ダンシング・オン・ブラッディ

鍵谷 雷

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第2章

29話

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 エレッタが広間の掃除をしていると腰のケースに入れた連絡用の玉が光った。リュシールが今までの状況を話すのを簡潔に記す。外出中のヴァルドーにも知らせなければならないからだ。

「はい、かしこまりました。ではお気をつけて」
「うん、行ってくる」

 エレッタは玉の光が消えたのを確認するとケースに戻した。そして扉の向こうのジュラルドに話しかける。

「普段通りに見えて貴方も心配なのですか」
「俺も出たかったと思ってただけさ」
「この館と村を守ることも大事な仕事です」
「分かってるよ」

 ジュラルドは小さく舌打ちすると扉から離れた。


 
 セレスタ達が皇国の壁の前に着くと既に空は暗くなっていた。

「はい」

 リュシールはセレスタに連絡用の玉を手渡した。複製品コピーを作れることは先程聞いていた。

「リューの作ったほう?」
「いや、家に繋がるほう」

 オリジナルとコピーは繋がらない。コピーは同時に作りだした物同士でしか繋がらず、同時に二個の作製が限度らしい。

「あ、一応わたしたちの間でも連絡できるようにしといた方が良いよね。ちょっと待ってて、今作る」

 セレスタはそれを見ながら、この道具の優位性と脅威を感じていた。現在、人間は早馬、吸血鬼はコウモリが速効性のある一般的な連絡手段である。双方向からの会話が可能で、現在の状況をすぐに伝えられる道具の普及などが起これば、これまでの戦争が一変するのは間違いない。
 エスヴェンドはこの玉に関して多くを語らなかった。時間や距離等の制約はあるのだろうか。あったとしてもそれを軽々しく喋るわけがない。しかし、まさかこのように技術を奪われるとは思っていなかっただろう。こちらの警戒を解くために余計な探りあいをしなかったことが裏目に出たとも解釈できる。

「はい、できたよ」
「ありがとう」
「……で、どうやって入るの?」

 セレスタは周囲を見渡し、少し考えながら喋り始めた。

「密会していた穴の入り口があっち。そしてそれは皇国内部に繋がっている。だとすると、今立っているこの辺りはその道に続くと思う」
「ボクが下まで送ればいいのかな?」
「いえ、万が一に備えてラシェルは温存しておいて。これぐらいなら私の魔術でなんとか」
「オーケー」
「二人ともちょっと下がってて。土が散ってくるかも」

 セレスタが身体強化トゥール・ラスカを使い、場所を変えながら地面を強く踏んだ。音の反響が違うところで立ち止まって地面に両手をかざす。

土よトルス

 土がその手を避けるように辺りへ散っていく。人一人が通れるほどの穴が開き、地下の道が現れた。リュシールはフード付きの外套を被り、セレスタに光の布ソル・ナールで姿を見えなくしてもらう。
 二人はその道へ降りて皇国の方へと歩く。少し進むと光が射し込み梯子がかかった垂直の穴が見えた。警戒しながら梯子を昇ると使われなくなった井戸に手をかけていた。

「あっけなく入れたね」
「ここはお城の裏かしら。そもそも誰も来ないようなところだから警戒してないのかも」
「で、どこに行くの?」
「街へ出ましょう」

 人通りの少ない道を選びながら城の外側を大きく回り街へ向かう。途中で魔研の支部と思しき建物を認めたが、グッと堪える。迷うことなく図書館へ歩を進めた。

「まだ開いているといいけど」

 幸い図書館は開いていた。司書たちが片づけをしている受付の前を通って二階へ上がる。マルツィアと初めて会った壁のところで手をかざして小さく魔力を放つと壁の先に空間があるのが分かった。紙とペンを取り出して何か書いた後、その空間に投げ入れる。そして図書館を出た。

