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第3章
4話
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ヴァルドーに急かされたセレスタとリュシールは荷物をまとめていた。
「固形血液どこ行ったっけ?」
「こちらに御座います」
「マントは?」
「こちらです」
「お金はこれくらいあればいいかな?」
「両替ができないところもありますので銀と銅を増やした方がよろしいかと思います。金はそんなに持つ必要はないでしょう」
リュシールとエレッタがこのようなやり取りを繰り返していた頃、セレスタの準備はとっくに終わっていた。
「セレスタ様は他に必要なものなどは御座いませんか」
「大丈夫です。私は先に部屋に戻りますね」
「かしこまりました。お嬢様の荷造りの手伝いは私にお任せ下さい」
「お願いします」
今回の事には違和感があった。出発を遅らせて修行をしていたのに、何故急に出発しろと言われたのだろうか。仮説はいくつか立てられるが、答えはヴァルドー本人に聞くまで分からない。そう考えてベッドに入ると眠れないかと思ったが、すぐに眠ってしまったようだ。
夕方、目を覚まして着替えるとノック音が聞こえた。
「はい」
「ボクだよ」
エレッタが起こしに来たかと思ったらラシェルだった。彼女は入ってくるなりカバンを手渡してきた。
「フェルツから。何も言わずにこの森を出るなんて水臭いやつだって言ってた」
「ありがとう」
良い香りのする焼きたてのパンが入っていた。その場で一つ食べる。クセのない味かつ柔らかくて食べやすい。もう一つは木の実が混ざっていた。甘味と酸味が効いていて飽きずに食べられた。
「意外と器用で家庭的だよね」
食べ終えるとラシェルがそう呟いた
「それ本人に言わない方がいいわよ」
「もう言った。しばらく血はあげないってさ」
カバンはフェルツに返すからと回収され、それ以上何も言わずに部屋を出ていった。
入れ替わるようにエレッタがやって来た。
「失礼します。朝食は入り用でしょうか?」
「お願いします」
人間の食事だけでも空腹が襲ってくることはないが、やはり血液も摂っていた方が調子が良くなる気がするのだ。
大広間には既にリュシールもいた。
「おはよー。さっきはラシェルと何話してたの?」
「フェルツ先輩からの贈り物を受け取ってただけよ」
「何貰ったの、見せて」
「もう食べた」
「そっか、食べ物だったんだ」
そして血を一気に飲み干すと先に部屋に戻ってしまった。
「機嫌が悪い……?」
「寝起きが悪いとあのような感じですよ」
エレッタが血を出しながら言った。なんでも準備が長引いたのと、出発が楽しみで眠れなかったという。
「子どもじゃないんだから」
「子どもですよ。セレスタ様、勿論貴女様もです」
「それは私は二十年も生きてない若輩者ですけど、リュシールは……」
「人間に換算すればセレスタと同い年くらいだ。それにあれは外での経験が圧倒的に少ない」
ヴァルドーが遮るように説明した。親が子の心配をするのは吸血鬼でも普通なのだろうか、それともヴァルドーが変わり者でヴェスピレーネ達の家、エールフロスのような在り方が普通なのだろうか。聞くことはできず心に留める。
「私も部屋に戻ります」
「リュシールを頼む」
「……勿論です」
ここに住むと決めた際に素っ気なく親元に手紙だけ置いてきた事を申し訳なく思う。心配しているだろうか。顔も見せないことに怒っているかもしれない。
家族と不仲だったわけではないが、長い間寮生活をしていたせいか距離感が掴みにくくなっていった。長期の休みでは、帰らない友人が多いとか学業が忙しいなどの理由をつけて帰らないことが多くなった。帰っても黙々と農業を手伝うことがほとんどだった。
それでも、今なら魔術学校に行かせてくれたことへの感謝が上回る。おかげで魔術師になるという夢は叶い、素晴らしい家族と友人ができた。
「セリィ、遅いよ」
リュシールが部屋の前で待ち構えていた。
「荷物を持ってきたらいつでも出られるわ」
「じゃあ玄関で待ってるね」
マントを羽織って荷物を背負う。何度も確認したので忘れ物はないはずだ。真っ直ぐ玄関へ向かう。
玄関ではリュシールとジュラルドが何やら話し込んでいた。ヴァルドーとエレッタも既にいたが、エレッタはリュシールの横で荷物を持っている。見送りという様子には見えなかった。
「突然で申し訳ありませんが私も同行させて頂きます」
彼女はこちらに気がつくと質問より先に答えを出してくれる。土地勘のある人が一緒にいるのは心強いが、一体どうしたというのだろう。
「昨日まで相談していたので遅くなった。だが同行と言っても途中までだ。やはり二人には荷が勝つ仕事だと判断した」
これも会ってもらう人物というのと関係あるのだろうか。どういう意味なのか見当もつかない。
リュシールはそういった疑問を抱いていないようで単純に嬉しそうだった。
「エレッタがいるなら心強いね」
「ご期待に沿えるよう努力致します」
「じゃあ出発しようか。お父様、行って参ります」
セレスタとエレッタも後に続く。月は隠れ、木々で多くの光が遮られた森を進む。人間では暗闇で一歩先も分からない程だ。
三人が出発して少しした頃、ヴァルドーは玄関にいた。そこへジュラルドがやってくる。
「黙って出ていく気だったな」
「すまない。だがあの人が来るまでに済ませておきたいのでな。二人とも留守を頼む」
「任せてと言いたいけど、エレッタみたいな掃除は期待しないでほしいかな」
ラシェルが姿を現して軽口を叩く。
