ダンシング・オン・ブラッディ

鍵谷 雷

文字の大きさ
上 下
67 / 76
第2章

37話

しおりを挟む
 リュシールは周囲の吸血鬼たちを見渡す。

「さて、君たちの指揮官はいなくなったけどどうする?」

 情けなく座り込んだり木の陰に隠れるものもいた。指揮官が倒されて先に撤退したのだから困惑や落胆も当然だ。人間の国に攻め込んだら吸血鬼の王族が敵として現れるなど想像も出来なかっただろう。
 後ろから足音が聞こえてくる。魔力量からして貴族級だろう。いきなり片膝を付く。

「私はハスクマン家家臣……」
「そういうのいいから早く全員出ていきなよ。死にたいなら殺してあげるけど」

 食い気味に強気で言い放つ。これは脅しというよりハッタリだ。今のリュシールに二十以上の吸血鬼を相手をする体力は残っていない。

「……全員退却せよ」

 貴族は撤退命令を下した。吸血鬼は順番に穴へ入っていく。

 リュシールはその場に誰もいなくなったことを確認すると大きく息を吐く。そして手近な木に近寄って、背を預けるように座り込んだ。

「もう城に戻る元気もないよ。彼が報告に行ってるだろうし、ここで眠っても問題ないかな……」

 固形血液を口に入れようと腰のポーチに手をやるが上手く動かず取り出せない。瞼が重くなる。血を失いすぎた。
 こちらに近づく足音が聞こえてくる。駆け足だ。もしも騎士たちなら自分は捕らえられ、最悪殺されてしまう。寝たふりをして近づいてきたところを噛みついてみようか。それならば少しは回復するだろう。
 眼を閉じると身体が冷たくなり、暗闇に吸い込まれていく感じがした。ダメだ、このまま本当に眠ってしまいそうだ。二度と起きることがない眠りかもしれない。

「リュー!」

 誰かが自分を呼ぶ。こう呼ぶのは一人しかいない。その声は自分を心地よくさせることも奮起させることもできる。彼女が起きろというのなら起きてやろう。そう思って岩のように重い瞼を開けた瞬間、口に何かが突っ込まれた。それは口の中で溶けて広がっていく。固形血液は美味しいとは言えないが渇きを癒すには十分だ。

「結局来ちゃったんだ」
「あれだけの魔力のぶつかり見せられたらね。血、それじゃ足りないでしょ」

 セレスタは腰のナイフを取って自分の指先を切る。綺麗な赤い血が溢れてくる。

「ゆっくり飲んで」

 そう言いながら差し出された指を咥えた。これ以上に美味しい血は口にしたことがない。身体中が彼女の血を求め、生きようとする。指を離し立ち上がろうとしたが、すぐに回復しているはずはなくよろめいた。

「無理しないで。肩貸すわ」

 素直に彼女の肩に手を回して、ゆっくりとだが真っ直ぐに歩き始めることができた。言いたいことは色々あるけれど、何から話したらいいか頭が回らない。そうしているうちにセレスタの方が話を切り出す。

「グェンドルは自力で逃げたの?」
「いや、ヴェスさんが連れていったよ。彼女達はディレイザ王の手のひらで踊らされてたみたい。どっちが上手く行っても自分の得になるようにって」
「やっぱりただ者じゃないみたいね」

 沈黙が戻ってくる。向こうから鎧の動く金属音が聞こえてきた。マルツィアが数人の兵士を引き連れて走ってくる。

「二人とも大丈夫!?」

 マルツィアが大声を出して心配してくれる。セレスタの反対側に寄って支えようとするが、リュシールはそれを断る。

「二人きりにさせて」
「彼女は大丈夫なので、マルツィアさん達は負傷者の救助に行って下さい」

 セレスタが柔らかく伝わるように補足する。もっとも、リュシールには気遣いの意図はなかったのだが。
 聖騎士長達が見えなくなったことを確認するとセレスタは口を開く。

「このままひっそりと出国しようか」
「魔力を安定させる方法は分かったの?」
「いえ……。けどここに留まるのは良くないと思う」
「なんで? 手掛かりを探そうよ」
「このまま留まるのは悪いわ。既にリューを吸血鬼と認識している人もいる。私達は国を救った人物である前に、攻めてきた吸血鬼と同じ種族だから」

 リュシールは時々人心や感情に疎い様子を見せることがある。他者への関心が薄いからか箱入り娘だからかは不明だ。
 城の正門に近づいてくると兵士達が慌ただしく動き回っている。セレスタは光の布ソル・ナールを発動し隠れて進む。

