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第2章
39話
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穴を下って長い地下道を進む。リュシールの眼と記憶が頼りだ。
「出口までまだあるよ。この辺で穴開けて出ちゃう?」
「穴は塞ぐって言ってたでしょ。余計なことしないの」
途中、アレッシオ達に誘拐された国民が、吸血鬼たちへの貢ぎ物として閉じ込められていた牢を通り過ぎる。多くは殺されていたが、生き残っていた人たちは罪人も含めて全員救出された。精神に異常をきたした人たちへのケアが行われるらしい。
細い道を抜けると梯子が見えた。井戸でカモフラージュした出口だ。
「まずはラシェルと合流しましょう。相当待たせたと思うし」
「時間としては大体予想通りかな。それよりも割と元気そうで驚いたよ」
背後にラシェルが現れる。セレスタは驚いた。それを見てリュシールは笑う。
「馬の用意はしてあるけど、馬車は難しかった。セレスタは乗馬できる?」
学院生時代に少し経験はあるが乗れるとは言えなかった。試してみたがやはり難しそうだったため、リュシールの後ろに乗せてもらうことになった。
その話が片付くと、リュシールはセレスタの持つ通信用の赤い玉を出すよう求めた。
「お父様に報告するから出発ちょっと待ってて」
赤い玉が光り出す。上手く繋がったようだ。前回連絡時はヴァルドーは外出していたが、既に帰っているだろうか。
「あ、エレッタ。お父様は戻ってる?」
「お嬢様、ご無事で何よりです。ただいまヴァルドー様に代わります」
保留機能はないため、移動や取り次ぎの際の会話等が断片的に聞こえてきた。
「リュシール、大事ないか?」
「はい、調査終わりました」
「そうか。報告は後でいいから帰ってこい」
「分かりました」
光が消え、音が聞こえなくなった。それを確認すると三人は馬に乗る。セレスタはリュシールの後ろで落ちないように彼女に掴まった。
来る時とほとんど同じような道を進む。それでも行きよりも速いのは馬車では進めない道を通っているからだろう。
休憩中に何度か二人から乗馬を習ったが、馬との相性が悪いのかそもそも向いていないのかまともに乗れるという手応えがなかった。リュシールは
「もっと練習すればセリィも乗れるようになるよ」
と励ましてくれたが練習はまたの機会にすることにした。まだ怪我も治りきっておらず、皆疲れ切っているのにこれ以上手間かけさせたくない。というのは建前でもうやりたくなかった。
「そういえば、リューはどうやって乗馬できるようになったの? あの家で馬を飼ってた様子はないし、森に野生の馬なんていなさそうだったし」
「百年も生きていれば色々あるんだよ」
ウィンクをしてはぐらかす。当然可愛いが、今やられると少し腹立たしくもある表情だ。
「屈服させているだけだよ。王族には大なり小なりそういう力があるんだ」ラシェルがボソッと呟く。
「ちょっ、言わないでよ。ズルしてる感じするじゃん」
隠すほどでもないじゃないかと思う。しかし、確かにズルいとも思う。
そうしているうちに最早見慣れた森が視界に入った。まだ小さく見えるが、ここまで来ると帰ってきたという感じがする。森に入る前に馬は格安で近くの村に売ってしまう。連れて帰っても飼うところがない。
森の深くに入ると魔物が襲ってくる。初めてここに入ったときはなんとか倒すのが精一杯だったが、今は片手で払える。ズルしたというなら自分の方がよっぽど当てはまるだろう。
館の入り口付近にはエレッタがいた。
「お帰りなさいませ。お荷物お持ちします。テーブルにお食事も用意しておりますのでどうぞ」
セレスタとリュシールは荷物を預けて中に入る。ラシェルはフェルツに用があるからとすぐに出ていってしまった。
長いテーブルの奥にはヴァルドーが座っていた。その両隣には赤い液体の入ったグラスが置いてあった。
「お父様、ただいま帰りました」
「よく帰った。疲れているところ悪いが、報告を聞かせてほしい」
「はい」
リュシールが事の顛末を語る。その後別れて行動していた時を主にしてセレスタも語った。
「つまり、ジェスガー王とアレッシオという聖騎士長の自作自演だったというわけだな」
吸血鬼狩りの真相についてヴァルドーはあまり驚いた様子はない。予想通りといったところだろう。
「それよりも気になるのはエールフロスの同行と『干渉魔導兵器』だろう。セレスタ、後者について思い当たることを聞かせてくれ」
「一つはグランの手記が見つかった山のある国オルテグナ、もう一つは風の民ウィンデイムです」
ヴァルドーは少し考える素振りを見せた。
「エレッタ、地図を」
ヴァルドーは受け取った地図をテーブルに広げる。すぐにオルテグナを見つけだし指差す。
