ダンシング・オン・ブラッディ

鍵谷 雷

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第2章

33話

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 セレスタが玉座の間でアレッシオの行動を言及している頃、城門前で待機していたリュシールは複数の吸血鬼の気配を感じた。城の裏側の方、ジェスガーとアレッシオの密談していた場所に繋がる穴がある方角だ。

「……うーん、どうしよっかな」

 ここで待っていろと言われた以上、下手に動いて入れ違いになりたくなかった。それにセレスタと違いこの国を守りたいという意思は微塵もない。

「もう少し様子見でいっか」

 そう呟いた瞬間周囲が騒がしくなった。吸血鬼たちが街を襲い始めたようだ。鎧姿の兵士とローブを着た魔術師たちが同じ方向へ走っていく。その他の人々は反対方向へ我先にと逃げていく。
 しばらくすると血の匂いが強く漂ってくる。やはり人間は劣勢のようだ。
 吸血鬼は城門付近にまで攻めてきた。その時、強い魔力を持つ人物数名が城から出てきた。聖騎士長たちだろう。

「俺はここで指揮を取りつつ城門を守る。ローランは侵入経路を探してくれ、エスメルは避難所の方を頼む」

 二人はそれぞれの役割の場所へ向かう。シルヴィオはゆっくりと歩き始めた。

「"光"の魔術師と一緒にいた吸血鬼さん、いるんだろ? 連れの彼女はマルツィアと一緒に教皇陛下の守護についてくれて裏切り者のアレッシオを倒すと言ってくれた」

 詳細な位置までは特定できていないようだが付近にリュシールがいることは分かるようだ。話しかけられたことでセレスタの術は解けてしまったようだ。それまで他の聖騎士長たちに気づいている素振りはなかった。シルヴィオの感知能力が他より長けているのだ。

「それで? 協力してほしいならそう頼みなよ」

 リュシールは返事をする。これで彼には姿まで見えるようになってしまった。

「余所者の、しかも吸血鬼に頼み込むつもりはねえよ。ただお友達がどういう状況かは教えておくべきかと思ってな」
「アレッシオって強いの?」
「この国で一番強い。あの人がいなかったら吸血鬼狩りなんて出来なかった」
「ふぅん。セリィとどっちが強いと思う?」
「……どうだろうな。魔力量は彼女が上だとしても経験が桁違いだ」

 その返答を受けて、リュシールはムスッとした顔で城へ歩き出す。それに対してシルヴィオが敵意を向ける。

「おっと、吸血鬼を入れさせるわけにはいかねえな」

 リュシールはセレスタは良くて自分はダメなのかと抗議したくなったが、余計な事を言ってこれ以上立場を悪くすると困るのでグッと堪えた。

「……分かった。一緒に戦ってあげる」
「良かった。殺してでも押し通るって言われたらどうしようかと思ったぜ」
「セリィの手前それが言えないの知ってるクセに」
「気づいてたか。まあよろしく頼む」
「指図は受けないよ。じゃ、城の裏へ向かうから」

 そう言い放つとリュシールは走り出した。真っ先に敵の侵入経路を叩くつもりだ。途中吸血鬼を何体か吹っ飛ばす。人間が声をかけようとしてくるが無視する。セレスタが出てきた時に戦わなくていいようにしておく。今出来る最良の行動だろう。
 次第に死体と血の匂いが強くなる。そして一際強い魔力を感じ、その持ち主は人間の血を吸っている。恰好や魔力量からして貴族だろう。吸い終わった死体を投げつけてきたので、リュシールはそれを片手で払う。

「ん? まだ生きているヤツがいたのか。……お前吸血鬼だな? だが俺たちの仲間でもなさそうだ。何しにここにいる?」
「死にたくなければこの国から出ていきなよ」
「小娘が生意気な口を利くな。ハスクマン家の者が仲間をやられたまま黙っていられるか」

