ダンシング・オン・ブラッディ

鍵谷 雷

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第3章

5話

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 森を南方へ抜けると舗装された道が見えた。

「お二人はこちらへは初めてですか?」

 セレスタとリュシールは同時に頷く。

「事前に説明した通り、洞窟までは三日程かかります。途中に小さな村がありますがそこへは寄りません」
「なんでだっけ?」

 リュシールが聞く。事前に説明されていたが頭に残っていなかったらしい。

「警戒心が強く余所者に冷たいので、監視でかえって休めない可能性が高いのです。そして一番の理由はその村はエールフロスの領土ではなくなることです。そこは少々厄介でして……」
「ファルナム家ですよね」
「そうです。管轄は部下のコルガド家という貴族ですね」
「どんな王様なんですか?」
「今の王は詳しく存じませんが、家柄としてはパールバートやエールフロスと同程度の歴史を持つ王家ですね。ただ長い間争っているため、社交界には積極的に参加していないと聞きます。そちらよりも争っている相手というのが未知数なのです」
「人間じゃないんですね」
「はい、獣人族です」

 リュシールは本で読んだことがあると言ったが、セレスタもその程度の認識だった。好戦的で他種族とよく争いを起こしており、何百年も前に人間とも戦争をしていた。その後次第に数を減らし、表向きには獣人族の国家はなくなったと聞いたことがある。闇の魔力を持たないため魔物には分類されないとも習った。

「詳細は不明ですが獣人族は各地に暮らしているとのことです。特に人間には見つからないように気を配っているでしょう」

 エレッタは話を止め、適当な木をいくつか触った。その後方角を確認する。そして一本の木の下に立った。

「一旦休憩しましょう。私が見張っていますのでお二人は木陰でお休み下さい」

 いつの間にか空が明るんでいた。途中で起きてエレッタと交代しようと考えているとすぐに眠ってしまった。
 目を覚ますと陽が高く、丁度昼時だろう。

「おはようございます」
「おはようございます。お早いお目覚めですね。野宿は眠りにくいですか」
「いえ、昨日もしっかり眠れたので十分睡眠を取れました。見張り変わるのでエレッタさんも休んで下さい」
「ではお言葉に甘えさせて頂きます。……どういたしました?」
「エレッタさんも人に頼ることがあるんだなと思って」
「誰しも出来ることと出来ないことがあるのですよ」

 そう言うと木陰に入って眠ってしまう。ただでさえ人通りの少ないのに、舗装された道から少し外れた場所のため誰も見かけない。暇な時間で血操ブトレの練習を行うことにした。
 指先に切り傷を作る。溢れだそうとする血を出ないようにはできる。しかし、それを外に出して操ることはまだ難しい。
 水の魔術が得意であったなら器用に動かせたのだろうかと考え、すぐに否定する。吸血鬼は闇以外の魔力はほとんど有していない。気を緩めてしまい血が溢れてくる。

「気持ちを静めて傷が治るように念じてみて」

 後ろからリュシールの声がした。彼女のアドバイス通りにしてみると、血は外へ出なくなり傷が塞がっていった。

「おはよう。助かったわ、ありがとう」
「おはよう。熱心なのは良いけど気をつけてね」

 リュシールは目を擦りながら辺りを見渡す。隣で眠っていたエレッタを起こさないようゆっくりと立ち上がる。

「エレッタが起きたら出発かな」

 陽は沈みかけていた。出発するには十分な時間だが急ぐこともないという判断だろう。彼女が目を覚ましたのは空の赤が完全に消えた頃だった。

「お待たせして申し訳ございません。先を急ぎましょう」

 エレッタの提案で舗装された道へは戻らなかった。村人に見つからないように進みつつ近道を行けるらしい。
 しばらく進むと遠くに松明の光が見えた。

「向こうからは見えていないでしょうが、出来るだけ物音は立てないように。吸血鬼がいる可能性もあるので魔力も抑えて下さい」
「獣人族の方は警戒しなくて大丈夫?」
「この村は吸血鬼に血を提供して外敵から守ってもらっています。獣人族が人間を食べることもないので、わざわざ開けた場所であるこの辺りまで来ることもないでしょう」

