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第2章

26話

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「ごめんなさい、残党がいるかと思ったけど気のせいだったみたい」

 マルツィアは部下たちの元へ戻り弁明した。彼らの不安そうな顔が少し明るくなったのを見て、悪いことをしたと思う。

「もう他の隊は動いてるみたいね。私たちも帰還しましょう」

 隊を動かし始めてすぐ、前方から二人の兵士が現れた。ヘルガとルウテリィだ。

「隊長、申し訳ございません! セレスタ様が……!」
「ええ、私もさっき会ったわ。事情も理解できた。教皇陛下には私から話すから大丈夫」
「……すみません」
「ご苦労様、帰りましょう」

 帰りは闇の魔力をほとんど感じない。心なしか森が明るくなったような気すらした。
 そしてセレスタの事を考えてしまう。これまでの自分ならば、魔物となり生き永らえるより名誉ある死を選ぶべきだと考えていただろう。皇国軍人としては模範解答だ。しかし、彼女の言う通り人間を襲わずに生きていけるのならば我々の教わってきたことは不必要な敵対心の刷り込みだったのかもしれない。
 もう一つの疑問は教皇陛下及び聖騎士長が一人も気づかなかったという事だ。"光"によって闇の魔力を隠すことができる? もしくは昼夜で魔力の優位が変化する? 考えても仕方がないことなのかもしれないが。

「ヘルガ、ルゥ。セレスタさんと行動を共にしてどういう印象を抱いた? 率直に聞かせて」

 二人は上司からの突飛な疑問に首をかしげ、先に考えをまとめたヘルガから口を開く。

「いい人だと思います。教皇陛下の客人で優秀な魔術師なのに威張り散らすような感じでもない。ただ、時々何かを遠く想うような素振りをしてるのが気になりましたね」
「……そう。ルゥは?」
「ヘルガ先輩と同じでいい人だと感じました。時々質問も受けました。真面目で知的好奇心が旺盛なのでしょう」

 やはり悪い印象はないらしい。とはいえ、まだ信頼に足るとは言い切れないが。

 皇国の城壁が見えてきた。兵士たちが浮き足立っているのが分かる。

「国内に入ったら真っ直ぐ帰って良いわよ」

 後ろを振り向いて大きめの声で言った。歓喜の声が上がる。ルゥが「そんなこと許可して良いのか?」という目でこちらを見てくるので、大丈夫というニュアンスを込めて微笑む。
 皇国には東西南北の入り口がある。セレスタたちが潜り込んだのは東と南の間あたりだ。マルツィアたちは西門から入った。既に帰還していた他の部隊の兵士や魔術師が買い物や飲食をしている姿が見られる。城へ向かおうとしたが、往来を行く人々に呼び止められる。しばらく話していると腹の虫が鳴る。それを聞いた中年の夫婦が離してやるように呼びかけてくれた。
 城門付近で副官のミナスが近づいてくる。

「隊長、お疲れ様です! ご無事で何よりです!」
「留守番ありがとう。異常はなかった?」
「はい」
「それは良かった。報告だけして帰るから先に休んでいいわ」
「了解しました」

 玉座の間には既に他の隊長が控えていた。カーテン越しに教皇の姿も確認できる。

殿しんがりご苦労、既に大方の報告は済んでいる。何かあれば話してくれ」

 アレッシオが口を開く。やましいことがないわけではないが堂々と答える。

「異常はありませんでした」
「本当にそうか? だったら一人でここへ来るのはおかしいぞ?」

 真っ先にセレスタのことに切り込んできたのはローランだった。ヘルガとルゥには大丈夫だと言ったが、正直のところ頭痛の種だ。片足をつけ、深々と頭を下げ、ゆっくりと糸を手繰るように話し始める。