 リュシールは指をさしてわざとらしく高らかに笑う。吸血鬼は怒りを露わにする。

「何が可笑しい!」
「その程度だから人間にやられるんだ。ハスクマンとやらの底も知れる」
「無礼者が!」

 吸血鬼の貴族は足元の鉄製の棍棒を拾って振りかぶる。パワーはありそうだ。周囲をよく見ると死体には身体があらぬ方向に曲がったものも多い。この男がやったのだろう。しかし遅い。真っ直ぐに振り下ろされた棍棒を小さな動きで横に避け、地面を叩きつけた棍棒を蹴り上げる。先端が吸血鬼の顔に直撃する。視界を奪われた吸血鬼は仰け反った。そこへ足を引っ掛けて転倒させる。

「な、なんだその力は!? どこの者だ!?」

 狼狽えながら行われた質問を無視して、死んだ兵士の剣を拾う。そして吸血鬼へ近づいていく。

「ただの混血ハーフだよ」
「ハーフ? まさか……」

 その言葉を最後に吸血鬼は心臓を貫かれ、首を落とされた。先程の反応からするとリュシールの存在は広まってしまっているのだろうか。
 先に進もうとすると人の動く気配がした。倒れていた兵士の一人が片膝をつきながら起き上がった。

「……あんたが倒してくれたのか?」
「うん」
「どこの隊のものだ?」
「この国の人間じゃないよ。旅の魔術師ってとこかな」
「旅人さん、命が惜しけりゃ逃げた方がいい。この先から吸血鬼が進軍してきてる」
「そういう時は『逃げて』よりも『助けて』の方がやる気が出るもんだよ」
「そうか……。じゃあ助けてくれ。本来国を守る俺が言うのも情けない話だが」
「いいよ」

 生返事をして先へ進む。怪我人を助ける義理はない。それに進軍を止めなければ犠牲者は増える一方だ。
 自分たちも入ってきた穴がある辺りへ近づく。背後の街では爆発音や金属のぶつかる音が鳴り響いていた。道中、吸血鬼にほとんど出会わなかった。既に侵入は完了していたのだろう。少し気が抜ける。ここまで来てしまったのだから穴は塞いでいこうという気持ちで近づく。

「待て」

 どこからか声がした。直後、魔力が吹き付けるように押し寄せてくる。強大な魔力の主が姿を現した。人間だと少年から青年の間といった見た目だ。

「俺様の名はグェンドル・エールフロス。この名に覚えあれば跪け、なくともこの魔力に跪け」
「エールフロス……?」

 ディレイザの姓だ。言われてみれば少し似ている。ヴェスピレーネの話では弟は別のどこかに行っているという事だった。
 グェンドルは苛立ちを見せて魔力の放出を強める。向かい風の突風に煽られたように一瞬体が怯むがその場で立っていられた。

「貴様っ、何故耐えられる? 何者だ!?」
「初めまして。ヴァルドー・パールバートの娘、リュシールです」
「パールバート……例の混血の姫か! 何故こんなとこにいる?」
「吸血鬼狩りについて調査に来ています」
「では俺様の邪魔をしに来たわけではないのか」
「はい。何故エールフロスの王子がジェスガー王の部下と進軍を?」
「ジェスガーへの協力が親父の命だ。それで今はジェスガーの頼みでここを守っているわけだ」

 ヴェスピレーネたちのことも聞こうと思ったが、兄弟間は不仲らしいことを思い出して咄嗟に話題を切り替える。

「わたしもその穴から入ってきたのですが、戦いが始まったので一度様子を見に来ました。エールフロスの王子が守っているなら安心ですね。もう少し用事があるので失礼します」
「残念だがここから出ようとするヤツは通せない」
「貴方達が勝ったら結界もなくなるでしょうし、門から出ていきますね」
「そうするといい」

 既に国内への侵入は終わっている様子だ。ならば無理に穴を塞ぐ理由はなく、ここで王族と戦う余力もない。リュシールは引き返す。そこでグェンドルに呼び止められる。

「そうだ、もしヴェスピレーネかラミルカという吸血鬼に会ったら伝えてくれるか。お袋が話があるから一度帰ってこい、と」
「分かりました」

 そういえば彼女達から母親の話は聞いたことがないなと思いながら街の方へと戻る。
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