「お二人さん、こそこそと何処へ行くつもりだ?」

 聞き覚えのある声だった。リュシールが露骨に嫌そうな顔を見せる。セレスタは驚いた。
 シルヴィオは呆れたという表情を見せる。

「あれだけ顔合わせてれば魔力も覚えるし、ここ通ると分かってれば意識もする。それに今日は術が雑だぜ」
「セリィの術にケチつけるために呼び止めたの? それとも邪魔するつもり?」
「ああ、もうちょっと時間取らせてもらう。教皇様直々に話したいことがあるそうだ」
「いえ、礼には及ばないので……」
「あんたがそう言ったら、『探し物の手助けができるかもしれない』って返せって言われてるんだよ」

 セレスタはリュシールを見る。無言で首を縦に振ってくれたためついていくことにした。玉座の間に向かう途中に教皇がいた。

「遅いぞ! 待ちくたびれて迎えに行こうかと思ったところだ!」

 セレスタは驚きの表情が隠せなかった。

「セレスタ、何を驚いている。お主は既に何度も会っているだろう? ローランやエスメルと同じ顔をするな」
「いえ、人前に姿を見せているので……」
「こうなった責任は私にある。カーテン越しの謝罪など誰が信じる? 神秘的な教皇を演じるというのはそもそもアレッシオの方針だ。今なお従う必要もあるまい」

 心なしかこれまでよりも表情が柔らかくなった気がする。今の姿が本当のベアトリーナなのだろう。

「俺らは魔力で本人と分かったが、ほとんどの人間は信じるか怪しいがな」
「そのためにお主ら"英雄"がいるのだろう」
「そりゃ光栄だ」

 軽口を叩くシルヴィオに教皇の後ろのメイド達が睨んでいるように見えたが、彼は気にも留めていない様子だ。教皇はセレスタに向き直る。

「さて、本題に入ろう。二人に見せたいものがある。ついてきてくれ」

 シルヴィオやメイドには持ち場に戻るよう指示し、玉座の間へ入り長い階段を上る。玉座の裏に回ると背中の部分に術式が彫ってあるのが見えた。

「二人とも私の肩に手を置いてくれ」

 言われた通りにすると術式に手をかざした。すると風景が一瞬にして薄暗い洞窟のような場所に変わった。地点移動だ。それもアレッシオが使ったのよりも高度なものだった。

「教皇が原則"光"である理由の一つだ。今の術式は"光"の魔力でしか起動できない。そもそも術式自体が見えないようだがな。これは私の能力で魔力を渡したアレッシオも使えなかった」
「それよりここはどこなのさ? さっきから不気味な魔力が漂ってるけど」
「落ち着けリュシール、今からその魔力源に行くのだ」

 教皇が手の平に光る球体を出す。周囲が明るくなり、数歩先まで見えるようになった。とは言っても吸血鬼であるセレスタとリュシールには既に見えているのだが。
 進み続けるごとに魔力の濃度が強くなる。セレスタはそれが人間や並の魔物のものではないと気づいた。魔力の属性も不明だ。このような魔力を持つ生物とはどのような存在なのだろうか。
 先頭を行く教皇が立ち止まった。岩が道を塞いでいる。振り返っていつもより少し低い声で話し出す。

「覚悟しておけ。特にリュシール」
「バカにしてるの?」
「そうではない。"光"でないものにはこの先の魔力に耐えきれない可能性がある。まあ、ここまで何事もなくついてきたのだから大丈夫か」
「わたしの心配はいらないから早く開けてよ」

 本当は途中から震えていたのをセレスタは知っていた。彼女の手をそっと握ると心なしか震えが少し小さくなった。

「では開けるぞ」

 教皇は岩に手をかざし何か呟く。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。

久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。 事故は、予想外に起こる。 そして、異世界転移? 転生も。 気がつけば、見たことのない森。 「おーい」 と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。 その時どう行動するのか。 また、その先は……。 初期は、サバイバル。 その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。 有名になって、王都へ。 日本人の常識で突き進む。 そんな感じで、進みます。 ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。 異世界側では、少し非常識かもしれない。 面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。

ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス

於田縫紀
ファンタジー
 雨宿りで立ち寄った神社の神様に境遇を同情され、私は異世界へと転移。  場所は山の中で周囲に村等の気配はない。あるのは木と草と崖、土と空気だけ。でもこれでいい。私は他人が怖いから。

これまでも、これからも

転生新語
ファンタジー
 四百七十年前に生まれた、精霊と人間の中間(ちゅうかん)のような存在のヒロイン。今は一応、人間に転生して二十才くらい。お酒が飲める年齢です。動物系の精霊である彼女(こちらも同年齢)と同棲しています。  寒くなってきたので、鍋を作って、彼女を酔わせる予定で居ます。クリスマスが近いと、そういう事をしたくなりませんか?  カクヨムで数話、先行しています→https://kakuyomu.jp/works/16817330650216625548  また小説家になろうにも投稿開始しました→https://ncode.syosetu.com/n7632hy/

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

処理中です...