ダンシング・オン・ブラッディ

鍵谷 雷

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第3章

2話

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 リュシールはヴァルドーに呼び出されていた。珍しく彼の書斎ではなく広い正方形の部屋に来るように言われた。

「来たか」
「お父様、何でしょう?」

 娘は問う。焦りのせいか少し苛立っているように聞こえるが、父は気にしていない様子で返答する。

血流術ブラート・ヴァールについてだ。結界血流術ブラート・ヴァール・アプス自在血流術ブラート・ヴァール・ラクアというのは知っているか」
「いえ」
「ならばどのようなものだと思う」
「名前から察するに血流術の性質の分類でしょうか?」
「間違ってはいない。自分のはどちらか分かるか」
自在型ラクアかと」
「そうだ。そしてこれから話すのは血流術の真の力についてだ」

 リュシールの目つきが先程と変わる。自身の能力に対する肯定感を抱けずにいた。連絡用の玉を複製した時に少しは成長していると思えたが、グェンドル戦で打ち砕かれた。自分なりに能力の幅を広げようと考えてはいたが思うような成長が見えずにいたため、この話は渡りに船といったところだ。

「この前のように王族同士の戦いもあるかもしれない。その際に血流術をどこまで引き出せるかで勝敗が決まると言っても良い。短い時間だが出来得る限りを教える」
「お願いします!」
「と言っても最初の段階は既に取得している。流血せずとも生成は出来るのだろう」
「形や大きさは劣ってしまいますが」
「そうか」

 ヴァルドーは顎に手を当てて遠くを見る。すぐにリュシールの方へ向きなおった。

「結界血流術と自在血流術の大きな違いは、前者は対象との距離を重要視するが、後者は術者の知能を重要視することだ。その意味が分かるか」
「わたしの頭が悪いということですか?」
「違う。ではもう少し分かりやすく説明しよう。ディミロフの能力はどちらだ」

 ヴァルドー達を利用し『不死の軍団』を生み出そうとした男である。彼の能力は自身の血を混ぜたゾンビを自由に操り、その内部を行き来できるというものだったはずだ。

結界型アプスだと思います」
「では私の能力はどちらだ」

 父の能力は血を摂った対象の能力を把握し、それを使用できるというものだ。

「自在型だと思います」
「そう考えるのが普通だろう。だが私はこの館の中であれば能力の把握ができると言えばどうだ」
「結界型っぽく聞こえますね」
「結界型と自在型の明確な定義はない。ただ、先程も言った通り重要視する部分が違う。結界型であれば対象との距離やその効果範囲の設定が、自在型であれば想像力や応用力が必要とされるわけだ」

 その瞬間リュシールの顔がパッと明るくなる。言わんとすることが理解できたという表情だ。

「つまり、そのどちらも身に着ければ、二つの性質を持った能力に出来るってことですね」
「それが最善だが、簡単に身につくものではない。だがそれを覚えているだけでもこれからの能力の向上に役立つはずだ。では少し実践的な内容を教えよう」

