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第2章
20話
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吸血鬼狩り実行日の前日、リュシールとラシェルの泊まっている部屋にノック音がした。
「ヴェスピレーネだ。リュシールはいるか?」
「はい」
「話したいことがある。開けてくれないか」
彼女の声に間違いなかったが、それでも慎重に扉を開ける。
「こちらに来ていることは使用人から聞いていたが来るのが遅くなってしまった。すまない」
「いや、予定と違う行動になったのはこっちだから」
「セレスタとはぐれたのか?」
「うん。隠れるのにかけてもらった魔術が切れる前に国を出たんだ」
「そうか……。だが用件はそこじゃない。"吸血鬼狩り"について皇国側の決行日が明日だと分かったそうだが、そちらはどうするのかと思ってな。私たちは近づき過ぎずに成り行きを見守る。父上から命令があった」
「警備も手薄になるだろうし、もう一度国に入ってセリィを探すよ」
「手立てはあるのか」
「ある」
「危険は冒すなよ。ヴァルドー王を心配させるな」
それだけ言ってヴェスピレーネは部屋を出ていった。
ラシェルが不服そうな顔でリュシールを見ている。
「ダメだ」
リュシールが言葉を発する前にラシェルがきっぱりと言う。
「確かにボクは明日皇国にもう一度入る予定だった。けれど姫様は連れていかない。森の外、皇国から離れた場所で待っていて」
「……分かった」
「意外にあっさり引き下がるね。」
「必ず無事に連れ帰って」
「勿論」
その後リュシールはベッドに潜った。それを見るとラシェルは部屋を出ていく。
実行日当日の朝、セレスタが目を覚ますと見計らったかのようにノック音が聞こえた。朝食の用意ができたことと、可能であれば教皇がともに食事をしたいということだった。手早く着替えて廊下に出ると昨日と同じ手順で同じ部屋に通された。違うのは教皇が既に着席していることだけだ。
「おはよう、セレスタ。よく眠れたか」
「おはようございます。お陰様で」
「それは良かった。さあ、食事にしようか」
パン、サラダ、スープ、果実が何種類か用意された。果実は見たこともないような色と形のものもあった。
「昨日のこと、少しは考えてくれただろうか」
「……お断りします」
「そうか、ならばせめて良き友人でいてくれないか」
「それならば是非」
「あまり時間はないが、昨日の『特殊な魔術』についてもう少し話をしようか。私は『他人に魔力を分け与える』能力を持つ」
セレスタは聖騎士長に対する疑問に答えを出せた。
「これだけで気づくか、聡いな。聖騎士長たちは"本物"ではない。私の能力で"光"に近い魔力を有しているだけだ。本物と会ったことのある人物など滅多にいないから騙し通せる」
「魔力の授受についてもう少し詳しく聞きたいです」
「詳しいことは分からんのだ。魔研に隠しているしな。ただ、感覚で言えばそうだな……魔術を撃つときとあまり変わらん。どれくらい渡せるだとか、人数に上限があるのかとかは試していないのでな」
そう言うと教皇は手のひらの上に魔力の塊を出してみせた。白っぽい優しい光を放っている。
「これを飲ませれば相手に魔力を渡せるというわけだ」
手を握ると塊が消える。空いた右手でスプーンを持ち直した。
「六人というのはアレッシオの提案でな。この国で語り継がれている英雄譚を元にしただけらしい」
「その気になればもっと増やせると?」
「どうだろうな。しかし、無尽蔵ではない」
「ならば数を増やした方が吸血鬼狩りもスムーズに行えるのでは?」
「アレッシオが頑なに承諾せんのだ。急な国力の増強はダメだとか謀反が起きたときに対処しきれないだのとな」
アレッシオは聖騎士長のリーダー格というだけでなく大臣のように政に関する権力も持っているようだ。
「アレッシオさんというのは随分な賢人のようですね」
「うむ、奴には全幅の信頼を置いておる。先代からの重臣だからな」
魔力や才はあってもまだ少女だ。政治は彼女一人で進められるわけがない。
「他の聖騎士長たちもほとんどは奴が推薦した者で、実際その能力は魔力を渡す前から優秀なものだった」
「そういえば、他の聖騎士長さんたちは皆若そうでしたね」
「教師のようなこともやっていたそうでな。教え子もいるそうだ」
聖騎士長たちはアレッシオを中心に動いていると言っても良さそうだ。実際、吸血鬼狩りの作戦も彼が立てたものらしい。しかし、話を聞く限りそこまで過激な男ではなさそうだ。それほどまでに吸血鬼の被害に遭っていたのだろうか。
「さて、そろそろ準備した方が良いのではないか? ここでもっと話をしたいというなら大歓迎だが」
そう言うと彼女の後ろにメイドが二人現れた。彼女たちはセレスタと目が合うと軽く頭を下げる。
セレスタは少し慌てたように立ち上がる。すると、教皇もフォークを置いて祈るように手を合わせた。
「我が友セレスタよ、お主に神の祝福があらんことを」