「セレスタ様は急用ができたと言って討伐終了後に別れました」
「私もアレッシオさんもそのような話は聞いていないわ」

 第六隊の隊長カテリーナも不満気に突っ込んでくる。

「申し訳ございません。部下の伝達ミスです」
「言い訳にもならないわよ」
「まあ待て。その急用とやらは聞いたのか?」

 興奮したカテリーナを宥めながらアレッシオが新たな質問に入る。

「詳しくは聞けなかったのですが、吸血鬼に関して気になる事があると……」
「やはり行商人は仮の姿か」

 教皇は肘掛けから手を浮かせ数回頭を掻く素振りを見せた。

「皆の者、あまりマルツィアを責めるな。私のせいだ」
「どういうことです?」

 当のマルツィアが思わずそう聞いてしまう。

「実は彼女も私と同じ"本物"でな、皇国騎士団に誘ったのだ。あまり良い返事は期待出来そうになかったが、まさかこういう形で振られるとはな」

 他の聖騎士長たちも動揺を隠せない様子だ。彼らも教皇以外の"光"の存在は初めてだった。その中でアレッシオだけは冷静さを欠かなかった。

「動向は確認しておく必要があるな。どちらへ向かったかは分かるな?」
「はい、館から南西の方角でした」
「……ふむ。そのまま真っ直ぐ行けばオリーベル国の方だな。カテリーナ隊長、頼めるか?」
「かしこまりました。スパイであった場合は殺しますか?」
「待て!」

 教皇が大声を上げ立ち上がる。魔力の放出が熱気のように部屋中を包む。

「彼女を追って気が済むのならすればいい。だが、殺すのは許さん」
「お言葉ですが……」
「何度も言わせる気か?」
「……いえ、申し訳ございません」

 マルツィアは内心、たとえ隊長であっても一対一ではセレスタを殺すのは難しいだろうと思っていた。森で対峙した時の魔力に触れていない者には理解し難いだろうが……。

「もういい、解散だ。ご苦労だったな。マルツィア以外は外せ」

 教皇の言葉に従い、隊長五人は退出する。足音が聞こえなくなり、気配を感じなくなったところでマルツィアは玉座の前の階段を登り、カーテンの前へ立つ。

「陛下……」
「マル姉、昔みたいにベアトって呼んでよ」
「それは出来ません」

 教皇ベアトリーナとマルツィアは同じ孤児院出身だった。マルツィアはベアトリーナを妹のように可愛がっていたが、ある日急に姿を消した。院長は良家に引き取られたと教えてくれたが、なんの挨拶も無しというのは納得がいかなかった。
 一年後、マルツィアはアレッシオの推薦により聖騎士見習いとなり孤児院を離れる。そして血の滲むような努力の末に聖騎士団長にまで上り詰めた。ベアトリーナを見つけるためだ。
 ある日、先代の教皇が亡くなった。病死だった。次代の教皇はカーテンを挟んで姿を現した。顔は見えなかったが魔力で分かる。声は少し大人びていたがやはり彼女のものだ。再開の喜びと遠くへ行ってしまった切なさを同時に味わうことになった。
 しかし、時折こうやってベアトリーナの方からこうやって声をかけてくれ、二人きりで話すことがある。それでも主従であることは忘れない。

「私に何用でしょうか」
「セレスタについてまだ話してないことがあるんじゃないかと思って」
「……"光"と"闇"の魔力を持つものです」
「魔物ってこと?」
「そうとも言えるし、そうとも言えません」
「どういうことなの? 分かりやすく説明して」

 セレスタに申し訳ないと思いながらも全てを聞いた通りに伝える。やはりベアトだけには内緒にしたくなかった。恐らくお互いの立場関係なくこうしていただろう。

「そうだったんだ。よく聞き出せたわね」
「お互いの立場を知る前からの友人でしたので」
「友人を売るような真似をさせてしまったのね。ごめんなさい」
「陛下の……いえ、この国の方が大切ですので」
「じゃあ私がこの国の不利益になる存在だったら相応の処置をしてた?」
「……それは」
「ごめんなさい、今の質問は忘れて。セレスタに関しては考えとくから、もう休んで」
「失礼致します」

 マルツィアはゆっくりと階段を降りる。機械的に自室まで戻り、着替えてベッドに寝転がる。枕に顔をうずめて声にならない声を出す。涙など何年ぶりに流すだろうか。
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