 ヴァルドーは歩き出してリュシールから腕二本分くらいの距離を取る。手のひらを出すとそこから短い鎖が現れた。

「血を摂らずともこの距離であればこれくらいのことは可能だ。そこに必要なものは相手の理解と能力への信頼」

 血の摂取なしで戦闘序盤から能力の全容を把握するのは難しい。そこで相手が見せた能力の一部からどのようなものか考え、『これなら出来る』という部分をコピーするという。

「鉄とガラスでどのようなものを作れば効果的かと考えていたのだろう。それでは限界は見えている。他にも創れるものはあるはずだ。想像力を働かせろ」

 父の言葉にリュシールは戸惑う。理論と知能だけでなんとかなることではないと理解できたが、それでも難しい注文だ。

「試しました。でもどうやっても出来ないのです」
「では、紙を出してくれ」

 指先を切り血を出す。全身を巡る魔力が指先に集まっていくのが感じられる。しかし血は紙にならない。手のひらを覆うように血を広げてもう一度試してみる。

「ガラスはいつどのように出せるようになったか覚えているか」

 自在に操れるようになったのは連絡用の玉を複製した後だったと記憶していた。

「必要に駆られて咄嗟に作ったということだな。では今から私と戦え。ただし、鉄とガラスは使用禁止だ」

 リュシールは驚かない。この部屋に呼ばれたのだから、この展開はむしろ遅かったとすら思う。ただ実質能力の使用を禁止された状態でどこまで戦えるのだろうか。

「お願いします」

 そう言い終わる前にヴァルドーは眼前から消えた。背後からリュシールの首に軽く手がかけられる。振り払うように腕を動かしても既にそこにはいない。そのようなやり取りを何度か繰り返して分かったことがある。ヴァルドーが消えて見えるのはただ速いだけではなく、集中の糸が僅かに緩んだ時と瞬目のタイミングで動いているからだ。しかし、それを理解し意識しても追うことは難しかった。
 一方でヴァルドーは娘に必要なのは能力の質の向上よりも経験の蓄積だと考えていた。様々なことを教えようとした場合に必要なのは時間だけではない。教える側の個性という偏りが出てしまう以上、エレッタやジュラルドとの訓練だけでは戦闘のパターンは限られてくる。それまで直接訓練を行ってこなかった自分が相手をしているのもそのためだ。それに、今を逃しては伝えられることも伝えられなくなってしまうかもしれない。

「少しは反応が良くなってきたな」

 足払いで転ばせる。成長は見られるが追い切れるという段階ではないからこそ、余裕を無くさせるために攻撃を加えていく。

「あと五回だ。その間に私の攻撃を避けるか止める、または私に攻撃を当てることが出来なければその時点で中止とする」

 この条件で彼女は防御に徹するだろうか。それとも相討ち覚悟で攻撃してくるだろうか。
 最初は防御だけを継続条件として告げるつもりだったが、直前に攻撃の選択肢も与えたのは性格や行動パターンを見たかったからである。無駄な選択肢は行動を鈍化させる。どれを選ぶにしても判断は即時決定すべきだ。
 僅かな時を置きながら右腕に二発、左腕に一発、計三発のパンチを入れる。いずれの攻撃も急所には受けないようにと動いていた。しかし飛ばされてしまっては止めたとは言えない。防ぎきることを考えているのだろう。
 一方でリュシールも父の考えが分かり始めた。三発目は防御出来るかと思ったが耐えきれなかった。回避よりも防御の方が簡単だと思わせようとしたのだろう。続行不能にはならないがきちんと受けなければ飛ばされる絶妙な力加減での攻撃だった。それでも回避しようとして失敗した時に不意にダメージがあるよりは戦いやすい。このまま攻撃を止める姿勢で挑むと決めた。
 左の手首を強く切って血を溢れさせる。傷口を床に向けるとすぐに落ちていった。

「何か思いついたか」

 ヴァルドーは動かず様子を伺う。すると床の血が無数の紐のように細くなり向かってきた。それを全てはたき落として後ろに回り込んで蹴りを放つ。これで四発目だ。脇腹に直撃しリュシールは膝をついた。
 血を変化させることを禁止されているなら、血のままで攻撃すればいい。当然のことのように思えるが一度血流術を習得してしまうとそれに頼ってしまいがちになる。それに気づくまでの時間はヴァルドーの予想通りだった。だがその先は全く予想していなかった。
 リュシールは地面を蹴って一直線に向かってくる。それと同時に地面の血から炎の柱が上がる。それにより後方と左右への回避が封じられた。今にも拳を突き出そうとしている。その腕を掴んで投げ飛ばそうと思った。
 リュシールは急に減速し、その拳を出すと同時に開いた手から血が飛ぶ。それらは炎の玉となり襲った。しかしヴァルドーはそれを物ともせずに腕を掴んで投げる。炎の玉は袖を少し焦がすとすぐに消えてしまった。炎の柱もリュシールが投げられた時に消えていた。

「能力の成長の殻を破ったようだな。第二段階もクリアだ。何故炎なのか聞かせてもらおう」
「強い相手を思い浮かべた際に出てきたのがセリィやグェンドル王子の使う炎でした」
「多くの生物が本能的に恐れるものだ、間違っていない。だが自分が今の炎と相対した場合に苦戦するか?」
「いえ」
「その炎に絞って強化を図るか、新しい変化を模索するか選べ」
「同時並行で進めます」

 リュシールは即答した。ヴァルドーは少しの間沈黙する。

「……分かった、続けよう」
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