「泊まれるところ探そうか。勿論、前来た時とは違うところね」
「あれだけでいいの?」
「彼女とはあそこしか接点がないから」

 手近な宿の一人部屋に泊まる。リュシールは二人でベッドに寝ればいいと言ったが拒否した。それほどまでに狭いベッドだったし明日も早い。

「やっぱりセリィがベッド使いなよ。傍から見たら寝相悪すぎてベッドから落ちた人だよ」
「毛布で眠れるから大丈夫。それに誰も来ないわよ」

 結局ベッドはリュシールが使った。夜寝るのは慣れないだろうから少しでもまともに休んでもらいたかったのだ。
 金物がぶつかるような物音で目が覚めた。恐らく宿屋の女将が朝食を用意している音だろう。リュシールに声をかける。「ん……」とだけ返事が返ってきた。着替えてからもう一度声をかけると「今起きるよ……」と返事したのでカーテンを全開にして陽光を目一杯浴びせた。すると毛布を顔まで被ったのでそれを剥がして眼前に魔術の光をお見舞いする。「ひゃっ!」という情けない声を上げて起きた。

「ちょっと乱暴じゃない?」
「一回目で起きないのが悪い。明日は早いって言っておいたでしょ」
「そうだけどさぁ……」

 部屋を出ると主人が心配するような目を向け、気遣うような言葉をかけてくれた。会話が所々漏れていたらしい。一人で入ってあれだけ喋っていたら仕方がない。芝居の練習だと誤魔化しておいた。

「セレスタ様ですか?」

 宿を出ると毛並みの良い馬を連れた男に声をかけられる。どこかで見たような気がするが思い出せない。

「失礼、こちらから名乗ったことはありませんでしたね。第二隊隊長エスメルです」
「ごめんなさい、すぐに分からなくて」

 まずい。最も出会いたくない人物の一人と遭遇してしまった。

「マルツィア隊長の話では吸血鬼討伐終了後、オリーベルの方へ向かわれたとの話でしたが」

 オリーベルという国はおおよその位置しか知らないが、マルツィアが自分の行き先に関して虚偽の報告をしていてくれたことは分かった。返答次第では彼女まで疑われかねない。言葉に躊躇っているとエスメルの方から次の言葉が出てきた。

「深い事情がお有りなのでしょう。私がこのような場所で聞いていいことではないと察します。ただ、最後にもう一度教皇陛下と聖騎士長たちに会って頂けませんか? 貴女にはスパイの容疑がかけられています。陛下と貴女自身のために要らぬ疑いを残したまま去らないでほしいのです」

 マルツィアと会える状況を作れる良い提案だと思えた。しかし、裏を返せば聖騎士長全員と再会しなければならない。横にいるリュシールも頷いてくれた。返事は一つだ。

「皆様には心配をかけた謝罪とお世話になったお礼がしたいと思っていました。是非そうさせて下さい」

 エスメルは準備があるので一度城に戻ると笑顔で言った。
 セレスタはそれを引き留める。目の前の彼は"第二隊隊長"と名乗った。少し鎌をかけてみよう。

「第二隊ってことは隊長が亡くなったところの……」
「ええ、惜しい人を失いました」

 悲しそうな顔の彼の顔に近づけて、さらに突っ込んで聞いていく。

「殺されたという噂は嘘ですよね?」
「そのような噂まで流れているのですね」

 エスメルは周囲を見渡した後、小声で

「遺体には殺傷の様子はありませんでした。その線はないかと」

 と教えてくれた。そこで疑問が生まれる。

「ということは病死ですか」
「私も存じていなかったのですが、持病があったという話でした」

 老人はアレッシオとリカルドが会った後、リカルドが倒れたと言っていた。マルツィアから殺された可能性があるとも聞いている。エスメルの嘘が箝口令によるものか犯人としてのものかは分からない。

「引き留めてしまってすみません。お城へはいつ頃伺えばいいですか?」
「使者を出します。この宿でよろしいですか?」
「魔研か図書館にいると思います」
「了解しました」

 彼は馬に乗って城へと帰っていった。
 後ろ姿が消えるとリュシールが横に戻って来た。
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