「ありがとうございます。我が友ベアトリーナ」
メイドに案内されて部屋を出た。
「ヴェスピレーネだ。リュシールはいるか?」
「はい」
「話したいことがある。開けてくれないか」
彼女の声に間違いなかったが、それでも慎重に扉を開ける。
「こちらに来ていることは使用人から聞いていたが来るのが遅くなってしまった。すまない」
「いや、予定と違う行動になったのはこっちだから」
「セレスタとはぐれたのか?」
「うん。隠れるのにかけてもらった魔術が切れる前に国を出たんだ」
「そうか……。だが用件はそこじゃない。"吸血鬼狩り"について皇国側の決行日が明日だと分かったそうだが、そちらはどうするのかと思ってな。私たちは近づき過ぎずに成り行きを見守る。父上から命令があった」
「警備も手薄になるだろうし、もう一度国に入ってセリィを探すよ」
「手立てはあるのか」
「ある」
「危険は冒すなよ。ヴァルドー王を心配させるな」
それだけ言ってヴェスピレーネは部屋を出ていった。
ラシェルが不服そうな顔でリュシールを見ている。
「ダメだ」
リュシールが言葉を発する前にラシェルがきっぱりと言う。
「確かにボクは明日皇国にもう一度入る予定だった。けれど姫様は連れていかない。森の外、皇国から離れた場所で待っていて」
「……分かった」
「意外にあっさり引き下がるね。」
「必ず無事に連れ帰って」
「勿論」
その後リュシールはベッドに潜った。それを見るとラシェルは部屋を出ていく。
実行日当日の朝、セレスタが目を覚ますと見計らったかのようにノック音が聞こえた。朝食の用意ができたことと、可能であれば教皇がともに食事をしたいということだった。手早く着替えて廊下に出ると昨日と同じ手順で同じ部屋に通された。違うのは教皇が既に着席していることだけだ。
「おはよう、セレスタ。よく眠れたか」
「おはようございます。お陰様で」
「それは良かった。さあ、食事にしようか」
パン、サラダ、スープ、果実が何種類か用意された。果実は見たこともないような色と形のものもあった。
「昨日のこと、少しは考えてくれただろうか」
「……お断りします」
「そうか、ならばせめて良き友人でいてくれないか」
「それならば是非」
「あまり時間はないが、昨日の『特殊な魔術』についてもう少し話をしようか。私は『他人に魔力を分け与える』能力を持つ」
セレスタは聖騎士長に対する疑問に答えを出せた。
「これだけで気づくか、聡いな。聖騎士長たちは"本物"ではない。私の能力で"光"に近い魔力を有しているだけだ。本物と会ったことのある人物など滅多にいないから騙し通せる」
「魔力の授受についてもう少し詳しく聞きたいです」
「詳しいことは分からんのだ。魔研に隠しているしな。ただ、感覚で言えばそうだな……魔術を撃つときとあまり変わらん。どれくらい渡せるだとか、人数に上限があるのかとかは試していないのでな」
そう言うと教皇は手のひらの上に魔力の塊を出してみせた。白っぽい優しい光を放っている。
「これを飲ませれば相手に魔力を渡せるというわけだ」
手を握ると塊が消える。空いた右手でスプーンを持ち直した。
「六人というのはアレッシオの提案でな。この国で語り継がれている英雄譚を元にしただけらしい」
「その気になればもっと増やせると?」
「どうだろうな。しかし、無尽蔵ではない」
「ならば数を増やした方が吸血鬼狩りもスムーズに行えるのでは?」
「アレッシオが頑なに承諾せんのだ。急な国力の増強はダメだとか謀反が起きたときに対処しきれないだのとな」
アレッシオは聖騎士長のリーダー格というだけでなく大臣のように政に関する権力も持っているようだ。
「アレッシオさんというのは随分な賢人のようですね」
「うむ、奴には全幅の信頼を置いておる。先代からの重臣だからな」
魔力や才はあってもまだ少女だ。政治は彼女一人で進められるわけがない。
「他の聖騎士長たちもほとんどは奴が推薦した者で、実際その能力は魔力を渡す前から優秀なものだった」
「そういえば、他の聖騎士長さんたちは皆若そうでしたね」
「教師のようなこともやっていたそうでな。教え子もいるそうだ」
聖騎士長たちはアレッシオを中心に動いていると言っても良さそうだ。実際、吸血鬼狩りの作戦も彼が立てたものらしい。しかし、話を聞く限りそこまで過激な男ではなさそうだ。それほどまでに吸血鬼の被害に遭っていたのだろうか。
「さて、そろそろ準備した方が良いのではないか? ここでもっと話をしたいというなら大歓迎だが」
そう言うと彼女の後ろにメイドが二人現れた。彼女たちはセレスタと目が合うと軽く頭を下げる。
セレスタは少し慌てたように立ち上がる。すると、教皇もフォークを置いて祈るように手を合わせた。
「我が友セレスタよ、お主に神の祝福があらんことを」
「ありがとうございます。我が友ベアトリーナ」
メイドに案内されて部屋を出た。
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