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第2章

35話

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 城の外は凄惨な光景となっていた。先程の報告では五十以上の吸血鬼の侵入を許してしまったそうだ。自分たちが不法入国した際、あの穴を塞いでおかなかったことを申し訳なく感じた。

「お友達はどこにいるか分かる?」
「この辺りで待っているように言っておいたんですけど……」
「じゃあ避難所の方に逃げているのかもしれないわね」

 マルツィアに先導されて避難所へと向かう。いくつかあるうちの近くて広い場所から当たってみてくれるらしい。
 そこかしこに人間の死体があり、吸血鬼の死体も三体ほど見かけた。充満する血の臭いに気を取られて気づけなかったが、近くに魔術師と吸血鬼の気配がした。

「こんなとこで何してる!?」
「シルヴィオ!?」

 まさに戦闘中だった。

「戦闘中に余所見とは舐められたものだ!」

 吸血鬼がシルヴィオに殴りかかる。彼はそれを避けようとも防御しようともしない。拳が当たるより前に吸血鬼が吹き飛ぶ。マルツィアが術を撃ったのだ。

「何余裕かましてるの」
「術の準備してるの見えたからな」

 シルヴィオは剣を抜いて吸血鬼の首を飛ばし、セレスタに向き直る。

「連れを探してるなら逆方向だぜ。侵入経路を塞ぎに行ってくれた。お陰であっちから来る敵は減ったみたいだ」
「ありがとうございます!」

 セレスタは城の方へと走り出す。それを追いかけようとするマルツィアはシルヴィオに止められていた。

「待て、お前がここにいるということは陛下は無事なんだろう。問題ないならこっちを手伝え」
「私は陛下から……」
「南東方面が手薄だ。頼むぞ」

 新たな吸血鬼が二人に襲い掛かる。



 セレスタが城門に辿り着く頃、よく知った魔力が近づいてくるのを感じた。各地で魔力がぶつかり合っていようと、血の臭いが強かろうと間違えることはない。

「リュー! 良かった」
「セリィ! 無事だったんだね」

 そう言いながら抱き合ったあと、リュシールはセレスタの左腕を見つめる。

「それ、大丈夫?」
「聖騎士長最強の男を倒した名誉の負傷よ」
「どうでもいいから早く手当てするよ。そんないい匂い発してたら吸血鬼が寄ってきちゃう」

 傷口を舐めて、水で洗い、薬草を調合した薬を塗って、包帯を巻く。手慣れたものだった。

「はい、終わり。セリィは危なっかしいからこれぐらい備えておかないと」
「ありがとう。でも水で洗うなら舐める必要あった?」
「しばらくお預けだったし、それくらいのご褒美あってもいいでしょ?」

 不思議なことに先程から城内に侵攻しようとする吸血鬼は皆無だった。アレッシオの言った日没までに引き渡さなければ吸血鬼の手に落ちるとは城の安否を指していたのだろう。それまでは城内には手を出さないというわけだ。

「ジェスガー自身はこの侵攻に加わってないよ。穴はグェンドルっていうエールフロスの王子が守ってる」
「エールフロスってヴェスピレーネさんたちの兄弟? なんでそっちに加わってるの?」
「詳しくは分かんないけど、ディレイザ王の命令だって言ってた」

 ディレイザ王の保険だと思われる。どちらの陣営にも子どもを送り込んで勝った方に貸しを作っておくつもりだったのだろう。負けた方には独断で動いたなどと謝罪し、制裁を加えて自身への責任追及を軽いものにする。政治としては間違っていないかもしれないが、父親としては最低だ。

「それでどういう話をしたの?」
「ここは通せないって言われた。あと、もし二人に会ったらって伝言を頼まれた。お母さまから話があるから帰ってこいって」
「やっぱりこの国を守るしかなさそうね」
「王子に吸血鬼が勝つだろうからそしたらわたしは門から出ていくって言っちゃったよ」
「最悪、王族と直接対決か。勝てる? 私はこんな状態で役立たずだけど……」
「勝てる。というか勝つ」