「ここか。方角は反対だがウェネステルと同じくらいの距離にあるようだな。風の民は見つけ出すのも一苦労だ。まずはこの国に行くといいだろう」
「はい」
思ったよりもあっさりと許可が降りて内心驚いた。するとヴァルドーは別の場所を指差した。
「途中、ここへ寄って会ってもらいたい者がいる」
「ヴァルドー様、そこは……」
ヴァルドーが右手を挙げて制するとエレッタは口を閉じる。二人には今のやり取りだけで相手がただ者でないことは容易に想像できた。
「変わり者だが二人を悪いようにはしないはずだ」
「一体誰なんです?」
リュシールは思わず聞いてしまった。
「行けば分かる」
セレスタはその返答から、相手の正体そのものよりも頑なに正体を明かさない理由の方が気になってきた。
「その人は洞窟の奥にいる。途中に番人のような者がいるかもしれないが、名前を告げれば通してくれるだろう」
二人は頷く。ヴァルドーの目にはそこが集中の限界と映ったようだ。
「長話がすぎたな、部屋に戻って休め」
セレスタは部屋に戻るとすぐに眠ってしまった。リュシールは廊下でセレスタと別れて一度自室に入った後、すぐに部屋を出てヴァルドーの元へ戻った。
「お父様はどちらへ出かけていたのですか?」
「エスヴェンド王に呼ばれたのだ」
「一人で、ですか」
「先方からの指示だ。小言はエレッタから十分に聞いたから控えてくれ。内容の見当はつくだろう」
「派閥参加への勧誘、いえ強要ですか」
「言い過ぎだが間違ってはいない。見返りは領土の提供及び社交界への復帰だそうだ」
リュシールは鼻で笑い、ヴァルドーの隣に座った。
「何も分かっていませんね」
ヴァルドーも小さく笑った。
「やはりそう考えると思っていた。だが、この話前向きに考えている」
リュシールは不意を突かれた顔をするがヴァルドーは続けた。
「ハスクマンとエールフロスだけではない。吸血鬼全体で大きな何かが動いている。エスヴェンド王ははっきりとは語らなかったが懐に入ればそれも見えてくるだろう」
「一人で行くつもりですか?」
「ああ。だが置いていくわけではない。安全だと確信したら呼び寄せる。それまで待て」
安心させるための方便としか聞こえない。それまで何の干渉もしてこなかった自分達にわざわざ声をかけてきたのは人手が必要だからだろう。何か大事に巻き込まれるのは目に見えている。安全が確認できるのはいつになるのだろうか。しかし、それは口に出さなかった。父親が単なる自己犠牲で動くつもりはないと信じているからだ。
「お気をつけて」
「お前達も無理はするな」
「はい……」
リュシールは小さく返事をして席を立つ。
「出口までまだあるよ。この辺で穴開けて出ちゃう?」
「穴は塞ぐって言ってたでしょ。余計なことしないの」
途中、アレッシオ達に誘拐された国民が、吸血鬼たちへの貢ぎ物として閉じ込められていた牢を通り過ぎる。多くは殺されていたが、生き残っていた人たちは罪人も含めて全員救出された。精神に異常をきたした人たちへのケアが行われるらしい。
細い道を抜けると梯子が見えた。井戸でカモフラージュした出口だ。
「まずはラシェルと合流しましょう。相当待たせたと思うし」
「時間としては大体予想通りかな。それよりも割と元気そうで驚いたよ」
背後にラシェルが現れる。セレスタは驚いた。それを見てリュシールは笑う。
「馬の用意はしてあるけど、馬車は難しかった。セレスタは乗馬できる?」
学院生時代に少し経験はあるが乗れるとは言えなかった。試してみたがやはり難しそうだったため、リュシールの後ろに乗せてもらうことになった。
その話が片付くと、リュシールはセレスタの持つ通信用の赤い玉を出すよう求めた。
「お父様に報告するから出発ちょっと待ってて」
赤い玉が光り出す。上手く繋がったようだ。前回連絡時はヴァルドーは外出していたが、既に帰っているだろうか。
「あ、エレッタ。お父様は戻ってる?」
「お嬢様、ご無事で何よりです。ただいまヴァルドー様に代わります」
保留機能はないため、移動や取り次ぎの際の会話等が断片的に聞こえてきた。
「リュシール、大事ないか?」
「はい、調査終わりました」
「そうか。報告は後でいいから帰ってこい」
「分かりました」
光が消え、音が聞こえなくなった。それを確認すると三人は馬に乗る。セレスタはリュシールの後ろで落ちないように彼女に掴まった。
来る時とほとんど同じような道を進む。それでも行きよりも速いのは馬車では進めない道を通っているからだろう。
休憩中に何度か二人から乗馬を習ったが、馬との相性が悪いのかそもそも向いていないのかまともに乗れるという手応えがなかった。リュシールは
「もっと練習すればセリィも乗れるようになるよ」
と励ましてくれたが練習はまたの機会にすることにした。まだ怪我も治りきっておらず、皆疲れ切っているのにこれ以上手間かけさせたくない。というのは建前でもうやりたくなかった。
「そういえば、リューはどうやって乗馬できるようになったの? あの家で馬を飼ってた様子はないし、森に野生の馬なんていなさそうだったし」