 エレッタとリュシールが小声で話している時、セレスタは獣人族と遭遇してみたいと考えていた。どのような姿をしているのだろうか。言語はどのようなものを使用しているのだろうか。どのような魔力を持っているのか。疑問が湧いてきてしまう。そしてグランについて知っていることはないかと淡い希望も抱く。

「もう楽に歩いて大丈夫です」

 エレッタの言葉で我に返る。村から十分遠ざかったと判断したようだ。しばらく真っ直ぐに進んでいるが、木々ばかりでどちらへ進んでいいか分かりづらい。エレッタがいなければ迷っていただろう。

 そうして歩き続けて朝と夜を二回繰り返した。

「この森です」

 一見普通の森だ。魔力もほとんど感じない。これならば館のある森の方が余程危険だろう。

「魔物の一匹もいないんじゃない?」

 同じことを考えたのだろう。リュシールがそう言った。

「いませんよ」

 そう言い切ってエレッタは森へ入ってしまう。ここまで来たのなら誰がいるのか教えてくれてもいいのではないかと思いながら後を続く。
 木々の奥からぽっかりと植物の生えていない場所があるのが目に止まった。そのさらに奥には穴の開いた岩が見える。あれが例の洞窟だろう。そこでエレッタが手を伸ばして制止する。

「お待ち下さい」

 その瞬間、何者かの魔力が暴風のように身体に当たる感じがした。リュシールだけはあまり気にならないようだ。

「わざとらしく強い魔力を放っているけど王族じゃないね」
「流石です、お嬢様」

 エレッタは一歩踏み出して誰もいない洞窟の入口に向かって少し大きな声を出す。

「エレッタです。ヴァルドー・パールバート様の御息女をお連れしました」
「……姫様は洞窟の前へいらして下さい」

 どこからか声がした。エレッタが先生と呼び、ヴァルドーが番人と言っていた人物なのだろうか。
 二人が洞窟の入口付近に立つと、魔力の気配が後方で強くなった。振り向くといつの間にかエレッタがうずくまっている。その横に彼女を見下す女性がいた。

「鍛練が足りませんね。数百年何をしていたのですか? ヴァルドー様の側近としての自覚が足りないのでは?」

 二人は助けるために後ろへ戻ろうとするが、エレッタ自身が手の平を向けて制止した。

「も、申しわ……」

 謝罪を終える前に蹴り飛ばされる。今度は横たわってしまった。

「何より、主人の前でそのような情けない姿を見せた事を恥じなさい」

 女は二人の方へ来ると膝を付き頭を下げた。

「私の指導不足です。失礼致しました」
「誰?」

 リュシールは苛立ちを隠さない。お陰でセレスタは冷静さを保っていられた。
 女は顔を上げて名乗る。

「申し遅れました。ルミナリュエ様の守護を任されておりますノヤと申します」
「そっか。別にエレッタに不満はないよ。それよりいきなり襲いかかる方が失礼だと思うんだけど」

 ノヤは僅かに震えていた。

「不快に思われたなら謝罪致します……」

 セレスタはリュシールの凄みが増していると気がついた。これが王族の器というやつなのだろう。
 ノヤは顔を上げてセレスタを見つめる。その表情からは憧憬と畏怖が見て取れた。

「そのお顔、その魔力、確かに我が主の血縁とお見受けします。エレッタ、ヴァルドー様はいらっしゃらないのですね」
「はい」

 エレッタは大まかな経緯を説明する。ノヤはそれを聞き終えると何か考える様子を見せた。

「ここには来られないけれど直接お話したいことがあるという訳ですね。分かりました、お繋ぎしましょう。お嬢様方、洞窟の中へ入って下さい。真っ直ぐ進むと突き当たりに石棺が置いてあります。吹きつけるような魔力を跳ね返すつもりで石棺に魔力を注いで下さい」

 リュシールがセレスタの手を握る。握り返すとリュシールが歩き始めた。
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