52 / 76
第2章
23話
しおりを挟む
「待っていたぞ、人間ども」
扉の先には玉座に腰掛けた巨体の吸血鬼がいた。彼が立ち上がるとアレッシオは一歩前に出る。
「貴様がこの館の主か」
「そうだ。我がこの館の王、ジェスガー・ハスクマンである」
並外れた魔力量を放っているが不思議とヴァルドーやディレイザほどの魔力を感じなかった。
「ウェネステル皇国聖騎士第一隊隊長、アレッシオ・カローゼだ。人間を襲う卑しき魔物を討伐しに参った」
「お互いにつまらん話し合いをするつもりはないようだな。好きな時に好きなようにかかってこい」
攻め手を誘うような発言だが他の吸血鬼の存在や罠の気配はなさそうだった。部下を逃がすために一人残ったのだろうか。ならば時間稼ぎのために会話でもする方が良さそうだが、全員殺すつもりだから関係ないということか。
「皆、手筈通りいくぞ」
アレッシオはそれだけ言うと一人真正面から斬りかかった。ジェスガーは拳で受け止める。刃は僅かしか通っていない。そのまま押し潰そうとするのを後ろに跳んで回避する。
「そんなものか」
「王を相手に私一人で倒せると思ってはいない」
アレッシオが左手を挙げると、部屋中が明るくなる。ジェスガーの周囲を魔術師部隊が一分の隙なく取り囲んでいた。『光の布』を広範囲に応用したもので隠していたのだ。屋内外にあれだけの人数がいては魔力による感知も正確には測れない。
「光の壁全方位二重展開!」
薄く明るい二層の壁がジェスガーを囲う。しっかりと魔力が込められているため見た目に反して堅い。
「つまらん小細工を!」
内側から何度も殴るがびくともしない。実際にはダメージを手数による修復で間に合わせているのだ。二重にすることでそれを行いやすくしている。その間にアレッシオは剣に魔力付与の術を使い直していた。付与が終わったのか顔を上げる。そこへ大きな魔力が二つ入ってくる。
「終わったか」
「思ったより時間がかかりました」
「すまねえ、逃げられた」
カテリーナとシルヴィオが姿を表す。彼らの合流で兵士たちの士気が上がっていた。
「こいつが王か」
「二人ともまだ戦えるか?」
「問題ありません」
「よし、壁を解くぞ」
魔術師部隊が後退しながら壁を消す。前後からシルヴィオとカテリーナが順番に攻める。先程と同じく致命傷は与えられていないが少しずつだが消耗させているのは見て取れた。聖騎士長二人でのヒット&アウェイにジェスガーは苛立ちを隠せなくなっている。
隙が大きくなったところでアレッシオが飛び出す。手にする剣は眩しく光っていた。
早くも最終局面といった雰囲気の中でセレスタだけは全く違うことを考えていた。戦闘のレベルが低く見えるのだ。自分の体の急激な変化でそう見えるのだろうか。とはいえ、今戦っているのは純粋ではないが"光"の魔術師と吸血鬼の王なのだ。死闘にこのような感想を持つのは自身でも不愉快だが"面白くない"というのが今の気持ちに最も近いと言えた。
などと考えていると歓声が聞こえてきた。ジェスガーの首と胴が別れている。
「吸血鬼の王の首は討ち取った!」
その言葉でさらに歓声が大きくなる。
「セレスタ様!」
驚いて振り返るとヘルガとルゥが眉をひそめて立っていた。そして、さらに驚いたのがよく見知った吸血鬼の気配があったことだ。彼女は一瞬だけ姿を見せたと思ったら館の外へ出ていった。
「護衛振り切って先に進んで何かあったらどうするつもりだったんですか」
「……すみません」
「取り敢えず無事で良かったわ」
「急用が出来たのでここで失礼します。教皇陛下とマルツィアさんによろしくお伝えして下さい」
「え? ちょ、ちょっと!」
彼女らの制止を無視し、走って館を出た。身体能力の差から二人に追いつけるはずはなかった。先程現れた吸血鬼を追うように走る。
「やあ、元気そうで良かった。何日も戻ってこないから姫様が泣きそうだったよ」
「ラシェル、どうしてここに? リューはどうしてるか知ってる? ヴェスピレーネさんたちは?」
「順番に答えてあげるから落ち着いて。まず場所を移そう」
館の裏門の方ではマルツィア率いる第四隊が待機しているはず。ラシェルもその事は承知しているようで人気のない所に案内してくれた。
「簡単なお使いじゃないと絶対思ってたから、ボクはいざって時にサポートに行けるように独自に動かせてもらってた。勿論姫様は無事だよ。もう森からは抜けているはず」
それだけ聞ければ安心だった。セレスタは安堵のため息を漏らす。
「じゃあ次はこっちから質問。どうして皇国軍と行動しているんだい?」
図書館からここまでの経緯を簡潔に話す。ラシェルはやれやれという表情を隠しもしない。
「つまり姫様を置いてきぼりにして、"光"だとバレて、吸血鬼だとバレるリスクまで犯したと」
「……言い訳の余地もないです」
「まあいいや、次。ハスクマンは死んでないよ」
「やっぱりそうなんだ」
「まあ気付いたよね。本物はあんなものじゃない」
ラシェルは貴族に影武者でもさせていたのではないかと推測する。館の襲撃日も事前に把握していたというのだ。
「ならみんなで逃げればよかったんじゃ?」