「百年も生きていれば色々あるんだよ」
ウィンクをしてはぐらかす。当然可愛いが、今やられると少し腹立たしくもある表情だ。
「屈服させているだけだよ。王族には大なり小なりそういう力があるんだ」ラシェルがボソッと呟く。
「ちょっ、言わないでよ。ズルしてる感じするじゃん」
隠すほどでもないじゃないかと思う。しかし、確かにズルいとも思う。
そうしているうちに最早見慣れた森が視界に入った。まだ小さく見えるが、ここまで来ると帰ってきたという感じがする。森に入る前に馬は格安で近くの村に売ってしまう。連れて帰っても飼うところがない。
森の深くに入ると魔物が襲ってくる。初めてここに入ったときはなんとか倒すのが精一杯だったが、今は片手で払える。ズルしたというなら自分の方がよっぽど当てはまるだろう。
館の入り口付近にはエレッタがいた。
「お帰りなさいませ。お荷物お持ちします。テーブルにお食事も用意しておりますのでどうぞ」
セレスタとリュシールは荷物を預けて中に入る。ラシェルはフェルツに用があるからとすぐに出ていってしまった。
長いテーブルの奥にはヴァルドーが座っていた。その両隣には赤い液体の入ったグラスが置いてあった。
「お父様、ただいま帰りました」
「よく帰った。疲れているところ悪いが、報告を聞かせてほしい」
「はい」
リュシールが事の顛末を語る。その後別れて行動していた時を主にしてセレスタも語った。
「つまり、ジェスガー王とアレッシオという聖騎士長の自作自演だったというわけだな」
吸血鬼狩りの真相についてヴァルドーはあまり驚いた様子はない。予想通りといったところだろう。
「それよりも気になるのはエールフロスの同行と『干渉魔導兵器』だろう。セレスタ、後者について思い当たることを聞かせてくれ」
「一つはグランの手記が見つかった山のある国オルテグナ、もう一つは風の民ウィンデイムです」
ヴァルドーは少し考える素振りを見せた。
「エレッタ、地図を」
ヴァルドーは受け取った地図をテーブルに広げる。すぐにオルテグナを見つけだし指差す。
「ここか。方角は反対だがウェネステルと同じくらいの距離にあるようだな。風の民は見つけ出すのも一苦労だ。まずはこの国に行くといいだろう」
「はい」
思ったよりもあっさりと許可が降りて内心驚いた。するとヴァルドーは別の場所を指差した。
「途中、ここへ寄って会ってもらいたい者がいる」
「ヴァルドー様、そこは……」
ヴァルドーが右手を挙げて制するとエレッタは口を閉じる。二人には今のやり取りだけで相手がただ者でないことは容易に想像できた。
「変わり者だが二人を悪いようにはしないはずだ」
「一体誰なんです?」
リュシールは思わず聞いてしまった。
「行けば分かる」
セレスタはその返答から、相手の正体そのものよりも頑なに正体を明かさない理由の方が気になってきた。
「その人は洞窟の奥にいる。途中に番人のような者がいるかもしれないが、名前を告げれば通してくれるだろう」
二人は頷く。ヴァルドーの目にはそこが集中の限界と映ったようだ。
「長話がすぎたな、部屋に戻って休め」
セレスタは部屋に戻るとすぐに眠ってしまった。リュシールは廊下でセレスタと別れて一度自室に入った後、すぐに部屋を出てヴァルドーの元へ戻った。
「お父様はどちらへ出かけていたのですか?」
「エスヴェンド王に呼ばれたのだ」
「一人で、ですか」
「先方からの指示だ。小言はエレッタから十分に聞いたから控えてくれ。内容の見当はつくだろう」
「派閥参加への勧誘、いえ強要ですか」
「言い過ぎだが間違ってはいない。見返りは領土の提供及び社交界への復帰だそうだ」
リュシールは鼻で笑い、ヴァルドーの隣に座った。
「何も分かっていませんね」
ヴァルドーも小さく笑った。
「やはりそう考えると思っていた。だが、この話前向きに考えている」
リュシールは不意を突かれた顔をするがヴァルドーは続けた。
「ハスクマンとエールフロスだけではない。吸血鬼全体で大きな何かが動いている。エスヴェンド王ははっきりとは語らなかったが懐に入ればそれも見えてくるだろう」
「一人で行くつもりですか?」
「ああ。だが置いていくわけではない。安全だと確信したら呼び寄せる。それまで待て」
安心させるための方便としか聞こえない。それまで何の干渉もしてこなかった自分達にわざわざ声をかけてきたのは人手が必要だからだろう。何か大事に巻き込まれるのは目に見えている。安全が確認できるのはいつになるのだろうか。しかし、それは口に出さなかった。父親が単なる自己犠牲で動くつもりはないと信じているからだ。
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「はい……」
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