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第2章
31話
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「なんていうのかな……、行っちゃダメだって言われてる気がする」
城門を眼前にしたところでリュシールが珍しく弱気になった。外見は普通の城だが、中は複数の"光"の魔術師が待ち構える城塞だ。恐れるのも致し方無い。
「大丈夫。ここで待ってて」
「でも……」
「何かあったらすぐ連絡するから」
「うん、分かった」
セレスタは不思議と恐怖を感じていなかった。同じく"光"の魔術師だからだろうか、それとも闇の魔力が弱いからだろうか。
前回と同じように魔術で造った複雑な城内を案内され、気がついたら玉座の間にいた。聖騎士長四人が待ち構えており、その先の長い階段の上にも人影が見える。エスメルはセレスタを見ると口を開く。
「セレスタ様、早速ですが吸血鬼狩りの後どちらへ行っていたのか教えて貰えると幸いです。我々は貴女を誤解したまま去ってほしくない」
アレッシオ、ローラン、そしてマルツィアが厳しい顔でこちらを見ている。下手な嘘はつけない。
「もう一度館を見たいと思い戻ってしまいました」
「それなら私の部下を同行させたのに何故逃げるように離れたの?」
マルツィアの語気がいつになく強い。やはり怒っているのだろうか。それでも吸血鬼である事を公表していたならば、とっくに殺されていただろう。そもそも玉座の間に招かれるわけがない。
「いえ、そこまでしてもらうわけには……」
マルツィアが言い返そうとする前に数回わざとらしい咳払いが聞こえる。全員が玉座の方を見上げた。
「その気遣いは彼女ら、延いてはこの私まで侮辱しているのだぞ。我々は信頼できなかったか?」
「そういうわけではございません。ただ、噂を確かめたかったのです」
「噂とは?」
「吸血鬼と取引を行っている魔術師がいるというものです」
主犯と思しきアレッシオは顔色一つ変えず聞いていた。他の三人は僅かばかりだが動揺が表情に現れる。
「その噂の真偽を確かめるために我が国に入り込んだというのか?」
「いえ、当初の目的は"光"について調べるためです」
その時、玉座の間に立ち入る人物がいた。扉を開く音が室内にこだまする。
「失礼、遅くなった」
「陛下直々の緊急招集だぞ。何をしていた」
シルヴィオがアレッシオと教皇に形ばかりの謝罪をする。セレスタは彼の顔を見て気づいた。
「さっきの……?」
「マジで気づいてなかったのか。で、どういうことだこりゃ」
エスメルがここまでの会話内容を簡潔に説明する。それが終わるとシルヴィオは魔研での出来事を話す。セレスタも軽く頷きながら偽りないことを示す。
「というわけだ。スパイならこんな堂々と戻ってこないと思うぜ。噂とやらに関しては心当たりはないがな」
「セレスタさん、何か証拠はあるの? もし思うことがあるなら聞いておきたいわ。皆さんそう思ってるはずよ」
取り敢えず話は聞いてみるという空気にしてくれたシルヴィオとマルツィアの台詞は有り難かった。
セレスタは唾を飲み込む。ここから先はさらに慎重にならなければいけない。ただ真実を並べたてればいいわけではないのだ。聖騎士長同士で疑惑の目を向け合うように誘導できればアレッシオが動きにくくなる。それには誰が敵かもこの場で見定める必要があった。
「まず、リカルド前聖騎士長の死亡についてです」
聖騎士長たちの表情が明らかに驚いたものになる。まさかそこに繋がるとは思っていなかったのだろう。
「リカルドさんが死んだ日、この城から清掃員の老人が一人いなくなりました。その人は森に隠された地下牢にいます。彼はリカルドさんが殺されたところを見てしまい、取引相手の吸血鬼の餌として監禁されているのです」
「待って下さい。いくらなんでも突拍子がない」
エスメルが口を挟む。先程から少し呼吸が荒くなっている。
「大丈夫か。体調が悪いのなら退出しても良いぞ」
「いえ、問題ありません」
教皇の気遣いを跳ね除けて聞く姿勢を正した。
「では続けます。彼はリカルドさんが殺されたのを目撃した直後記憶がなくなり、気づくと牢にいたそうです。他にも女性や囚人が閉じ込められていました。そして吸血鬼に食べられているところも見ました」
「それで俺たち全員がグルだったらどうしてたんだ? この場であんたを消せばそれが事実でも隠蔽できるぜ」
「そちらがそうするなら戦うだけ……と言いたいところですが、それはないだろうと考えています」
「根拠を聞こうか?」
「吸血鬼側の目的は魔術の復活、そして人間側は……」
一呼吸置いて顔を斜め上の玉座に向ける。これまでより大きな声を出す。
「教皇陛下は気づいていらっしゃるのではないですか? 誰が貴女を狙っているのかを!」
玉座からの返事はない。代わりにマルツィアが一歩前へ出た。魔術を宿した手刀をセレスタに突きつける。