「逃げるのもそう簡単じゃないんだよ。それにここで死んだと思わせておきたい理由でもあるんじゃないかな」
どういう意味だと踏み込んで聞いてみようと思ったが、他に聞くべきことと考えることが多くあるため、その疑問は頭の隅に追いやった。
「えーと、次なんだっけ。エールフロスの姉妹か。二人はこの戦いを見届けるとか言ってたね。どこで見てたかも知らないし、その後どうするかも聞いてないよ」
セレスタが口を開く前に手ぶりで静止される。
「二人とは合流しなくていいって。姫様は君を連れて、あっちはあっちの用事を済ませてそれぞれ帰還する手筈で動くって話してたよ」
誰もそこまでは言っていないが嘘をついているわけでもない。ラシェルは上手く曲解して伝えたのだ。
「分かったわ。まずはリューと合流しましょう」
リュシールがいるであろう森の外へと向かうこととなった。
扉の先には玉座に腰掛けた巨体の吸血鬼がいた。彼が立ち上がるとアレッシオは一歩前に出る。
「貴様がこの館の主か」
「そうだ。我がこの館の王、ジェスガー・ハスクマンである」
並外れた魔力量を放っているが不思議とヴァルドーやディレイザほどの魔力を感じなかった。
「ウェネステル皇国聖騎士第一隊隊長、アレッシオ・カローゼだ。人間を襲う卑しき魔物を討伐しに参った」
「お互いにつまらん話し合いをするつもりはないようだな。好きな時に好きなようにかかってこい」
攻め手を誘うような発言だが他の吸血鬼の存在や罠の気配はなさそうだった。部下を逃がすために一人残ったのだろうか。ならば時間稼ぎのために会話でもする方が良さそうだが、全員殺すつもりだから関係ないということか。
「皆、手筈通りいくぞ」
アレッシオはそれだけ言うと一人真正面から斬りかかった。ジェスガーは拳で受け止める。刃は僅かしか通っていない。そのまま押し潰そうとするのを後ろに跳んで回避する。
「そんなものか」
「王を相手に私一人で倒せると思ってはいない」
アレッシオが左手を挙げると、部屋中が明るくなる。ジェスガーの周囲を魔術師部隊が一分の隙なく取り囲んでいた。『光の布』を広範囲に応用したもので隠していたのだ。屋内外にあれだけの人数がいては魔力による感知も正確には測れない。
「光の壁全方位二重展開!」
薄く明るい二層の壁がジェスガーを囲う。しっかりと魔力が込められているため見た目に反して堅い。
「つまらん小細工を!」
内側から何度も殴るがびくともしない。実際にはダメージを手数による修復で間に合わせているのだ。二重にすることでそれを行いやすくしている。その間にアレッシオは剣に魔力付与の術を使い直していた。付与が終わったのか顔を上げる。そこへ大きな魔力が二つ入ってくる。
「終わったか」
「思ったより時間がかかりました」
「すまねえ、逃げられた」
カテリーナとシルヴィオが姿を表す。彼らの合流で兵士たちの士気が上がっていた。
「こいつが王か」
「二人ともまだ戦えるか?」
「問題ありません」
「よし、壁を解くぞ」
魔術師部隊が後退しながら壁を消す。前後からシルヴィオとカテリーナが順番に攻める。先程と同じく致命傷は与えられていないが少しずつだが消耗させているのは見て取れた。聖騎士長二人でのヒット&アウェイにジェスガーは苛立ちを隠せなくなっている。
隙が大きくなったところでアレッシオが飛び出す。手にする剣は眩しく光っていた。
早くも最終局面といった雰囲気の中でセレスタだけは全く違うことを考えていた。戦闘のレベルが低く見えるのだ。自分の体の急激な変化でそう見えるのだろうか。とはいえ、今戦っているのは純粋ではないが"光"の魔術師と吸血鬼の王なのだ。死闘にこのような感想を持つのは自身でも不愉快だが"面白くない"というのが今の気持ちに最も近いと言えた。
などと考えていると歓声が聞こえてきた。ジェスガーの首と胴が別れている。
「吸血鬼の王の首は討ち取った!」
その言葉でさらに歓声が大きくなる。
「セレスタ様!」
驚いて振り返るとヘルガとルゥが眉をひそめて立っていた。そして、さらに驚いたのがよく見知った吸血鬼の気配があったことだ。彼女は一瞬だけ姿を見せたと思ったら館の外へ出ていった。
「護衛振り切って先に進んで何かあったらどうするつもりだったんですか」
「……すみません」
「取り敢えず無事で良かったわ」
「急用が出来たのでここで失礼します。教皇陛下とマルツィアさんによろしくお伝えして下さい」
「え? ちょ、ちょっと!」
彼女らの制止を無視し、走って館を出た。身体能力の差から二人に追いつけるはずはなかった。先程現れた吸血鬼を追うように走る。
「やあ、元気そうで良かった。何日も戻ってこないから姫様が泣きそうだったよ」
「ラシェル、どうしてここに? リューはどうしてるか知ってる? ヴェスピレーネさんたちは?」
「順番に答えてあげるから落ち着いて。まず場所を移そう」
館の裏門の方ではマルツィア率いる第四隊が待機しているはず。ラシェルもその事は承知しているようで人気のない所に案内してくれた。
「簡単なお使いじゃないと絶対思ってたから、ボクはいざって時にサポートに行けるように独自に動かせてもらってた。勿論姫様は無事だよ。もう森からは抜けているはず」
