ダンシング・オン・ブラッディ

鍵谷 雷

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第2章

25話

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「ジェスガー王、どちらへ?」

 セレスタがラシェルと合流し、リュシールが地下でバルノアと吸血鬼から話を聞いていた頃、ヴェスピレーネとラミルカは森の外にいた。館や皇国とは逆の方向だ。

「ここに来るのを知っていたかのような行動だな。偽物を用意して逃げ出したと侮辱しに来たのか?」
「いえ、そのようなつもりはありません。ただ、貴方ほどの御方がその汚名を浴びる可能性を視野に入れたうえで何をするのか興味があっただけです」
「それは言えぬな。同行もさせぬ」

 ヴェスピレーネが一歩前に出る。ジェスガーは手のひらを突き出して牽制する。

「それ以上我に近づくならば死を覚悟することだ」
「わかりました。では二つだけ聞かせてください。皇国聖騎士と裏で手を結んでいたのですか? もう一つはそれの答え次第です」
「手を結んでいたという程ではない。甘い汁を吸わせて利用していたというところだな。もう一つの質問も聞こうか」
「それはのためですか?」
「そうだ」
「……ありがとうございます」
「本当にそれ以上聞かぬのだな」

 ヴェスピレーネは脇に動く。ジェスガーはその前を堂々と通る。彼の姿が見えなくなったところで「ふぅ」と息が漏れる。

「ラミルカ」
「ちゃんと繋いでたよ」
「よし、玉を貸せ」

 発光する赤いガラス玉を受け取り、声をかける。通信先はエスヴェンドの部下、ガラス玉を作った本人だ。

「全て聞こえていたか?」
「はい、一部始終筆記致しました。ただいま主に繋いでおります」

 ジェスガーの前に出るよりも前に通信を繋いでいたが、エスヴェンドとはすぐに繋がらなかった。結局部下に先程の会話を伝えてもらうこととなった。

「頼む。エスヴェンド王の返事の際にそちらから連絡してくれ」
「かしこまりました」

 その言葉を最後にガラス玉は発光しなくなる。それを確認するとラミルカに戻す。

「光を発して目立つのは難点だったが、上手く隠してくれたな」
「えへへ」
「これで"吸血鬼狩り"は終わりだな。少し休めるところを探そう」
「はい」

 姉妹は森へ入っていった。


 セレスタとラシェルはリュシールを探して森の中を進んでいた。
 魔力の痕跡や匂いは残っておらず、手探り状態で周囲を警戒しながら木の上を移動する。

「誰か来る!」

 ラシェルは自らの手を切って出血することで存在を希薄にし、セレスタに触れようとする。セレスタはその手を避けて木の下に降りた。

「やっぱりセレスタさんだったのね。どうしてこんな所に?」

 マルツィアだった。セレスタの魔力を感じ取って駆けつけてきたのだろう。

「……えーと、急な用事を思い出したので」
「言い訳が下手過ぎるわよ」

 マルツィアは口元に手を当てて笑う。

「魔物か何かを飼っている。違う?」
「…………」
「その沈黙は肯定と受け取られてもおかしくないわよ」

 当たり前だが、正体がバレないように細心の注意を払ってきた。万が一のことは考えていたが、彼女に中途半端な嘘は通用しないだろう。しかし、口止めするにも厄介な相手だ。考えうる最良の選択で重苦しい沈黙を破る。

「少し違います。まず、これから話すことを聞くかどうか選んで下さい。もし聞くなら、私が許可するまで背中を見せないで下さい。貴女の職務上、私と敵対することになるかもしれません。けれど、どちらもできればしたくない。話を聞かずに帰ってほしい。そして教皇様に礼を伝えて下さい」

 マルツィアの顔つきが変わり、魔力は殺気として感じられた。気持ちが押し潰されないようにセレスタも気合を入れる。

「セレスタさん、貴女とは良い友達でいたいわ。だから聞かせて」

 予想通りの返答だ。いつ戦闘になっても良いように気持ちを整える。

「私、吸血鬼なんです」

 マルツィアは驚きの表情を隠せない。

「……嘘。けれど、そこまでの"闇"は感じないわ。まさか"光"で打ち消しているの?」
「はい」
「混血なの?」
「いえ、吸血鬼に命を救われて吸血鬼になりました」
「そう……」

 セレスタは言葉を選びながら喋り、マルツィアは動揺で言葉が出ないのか、お互いに口数は少ない。
 セレスタは吸血鬼になった経緯を話すかどうかを考えていた。その間にマルツィアが静寂を破った。

「人を襲ったことはある?」
「いえ、近くの村を魔物から守る代わりに血液を貰って生活しています」

 リュシールと血のやり取りをしていることは言わない。

「その吸血鬼の家名を聞いても?」
「パールバートです」 
「聞いたことはない名前ね……」

 マルツィアの後方から声が聞こえてくる。彼女の部下だろう。すると、マルツィアは両耳を手で塞いだ。

「今の話は全部聞かなかった。セレスタさんは急用で帰ってしまう、ね?」

 そう言って背中を向ける。

「ありがとうございます」
「ただし、次に吸血鬼として姿を見せた時には見逃せないから」

 そう言って部下の呼ぶ方へと去っていった。

「君の周りには甘いのが多いなあ。似た者同士気が合うのかな」

 ラシェルが木から降りてくる。

「余計なお世話。それより気付かれてなかった?」
「確かに一瞬上を見たけど、確信を持って見上げたというより、『何か動いたかな?』ってくらいの感じだったから大丈夫。それより固形血液持ってる?」

 腰の袋から数粒取り出して渡す。

「どうも。姫様のおおよその方向は分かったよ。あっち」

 そう言って指を指す方向は館や皇国の方面だった。つまり逆方向へ歩いていたのだ。
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