ダンシング・オン・ブラッディ

鍵谷 雷

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第3章

1話

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 セレスタとリュシールがウェネステル皇国から帰還して二十日が経った。二人の傷と疲労はすっかり回復し、昨日からオルテグナ国へ向かうための準備を始めた。セレスタの魔力を安定させるためにグランという大魔術師について調べるためだ。地図を広げながら道のりを検討している。

「ここは足場が悪い道が続きますので、少し迂回してもこの村を通り過ぎるのがよろしいかと」

 エレッタは土地勘があるようだった。

「実際に訪れたのはもう百年以上前になりますのでお役に立てるか分かりませんが……」

 と言いつつ色々助言してくれた。

「最後に一つお伝えしておきたいことがあります。ヴァルドー様は洞窟の番人は名前を告げれば通してくれると仰っていましたが、いきなり襲い掛かってきてそれが難しいこともあるでしょう。お二人が負けるとは思いませんが、念のため洞窟が見えた時点で警戒を怠らないで下さい」
「相手の能力とか武器とかは分からないんですか?」

 セレスタはあまり期待せずに聞いてみた。

「能力は説明が難しいのですが簡単に使えるものではないので警戒せずとも問題ありません。武器は何でも使いこなしますが、場所を考えると短剣か飛び道具だと思います」

 吸血鬼で能力を持っているということは貴族級以上である可能性が高い。

「大丈夫、セリィはわたしが守るから」

 リュシールはすぐにこう言ってくれる。「ありがとう」とだけ返した。少しぶっきらぼうな態度を取ってしまったかもしれない。

「経路はこれで決まったね。ありがとうエレッタ」
「いえ、礼には及びません」
「じゃあ荷物まとめよっか」
「お嬢様、ヴァルドー様の元には行かれましたか?」
「あ、そうだった! ごめん、行ってくるよ」

 リュシールは駆け足で大部屋を出ていく。
 二人が残された部屋は沈黙が流れる。それを破ったのはエレッタの方だった。

「……セレスタ様はまだまだ強くなれますよ」
「え?」
「ご自身を足手まといだとお思いなのでしょう。ジュラルドですら気づいていました。気づいていないのはお嬢様くらいです。貴族級を殺害した"光"の聖騎士の頭目に勝ったのですから誇ってよいと思います」
「それは運が良かっただけです」

 エレッタは部屋を出ていき、ティーセットを持ってすぐに戻ってきた。二人分の紅茶を入れる。

「どうぞ。今度は何も仕掛けておりませんので」

 ヴァルドーとディミロフのゾンビ計画を阻止するために乗り込んだ時のことを言っているのだ。その時も紅茶自体には何もなかったはずだから彼女なりの冗談だろうか。そう言えばエレッタと二人きりになるのはほとんどその時以来かもしれない。吸血鬼についての講義を度々してもらっていたが、その時はリュシールが絶対に隣にいた。

「いただきます」

 癖のない爽やかな味と程よい温度が喉の渇きを癒す。

「落ち着きましたか? 常に肩肘張っていなくてもいいのですよ」

 普段あまり表情を変えないエレッタが小さく微笑んでそう言ってくれた。実のところセレスタは彼女に良く思われていないのではないかと思っていたが、たったこれだけのやり取りでその疑念が小さくなってしまう。そのせいで思わず口に出てしまう。

「エレッタさんは私のこと好ましくないと思っていました」
「そうですね、初めはそう思っていました。ヴァルドー様とお嬢様が家族として迎えた方だからと言い聞かせて接していました」
「今は違うんですか?」
「貴女が来てからお嬢様が楽しそうです。ヴァルドー様もそれを良く思われています。私も以前よりこの館が好ましく感じていることに気づきました」

 下を向いたまま小刻みに紅茶に口をつけながら話す。照れ隠しなのだろうか。
 ゆっくりとカップを置いて顔を上げた。先程より少し顔が赤い気がする。

「話を戻しましょう。強くなる方法についてです。時間外の講義のようになってしまいますがよろしいですか?」
「是非お願いします」
「魔術師として強くなる方法は教えられませんが、吸血鬼としてならば教えられます。まず血の巡りについて確認しますので立って下さい」

