ダンシング・オン・ブラッディ

鍵谷 雷

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第2章

36.5話

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 グェンドルが目を覚ますと、揺られながら森の中を進んでいた。皇国でパールバートの姫リュシールと戦っていた事までは覚えている。負けて倒れた自分を誰かが連れて撤退してくれたのだろう。

「起きたか」
「グェンドル兄さま、大丈夫ですか?」

 姉と妹の声が聞こえた。周囲を見回す。自分を抱きかかえている黒い人型の何かはラミルカの能力で創り出した従者だ。降りようとするとヴェスピレーネが制止した。

「あれ程の怪我と出血だ、すぐに動けなくても無理はない。そのまま乗っておけ」

 全身が痛い。魔力は尽きかけている。血も足りないが出血自体は落ち着いている。二人が手当てをしてくれたようだ。

「姉貴、ラミルカ、迷惑かけたな」
「全くだ」

 ヴェスピレーネはそう言うとグェンドルの額に人差し指を当てる。するとまた眠りに落ちてしまう。


 グェンドルが起きた時、周囲は森ではなく木造の小屋の中だった。全身の痛みと貧血はマシになっている。外はすっかり明るくなっており、姉妹は無防備に眠っている。

「ここはどこだ?」

 フード付きのマントを被って外に出ると遠くに木造の家が並んでいるのが見えた。家と言ってもこの小屋とあまり変わらない大きさだが、建ち並んでいる事から察するに村だろう。近くの囲いで家畜と思われる動物も動いていた。

「ここはあの村が共有で使っている家兼小屋だそうだ」

 驚いて声の方へ振り向くと姉が起きていた。

「身体はどうだ。少しは楽になったか」
「お陰でな。そうだ、パールバートの姫様とは会ったか?」
「ああ、リュシールからお前を引き取った時にな。言伝も聞いた。お前を殺せば跡継ぎ争いの敵が減るのではないかと聞かれたぞ」

 堅物の姉が笑っているのを見て毒気を抜かれた感じがした。同時にリュシールに紙一重で負けた理由が分かりそうな気もしてきた。

「たしかに、なんで殺さなかった?」
「それでは父上と同じだ。そのような王になるのなら意味はない」
「……借りは必ず返す」
「ならば跡継ぎ争いから身を引き私に協力しろ」
「それは出来ねえな。俺が一番強い事を証明してやるぜ」

 元気そうな弟を見てヴェスピレーネは小さく笑った。

「単身で兄様に勝つつもりか」
「勿論。姉貴、あんたにもだ」
「ならば私も容赦はしない」
「望むとこだ。今回はあのエールフロスの姫に遅れを取ったが次はそうはいかねえ」

 物音がしたので二人がそちらに目をやるとラミルカも起き出した。ヴェスピレーネはすぐに妹に仕度をさせた。

「私は村に寄って金を渡してくるとしよう」
「いくらだ? 俺が出すぜ」
「昨日夜に銀三枚渡した。朝の出発時に二枚渡すとも約束した。これくらい気にするな」
「そりゃ多過ぎねえか、持て余してる小屋だろ」
「その割には手入れがされているし物は少ない。元々旅人の宿代わりに提供しているのだろう。それに安眠と正体は守れたから構わない。エスヴェンド王から旅費は十分に貰っているから金に困ってはいない」

 村から戻ってきたヴェスピレーネは少し笑っている。

「『この先にある深い森には入らない方がいい。魔物が出る』だそうだ」

 弟と妹も思わず笑った。その森の奥深くにある城こそ三人の実家なのだ。もっとも、城は人間には見えていないのだが。

「森の主は我が子を戦わて楽しんでるどうしようもないクズだからな。」
「グェンドル兄さま、お父さまを悪く言っちゃダメだよ」
「ラミルカは真面目だな。姉貴の教育のお陰か」

 ヴェスピレーネは立ち止まってまだ手のひら程の大きさの森を見つめた。

「だが、グェンドルの言うことも一理ある。父親かつ王という立場の相手に無意識に臆していたようだ。そして任務をこなして気に入られれば王位を継承出来るとも思っていた。本気で玉座を狙うなら倒すつもりで動くべきだったな。グェンドル、父上と私どちらが気に食わない?」
「そりゃ親父だ」
「ならばひとまず同盟を組むぞ。仲良く協力関係で動くわけではない。それなら構わないな」
「……いいぜ。しばらく俺らでの潰し合いはなしだ」

 三人は同盟を組むに際していくつかの取り決めをした。お互いの行動の大筋を報告しあい、今回のような敵対関係となる事態は避けるように動くこと。仮に敵対する場合には直接戦うことを避けるように立ち回る。三人の誰かが次期王に決まった場合にもまず父ディレイザを殺してから改めて王位を争うこと。この同盟を絶対に内外の者に漏れないようにすること。
 グェンドルやラミルカでもすぐに理解できるように簡単かつ堅苦しくない内容にした。所詮は口約束だがプライドの高い弟はそれを破ることをしないだろう。

「姉貴のことだからもっと口うるさくあれはダメ、これをしろとか言うと思ってたぜ」
「あたしも……」
「そんなに難しく考えることはない。家族の足を引っ張らないようにしろというだけ。当たり前のことだ」

 ヴェスピレーネは父親を殺そうとしている自分がどの口で言っているのだろうかと内心自嘲していた。それでももう後には退けない。

 同盟の話がまとまった頃には森が目前だった。三人は思わず立ち止まる。

「帰ってきたな。『魔物が出る森』だ」
「そしてその先にはそれより空気の悪い我が家だ」

 ヴェスピレーネの言葉にグェンドルが続ける。

「久しぶりだね」
「そうだな……」

 無邪気に微笑む妹に姉は冷たいトーンで答える。

「足踏みしててもしょうがねえ。行こうぜ」

 我が家への一歩を最初に踏み出したのはグェンドルだった。
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