 リュシールは即答する。戦略も勝算もないがセレスタにはその返事と堂々とした表情だけで十分だった。
 二人が動こうとしたところで、複数の魔力が一直線にこちらへ向かってくる。リュシールはセレスタに出来るだけ離れるように指示した。セレスタは素直に従い茂みに身を隠す。

「そろそろ日没だ。この城を落とす準備をするぞ」

 五人の吸血鬼が現れる。痩せた男が指揮を取っていた。小隊といったところだろうか。彼らもリュシールを認めた。

「この女、兵士には見えませんが殺しますか?」
「馬鹿者、その女吸血鬼ではないか! 女、我らの仲間ではないようだが何故このようなところにいる? 人間どもに攫われてきたか」

 他家の吸血鬼たちにも人間との混血の吸血鬼の王族がいることは知られている。しかし、リュシールの外見までは知られておらず、ほとんどの相手が人間か吸血鬼のどちらかと認識するため混血とは気づかれにくい。ならば少し泳がせて情報を引き出したかった。

「はい、この騒ぎに乗じて逃げ出すことが出来ました。ありがとうございます」
「礼は不要。この城もまもなく戦場となる。城の裏にエールフロスの王子が待機されているからそこまで逃げるがよい。ここにいるよりは安全であろう」
「皆様はエールフロスの兵なのですか?」
「否、我々はハスクマン家の者だ。陛下は別件で動いているため、協力関係にある家の王子に全体の指揮を任せたのだ」

 指揮官は誠実かつ忠義に厚い男なのだろう。捕虜となっていた女に安心感を与えるために王族という巨大な存在がバックについていることを話す。だが余計なことは喋らないか、もしくは知らされていない。これ以上聞き出すことは難しいだろう。こういう手合いは拷問しても喋らない。勿論セレスタの前でするつもりはないが。

「案内してやれ」

 部下の一人が穴の方へと連れていこうとした。そしてセレスタの隠れている方へ顔を向け、残りの部下に命じる。

「そこの人間は殺せ」

 気づかれる可能性は考えていた。もっと遠くへ逃げるように促そうとも思っていたが、自分を置いて逃げることはしないだろう。それに数人ならば近づく前に殺せる程度の距離は取らせている。
 リュシールは案内してくれようとした吸血鬼の首を掴んで潰す。茂みへと近づこうとしていた三人の部下の首も落とす。

「上位の吸血鬼か?」

 指揮官は距離を取る。実力差を理解しているようだ。質問には答えない。

「死にたくなければ直ちに兵を退け」

 声を低く、だが大きく言い放つ。

「出来ぬ。止めたければ殺すがよい」
「いい覚悟だね」

 瞬時に近づいて指揮官の首を落とす。セレスタの方を向いて小さく頷くと彼女が戻ってくる。

「容赦ないわね」
「手を抜く方が失礼だよ」
「指揮を取っていた人は貴族?」
「多分違う」

 憂いを帯び、血を浴びたリュシールの顔を見て、セレスタは思う。つい最近まで箱入り娘だったリュシールが平然と殺しを行う。それは自分のせいではないかと。自分も戦ってきたが相手を殺したことはない。彼女が汚れていくようで心地が悪かった。

「セリィ、大丈夫? 傷がまだ痛む? それとも魔力切れ? 背負っていこうか?」
「ごめん、考え事してただけ。一人で動けるわ」
「それでこの後どうする? このままだとこの城落ちそうだけど」

 タイムリミットまではあと僅か。まもなく他の吸血鬼たちもこの城に攻め込んでくるだろう。王族が参戦すれば聖騎士長たちといえども守りきれるとは思えない。
 考えている途中、城から一人の男が出てきた。何かから逃げるように息を切らして走っていた。

「あ、あの男!」

 リュシールは彼を知っているようだ。
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