それだけ聞ければ安心だった。セレスタは安堵のため息を漏らす。
「じゃあ次はこっちから質問。どうして皇国軍と行動しているんだい?」
図書館からここまでの経緯を簡潔に話す。ラシェルはやれやれという表情を隠しもしない。
「つまり姫様を置いてきぼりにして、"光"だとバレて、吸血鬼だとバレるリスクまで犯したと」
「……言い訳の余地もないです」
「まあいいや、次。ハスクマンは死んでないよ」
「やっぱりそうなんだ」
「まあ気付いたよね。本物はあんなものじゃない」
ラシェルは貴族に影武者でもさせていたのではないかと推測する。館の襲撃日も事前に把握していたというのだ。
「ならみんなで逃げればよかったんじゃ?」
「逃げるのもそう簡単じゃないんだよ。それにここで死んだと思わせておきたい理由でもあるんじゃないかな」
どういう意味だと踏み込んで聞いてみようと思ったが、他に聞くべきことと考えることが多くあるため、その疑問は頭の隅に追いやった。
「えーと、次なんだっけ。エールフロスの姉妹か。二人はこの戦いを見届けるとか言ってたね。どこで見てたかも知らないし、その後どうするかも聞いてないよ」
セレスタが口を開く前に手ぶりで静止される。
「二人とは合流しなくていいって。姫様は君を連れて、あっちはあっちの用事を済ませてそれぞれ帰還する手筈で動くって話してたよ」
誰もそこまでは言っていないが嘘をついているわけでもない。ラシェルは上手く曲解して伝えたのだ。
「分かったわ。まずはリューと合流しましょう」
リュシールがいるであろう森の外へと向かうこととなった。
0
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する
美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」
御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。
ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。
✳︎不定期更新です。
21/12/17 1巻発売!
22/05/25 2巻発売!
コミカライズ決定!
20/11/19 HOTランキング1位
ありがとうございます!


調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜
EAT
ファンタジー
「どうしてこうなった?」
優れた血統、高貴な家柄、天賦の才能────生まれときから勝ち組の人生により調子に乗りまくっていた侯爵家嫡男クレイム・ブラッドレイは殺された。
傍から見ればそれは当然の報いであり、殺されて当然な悪逆非道の限りを彼は尽くしてきた。しかし、彼はなぜ自分が殺されなければならないのか理解できなかった。そして、死ぬ間際にてその答えにたどり着く。簡単な話だ………信頼し、友と思っていた人間に騙されていたのである。
そうして誰もにも助けてもらえずに彼は一生を終えた。意識が薄れゆく最中でクレイムは思う。「願うことならば今度の人生は平穏に過ごしたい」と「決して調子に乗らず、謙虚に慎ましく穏やかな自制生活を送ろう」と。
次に目が覚めればまた新しい人生が始まると思っていたクレイムであったが、目覚めてみればそれは10年前の少年時代であった。
最初はどういうことか理解が追いつかなかったが、また同じ未来を繰り返すのかと絶望さえしたが、同時にそれはクレイムにとって悪い話ではなかった。「同じ轍は踏まない。今度は全てを投げ出して平穏なスローライフを送るんだ!」と目標を定め、もう一度人生をやり直すことを決意する。
しかし、運命がそれを許さない。
一度目の人生では考えられないほどの苦難と試練が真人間へと更生したクレイムに次々と降りかかる。果たしてクレイムは本当にのんびり平穏なスローライフを遅れるのだろうか?
※他サイトにも掲載中
ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス
於田縫紀
ファンタジー
雨宿りで立ち寄った神社の神様に境遇を同情され、私は異世界へと転移。
場所は山の中で周囲に村等の気配はない。あるのは木と草と崖、土と空気だけ。でもこれでいい。私は他人が怖いから。
誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!
ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく
高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。
高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。
しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。
召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる