
「まあいいわ。早速本題の一つに入りましょう。リュシール、セレスタ、私を殺してみせなさい」
「ルミナリュエ様、どういうおつもりですか!?」

 二人より先に言葉を発したのはノヤだ。慌てっぷりが少しエレッタに似ていると思った。

「ごめんね、ノヤ。貴女には説明してなかったわね。あの子が二人の修行を私に頼んだのよ。私を、というか王族を殺せるくらい強くさせたいみたい。それに"本題の一つ"と言ったでしょう。他にもしてほしい事があるみたいだから、本当に死ぬつもりはないわ」

 二人も初耳だ。なにせ誰に会うかも知らなかったのだから。

「出過ぎた真似を致しました」
「いいのよ、貴女のそういうところを買って側に置いてるのだから。でも今は特にしてもらう事もないし、教え子と話していたらいいわ」
「かしこまりました。エレッタ、少し離れますよ」

 ノヤについていくエレッタは複雑な表情に見えた。先程のような暴力沙汰にならないといいが。

「さて、話を戻すわよ。貴女達の実力を見せて」

 両腕を広げて無防備であることを示す。それでも二人は動けなかった。真っ直ぐに向かっても手痛い反撃を食らうのが既に見えている。
 ルミナリュエはため息をつく。

「貴女達二人がかりでも勝てないのは私も分かってるのよ。殺す気も殺される気もないからかかってきなさい」

 先に飛び出したのはリュシールだった。ワンツーパンチは受け流され、下段蹴りは体を引いて回避される。すぐに蹴った足を地面に着け、その瞬間に大きく後ろへ跳ぶ。
 左方で構えていたセレスタが光の咆哮ソル・ランザートを放つ。しかし、手のひらであっさりと受け止められてしまう。すぐに身体強化トゥール・ラスカをかけて、前へ飛び出して接近戦へと持ち込もうとした。しかし、先に背後から攻撃を仕掛けたリュシールがあっさりと投げられてしまいセレスタとぶつかる。

「……大体分かったわ。それぞれ講評しましょう。それと、その前に貴女達仲良しの割には一緒に戦ったことあまりないでしょう?」

 連携は失敗したが、たったあれだけの攻防でそこまで見破られてしまうものだろうか。

「人間として未熟なリュシールと、吸血鬼として未熟なセレスタ。二人合わせて王族と互角になるくらいには鍛えてあげるわ」
「待ってください。私が吸血鬼として未熟なのは理解しています。しかし、彼女が人間として未熟というのはどういう意味ですか?」

 不可思議な発言に思わず疑問を口に出してしまう。

「人間とは思えない言葉ね。けれどそれを考えるのはリュシールの役割。貴女がすべきことは他にある」

 リュシールの方にちらりと目をやると、眉をひそめていた。どうやら彼女自身も意味は分かっていないらしい。
 セレスタはエレッタと行った血流操作の練習を続けるように言われたため、少し離れたところで始める。リュシールから先に指導するようだ。

「何故さっき血流術を使わなかったか聞かせて」
「…………未完成だからです」
「なら尚更見せて欲しかったわね。なんのために叩き起こされた挙句、この身を晒したと思っているの。能力の大まかな情報はエレッタの記憶を覗いて知ってる。その時から少しでも進歩があるかもしれないから見ておきたいの」

 リュシールは無言で手の平の上に鉄を創り出す。そして反対の手でガラスも出した。

「それ以外は創れないの?」
「お父様と試したんですけど他の素材は出来ませんでした」
「ふぅん……。分かったわ、いいものを見せてあげる。座るか横になりなさい」

 土の上で横になるのは躊躇われたのでその場にしゃがみ込む。

「あの木陰に背を預けて座りなさい。結構な倦怠感が来るから」

 言われた通りにすると、ルミナリュエは自身の手首を爪で切った。血操によりこぼれ落ちることはない。それを差し出す。

「私の血を飲みなさい」

 リュシールは戸惑うことなく口をつける。

「疑いもせず飲むのね。素直な子は好きよ」

 彼女の独り言を聞き終えると全身が重くなり眠気に襲われた。
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