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第2章

28話

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 アレッシオが姿を現す。牢内の人間が母国の英雄である聖騎士長の裏切りに動揺する。彼は気にも止めずバルノアの鎖を外した。

「随分待たせてくれたな」
「戦った吸血鬼に関しての情報を残しておかないといけなかったのでな」
「あの偽物はよくできていただろう?」
「ああ。気づいた者はいないだろう」
「ところで、そちらに吸血鬼が行かなかったか?」
「いや、来なかったな」

 ジェスガーはバルノアに一部始終を話させた。勿論、素性を騙されたこともだ。しかし、アレッシオはそれを咎めず話を進めた。

「ふむ、話を聞く限り相当の使い手のようだ」
「あれは王族だ。恐らくパールバートの娘だろう。一度我の館に来た」
「聞いたことのない名前だな。遠方の吸血鬼か?」
「あれの父親は人間と添い遂げるために自らの父親を殺し、身分を捨てた変わり者だ」
「つまり、その娘は混血ということか」
「そうだ。そしてその娘と行動をともにしている吸血鬼は"光"の魔術師だ」
「なっ……!?」

 アレッシオの眼の色が変わった。驚きと焦り、それに怒りさえ感じているような表情だ。初めて見る上司の顔にバルノアも困惑した。

「何故それを早く言わなかった!」
「言っていたらどうした? 貴様は吸血鬼になりたいわけではないのだろう」

 アレッシオは黙り込んだ。ジェスガーは呆れたような顔で彼を見る。バルノアはその沈黙に耐えきれず口を開いた。

「……隊長、貴方の本当の目的は何なのですか」
「近しい部下にも話していないのだな。薄情なのか用心深いのか」

 アレッシオはそれらへの返事はせず、少し顔を上げて声を強く出す。

「ジェスガー王、二日後に再度話し合いの場を設けるのは可能か?」
「待たされるのは癪だが、まあ許そう」
「有難い。より良い交渉になると約束する」

 そう言い切るとバルノアを連れて来た道を戻っていく。


 皇国方面へ逃げたリュシールは迷路のような道の行き止まりらしき場所に姿を潜め、ジェスガーとアレッシオの会話を連絡用の赤い玉で盗み聞きしていた。これはエスヴェンドから預かったものではなく、自身で作りだしたものだ。咄嗟に二つ作りだし、一つを老人たちのいる牢の中へこっそりと置いてきた。時折音が聞き取りにくくなるが、それなりに上手くいったようだ。
 問題はここからどうやって出るかだった。空気の流れで外へ続く道は分かった。しかし、そこは間違いなく皇国またはその間近である。すると、玉ではない方向から会話が聞こえてきた。

「バルノア、君には私の本当の目的を話しておこう」

 リュシールは遠ざかっていく音を聞き逃さないようにゆっくりと一定の距離を取りながら近づく。だが、その足をすぐに止める。自身に近づいてくる魔力を察知して振り返った。

「リュシール、無事で何よりだ。そこまで踏み込むことはない。ここから出るぞ」
「ヴェスさん……?」
「吸血鬼狩りの裏に隠された目的が分かった。今聞いていたことはそれの裏付けになるはずだ。エスヴェンド王にも連絡がつき、セレスタはラミルカが呼びに行っている。任務は終わりだ。彼らについていく必要はもうない。別の所から地上へ上がるぞ」

 リュシールは黙ってヴェスピレーネの後ろをついて歩く。途中から人一人通るのがやっとな狭い道になり、しばらく這いつくばって進むと外だった。ジェスガーの館のある森も、皇国も見える。

「ラミルカとの待ち合わせ場所へ向かいながら、先程の続きを話そう」

 エスヴェンドはジェスガーの目的は安定した食糧の供給源と闇の魔術の復活、皇国の裏切り者の目的は安全若しくは吸血鬼の力ではないかと考えたらしい。

「何故闇の魔術がないか知っているか」
血流術ブラート・ヴァールがあるから?」
「それもある。そもそも魔物の多くはその身体一つで敵を殺せた。普通の人間を殺すのなら低級の魔物でも可能だ。ジェスガーが欲しているものは昔、吸血鬼同士で戦争をしていた頃に存在していたと言われている魔術だろう」
「それで何をしようと?」
「そこまでは分からん。が、セレスタから聞いた話によると、吸血鬼が魔術を使うというのは理論上可能だそうだ。目的のための力を求めているのか、力そのものが目的か……」
「それを放って帰るの?」

 ヴェスピレーネはこれ以上の追跡の危険性とジェスガーの実力を聞かせた。リュシールは頷きながら聞いていたが、話が終わると顔を上げヴェスピレーネの方を見つめた。

「吸血鬼狩りに関しては分かったよ。けれど、わたしたちにはもう一つ目的がある」
「"光"か。セレスタの方で何か収穫があれば良いのだが」

 そこで二人は三つの魔力を感じた。セレスタとラシェルもラミルカと合流できたようだ。まずラミルカの大きな声が聞こえてくる。

「お姉さまが帰るように言ってるんだから帰るの!」
「ラミルカ、目立たぬようにと言っておいたはずだが」
「……ごめんなさい。でも、セレスタが皇国に戻るって言ってるの!」

 口を尖らせて言い訳する妹を姉が睨むとその場が静まる。そしてセレスタの方へ目線を向けた。

「収穫はなしか?」
「はい」
「既にラミルカから聞いただろうが……」

 ヴェスピレーネは二人にもジェスガーとアレッシオの企みを話す。これ以上は不要な面倒ごとに首を突っ込むことになるということを強調していた。

「じゃあ、聖騎士長の一人が殺されたというのも、そのアレッシオの裏切りなんですね」
「恐らく関係しているだろう。目的に関しては予想の域を出ないがな。その辺りはリュシールが聞いていたのだろう?」
「うん、そのアレッシオって人が副官のバルノアって人と一緒にジェスガー王と密会してた。その場では交渉がまとまらなかったみたいだけど。あと、ジェスガー王がセリィのことを話し始めたら興味を示してたよ」

 ヴェスピレーネもリュシールも牢に囚われた人間のことは話さなかった。彼らを憐れには思うが、そちらにまでセレスタの気を回させたくない。

「ごめんなさい。やっぱりもう一度皇国に入るわ」
「そこまで危険な状態なのか?」
「友人がいるんです。この事を彼女に知らせないと」

 ラミルカとラシェルが口を開きかけたところで、リュシールがセレスタの肩に手を置いて「行こう」とだけ言った。

「二人は帰って。ここから先はわたし達の問題だから」
「分かった、好きにするといい。行くぞラミルカ」

 それだけ言ってヴェスピレーネはラミルカを連れてどこかへ行ってしまった。

「ラシェルはつかず離れずのところで待機ね」
「はいはい。お家には連絡入れておくんだよ」

 セレスタとリュシールは皇国へと歩き始める。
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