「目立つ埃だけはないようにしておいてくれれば十分だ」
ヴァルドーは少し口角を上げる。そして館を出て行った。
「固形血液どこ行ったっけ?」
「こちらに御座います」
「マントは?」
「こちらです」
「お金はこれくらいあればいいかな?」
「両替ができないところもありますので銀と銅を増やした方がよろしいかと思います。金はそんなに持つ必要はないでしょう」
リュシールとエレッタがこのようなやり取りを繰り返していた頃、セレスタの準備はとっくに終わっていた。
「セレスタ様は他に必要なものなどは御座いませんか」
「大丈夫です。私は先に部屋に戻りますね」
「かしこまりました。お嬢様の荷造りの手伝いは私にお任せ下さい」
「お願いします」
今回の事には違和感があった。出発を遅らせて修行をしていたのに、何故急に出発しろと言われたのだろうか。仮説はいくつか立てられるが、答えはヴァルドー本人に聞くまで分からない。そう考えてベッドに入ると眠れないかと思ったが、すぐに眠ってしまったようだ。
夕方、目を覚まして着替えるとノック音が聞こえた。
「はい」
「ボクだよ」
エレッタが起こしに来たかと思ったらラシェルだった。彼女は入ってくるなりカバンを手渡してきた。
「フェルツから。何も言わずにこの森を出るなんて水臭いやつだって言ってた」
「ありがとう」
良い香りのする焼きたてのパンが入っていた。その場で一つ食べる。クセのない味かつ柔らかくて食べやすい。もう一つは木の実が混ざっていた。甘味と酸味が効いていて飽きずに食べられた。
「意外と器用で家庭的だよね」
食べ終えるとラシェルがそう呟いた
「それ本人に言わない方がいいわよ」
「もう言った。しばらく血はあげないってさ」
カバンはフェルツに返すからと回収され、それ以上何も言わずに部屋を出ていった。
入れ替わるようにエレッタがやって来た。
「失礼します。朝食は入り用でしょうか?」
「お願いします」
人間の食事だけでも空腹が襲ってくることはないが、やはり血液も摂っていた方が調子が良くなる気がするのだ。
大広間には既にリュシールもいた。
「おはよー。さっきはラシェルと何話してたの?」
「フェルツ先輩からの贈り物を受け取ってただけよ」
「何貰ったの、見せて」
「もう食べた」
「そっか、食べ物だったんだ」
そして血を一気に飲み干すと先に部屋に戻ってしまった。
「機嫌が悪い……?」
「寝起きが悪いとあのような感じですよ」
エレッタが血を出しながら言った。なんでも準備が長引いたのと、出発が楽しみで眠れなかったという。
「子どもじゃないんだから」
「子どもですよ。セレスタ様、勿論貴女様もです」
「それは私は二十年も生きてない若輩者ですけど、リュシールは……」
「人間に換算すればセレスタと同い年くらいだ。それにあれは外での経験が圧倒的に少ない」
ヴァルドーが遮るように説明した。親が子の心配をするのは吸血鬼でも普通なのだろうか、それともヴァルドーが変わり者でヴェスピレーネ達の家、エールフロスのような在り方が普通なのだろうか。聞くことはできず心に留める。
「私も部屋に戻ります」
「リュシールを頼む」
「……勿論です」
ここに住むと決めた際に素っ気なく親元に手紙だけ置いてきた事を申し訳なく思う。心配しているだろうか。顔も見せないことに怒っているかもしれない。
家族と不仲だったわけではないが、長い間寮生活をしていたせいか距離感が掴みにくくなっていった。長期の休みでは、帰らない友人が多いとか学業が忙しいなどの理由をつけて帰らないことが多くなった。帰っても黙々と農業を手伝うことがほとんどだった。
それでも、今なら魔術学校に行かせてくれたことへの感謝が上回る。おかげで魔術師になるという夢は叶い、素晴らしい家族と友人ができた。
「セリィ、遅いよ」
リュシールが部屋の前で待ち構えていた。
「荷物を持ってきたらいつでも出られるわ」
「じゃあ玄関で待ってるね」
マントを羽織って荷物を背負う。何度も確認したので忘れ物はないはずだ。真っ直ぐ玄関へ向かう。
玄関ではリュシールとジュラルドが何やら話し込んでいた。ヴァルドーとエレッタも既にいたが、エレッタはリュシールの横で荷物を持っている。見送りという様子には見えなかった。
「突然で申し訳ありませんが私も同行させて頂きます」
彼女はこちらに気がつくと質問より先に答えを出してくれる。土地勘のある人が一緒にいるのは心強いが、一体どうしたというのだろう。
「昨日まで相談していたので遅くなった。だが同行と言っても途中までだ。やはり二人には荷が勝つ仕事だと判断した」
これも会ってもらう人物というのと関係あるのだろうか。どういう意味なのか見当もつかない。
リュシールはそういった疑問を抱いていないようで単純に嬉しそうだった。
「エレッタがいるなら心強いね」
「ご期待に沿えるよう努力致します」
「じゃあ出発しようか。お父様、行って参ります」
セレスタとエレッタも後に続く。月は隠れ、木々で多くの光が遮られた森を進む。人間では暗闇で一歩先も分からない程だ。
三人が出発して少しした頃、ヴァルドーは玄関にいた。そこへジュラルドがやってくる。
「黙って出ていく気だったな」
「すまない。だがあの人が来るまでに済ませておきたいのでな。二人とも留守を頼む」
「任せてと言いたいけど、エレッタみたいな掃除は期待しないでほしいかな」
ラシェルが姿を現して軽口を叩く。
「目立つ埃だけはないようにしておいてくれれば十分だ」
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