「その先を口にすれば答え次第ではただでは済まないわ」
他の聖騎士長たちの魔力も高まる。
城門を眼前にしたところでリュシールが珍しく弱気になった。外見は普通の城だが、中は複数の"光"の魔術師が待ち構える城塞だ。恐れるのも致し方無い。
「大丈夫。ここで待ってて」
「でも……」
「何かあったらすぐ連絡するから」
「うん、分かった」
セレスタは不思議と恐怖を感じていなかった。同じく"光"の魔術師だからだろうか、それとも闇の魔力が弱いからだろうか。
前回と同じように魔術で造った複雑な城内を案内され、気がついたら玉座の間にいた。聖騎士長四人が待ち構えており、その先の長い階段の上にも人影が見える。エスメルはセレスタを見ると口を開く。
「セレスタ様、早速ですが吸血鬼狩りの後どちらへ行っていたのか教えて貰えると幸いです。我々は貴女を誤解したまま去ってほしくない」
アレッシオ、ローラン、そしてマルツィアが厳しい顔でこちらを見ている。下手な嘘はつけない。
「もう一度館を見たいと思い戻ってしまいました」
「それなら私の部下を同行させたのに何故逃げるように離れたの?」
マルツィアの語気がいつになく強い。やはり怒っているのだろうか。それでも吸血鬼である事を公表していたならば、とっくに殺されていただろう。そもそも玉座の間に招かれるわけがない。
「いえ、そこまでしてもらうわけには……」
マルツィアが言い返そうとする前に数回わざとらしい咳払いが聞こえる。全員が玉座の方を見上げた。
「その気遣いは彼女ら、延いてはこの私まで侮辱しているのだぞ。我々は信頼できなかったか?」
「そういうわけではございません。ただ、噂を確かめたかったのです」
「噂とは?」
「吸血鬼と取引を行っている魔術師がいるというものです」
主犯と思しきアレッシオは顔色一つ変えず聞いていた。他の三人は僅かばかりだが動揺が表情に現れる。
「その噂の真偽を確かめるために我が国に入り込んだというのか?」
「いえ、当初の目的は"光"について調べるためです」
その時、玉座の間に立ち入る人物がいた。扉を開く音が室内にこだまする。
「失礼、遅くなった」
「陛下直々の緊急招集だぞ。何をしていた」
シルヴィオがアレッシオと教皇に形ばかりの謝罪をする。セレスタは彼の顔を見て気づいた。
「さっきの……?」
「マジで気づいてなかったのか。で、どういうことだこりゃ」
エスメルがここまでの会話内容を簡潔に説明する。それが終わるとシルヴィオは魔研での出来事を話す。セレスタも軽く頷きながら偽りないことを示す。
「というわけだ。スパイならこんな堂々と戻ってこないと思うぜ。噂とやらに関しては心当たりはないがな」
「セレスタさん、何か証拠はあるの? もし思うことがあるなら聞いておきたいわ。皆さんそう思ってるはずよ」
取り敢えず話は聞いてみるという空気にしてくれたシルヴィオとマルツィアの台詞は有り難かった。
セレスタは唾を飲み込む。ここから先はさらに慎重にならなければいけない。ただ真実を並べたてればいいわけではないのだ。聖騎士長同士で疑惑の目を向け合うように誘導できればアレッシオが動きにくくなる。それには誰が敵かもこの場で見定める必要があった。
「まず、リカルド前聖騎士長の死亡についてです」
聖騎士長たちの表情が明らかに驚いたものになる。まさかそこに繋がるとは思っていなかったのだろう。
「リカルドさんが死んだ日、この城から清掃員の老人が一人いなくなりました。その人は森に隠された地下牢にいます。彼はリカルドさんが殺されたところを見てしまい、取引相手の吸血鬼の餌として監禁されているのです」
「待って下さい。いくらなんでも突拍子がない」
エスメルが口を挟む。先程から少し呼吸が荒くなっている。
「大丈夫か。体調が悪いのなら退出しても良いぞ」
「いえ、問題ありません」
教皇の気遣いを跳ね除けて聞く姿勢を正した。
「では続けます。彼はリカルドさんが殺されたのを目撃した直後記憶がなくなり、気づくと牢にいたそうです。他にも女性や囚人が閉じ込められていました。そして吸血鬼に食べられているところも見ました」
「それで俺たち全員がグルだったらどうしてたんだ? この場であんたを消せばそれが事実でも隠蔽できるぜ」
「そちらがそうするなら戦うだけ……と言いたいところですが、それはないだろうと考えています」
「根拠を聞こうか?」
「吸血鬼側の目的は魔術の復活、そして人間側は……」
一呼吸置いて顔を斜め上の玉座に向ける。これまでより大きな声を出す。
「教皇陛下は気づいていらっしゃるのではないですか? 誰が貴女を狙っているのかを!」
玉座からの返事はない。代わりにマルツィアが一歩前へ出た。魔術を宿した手刀をセレスタに突きつける。
「その先を口にすれば答え次第ではただでは済まないわ」
他の聖騎士長たちの魔力も高まる。
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