 言われた通り立ち上がる。

「失礼します」

 エレッタは近づいてきて、首、両手首、背中、両太腿、両足首を撫でるように触れた。そして座るように促した後自らも席に着く。

「ご存知かとは思いますが、魔力循環において血の巡りは重要な役割を果たしています。特に我々吸血鬼の血流術ブラート・ヴァールではたとえ魔力が多くても、どんなに強い技でも血が上手く行き渡らなければ自在に扱えないのです」

 言わんとすることがいまいちよくわからないという表情のセレスタを見て、エレッタはさらに付け加える。

「簡潔に申し上げますと、セレスタ様にも血流術が使える可能性があるということです」

 ずっと頭の片隅にあり続けた疑問が思いがけず解決した。複雑な感情が邪魔をして聞けずにいた。魔術と体術の向上を図っている方が自信が持てる。そう考えて。

「……本当ですか」
「セレスタ様の状況は特殊すぎて断言はできません。なのでもっと簡易なことからお教えします。外に出ましょう」

 館を出ると大きな音と獣の呻き声が聞こえた。

「彼にも手伝ってもらいましょうか」

 間もなく魔物の討伐をしていたジュラルドが戻ってきた。

「終わったぞ」
「お疲れ様です。いきなりで悪いですが血操ブトレを見せてもらえますか」
「嬢ちゃんの授業中か。いいぜ」

 ジュラルドは腰のナイフを手に取り、手首から肘まで縦に大きく切り込みを入れる。血が溢れ出したが、それは彼の手のひらに球形を作るように集まっていく。すぐに出血は止まっていた。

「こんなもんでいいか」

 そう言って集まった自分の血を口に入れる。

「十分です。ありがとうございました」
「おう」

 ジュラルドは館内へ入っていく。

「見ての通り血を動かすという行為です。私よりも彼の方が長けているのでお手本を見せてもらいました。血流術の基礎であり、怪我をした時に止血できる側面も持つため、覚えて損はないでしょう」

 セレスタは興味深く聞いていた。吸血鬼たちの戦いを思い出す。戦闘中では完全な止血とはいかないのだろうが、人間ならば動けなくなるような出血でも戦っていた場面が思い当たる。あれは単に怪我に強いだけではなかったようだ。

「魔力を動かすのと同じ感覚だと思って差し支えないでしょう。まずは自分の手を痺れさせるところからやってみましょう。手に血液を行かないように調節するのです。実際に出血した方が感覚が掴みやすいのですが、抵抗があると思いますので……」

 セレスタはそれを聞くとすぐに足元の石を拾い、鋭利な部分で左手を切る。無造作に力を入れて手の平を割いたため、結構な出血量となった。

「なっ……」

 エレッタの呆気に取られた表情を他所に、手に魔力を行かないようにコントロールする。魔力の巡りを感じなくなるが血は変わらず出続けている。見かねたエレッタが新しい助言を加える。

「本当は初心者が一か所に血を集めるのは危険なのですが、出血してしまった以上仕方ありません。手に魔力を集めてみて下さい。そちらの方が得意でしょう」

 言われた通り左手に魔力を集めた。傷口から出る血の量が増している。

「では魔力を抑えて下さい。集めたものはゆっくりと放出するように」

 その瞬間、セレスタの膝が崩れ落ちる。すかさず小瓶を取り出し、その中の赤い液体を飲み干す。リュシールの血が闇の魔力を供給したため身体が楽になる。同時に出血も少なくなっていた。
 エレッタが駆け寄ってくるが、一人で立ち上がれた。

「魔力の乱れですか?」
「はい、でももう大丈夫です」
「すみません。私の不注意でした。やはりこれを教えるのは早かったようです」
「やらせて下さい。私が教えてほしいと言ったんです。ここまで教えてもらったんですから、血流術とまでは行かなくても止血くらいはできるようになってみせます」
「……分かりました。ただしヴァルドー様とお嬢様に報告します。それと絶対に一人で練習をしないで下さい。これらをご理解頂けるなら続けましょう」

 セレスタはこの条件を飲むしかなかった。リュシールに内緒で強くなりたいと思ったがやはり難しそうだ。
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