ダンシング・オン・ブラッディ

鍵谷 雷

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第2章

17話

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 リュシールが目を覚まし辺りを見渡す。

「セリィ……?」

 出歩けるくらいには良くなったようだ。もう陽は高い。ご飯でも買いに出かけたのだろう。
 しばらく横になったまま待っていた。時折人の往来を見ているが帰ってくる気配がない。これだけ長い間外出するなら、彼女の性格からして書き置きを残していきそうなものだ。

「事件にでも巻き込まれたかな……」

 部屋から出ようとすると、扉の前に見えない何かがあるようにぶつかる。

「ダメだよ姫様。そのまま出たら吸血鬼だとバレる。ここだけは微弱な魔術が認識をブレさせているんだよ」
「ラシェル……? どうしてここに?」

 声を掛けられて初めて彼女の認識ができる。血の匂いが強い。左腕に巻いた布からも血が滲み出していた。

「魔術大国の結界とやらも大したことないね。片腕だけで入れたよ」

 彼女の能力は出血量が多くなればなるほど自身とそれに触れた存在を薄くできるというものである。しかし、口調とは裏腹に顔は青くなり始めていた。リュシールは彼女に瓶に詰めた血液を渡そうとするが、ラシェルはそれを拒んだ。

「……傷は回復させない。ボクと一緒にこの国を出て。セレスタがいない以上姫様はここに長居できない」

 下階から宿屋の主人が驚いた声が聞こえる。その後の内容から察するに魔術師がセレスタの宿代を代わりに払い、荷物を取りに来たらしい。
 リュシールはラシェルを背負って宿を飛び出した。木製の壁などはすり抜けられるくらいに存在が薄くなっている。結界も通り抜け、皇国の外に出る。
 ラシェルはすぐに血を摂りながら話を始める。手首から肘あたりまでの大きな切り傷からの出血が少なくなっていく。

「セレスタは城に連れていかれたよ。ただ、危険はなさそうだと判断したから先に姫様を助けに来たんだ」
「危険はないって本当に……?」
「少なくともボクらが無理して助けに行くよりは」

 リュシールも言わんとすることは理解できた。しかし、すぐにでも救出に向かいたいという気持ちは変わらない。
 深呼吸をして腰のカバンから通信用の玉を取り出す。父ヴァルドーへと繋ぐ。しかし、聞こえてきたのはヴァルドーの秘書エレッタの声だった。

「お嬢様、ご無事で何よりです。ヴァルドー様は用事で外出しておりますので、私が連絡を受けるよう仰せつかっております」

 皇国に入ってから現在までの状況を説明する。

「……かしこまりました。ならば、ラシェルの言う通り皇国に戻らない方が良いでしょう」
「じゃあ、わたしは今後どうしたらいいと思う?」
「ハスクマン家の館へ向かい、ヴェスピレーネ様と合流するのがよろしいかと存じます」
「わかった、ありがとう」
「理由の説明は不要でしょうか?」
「うん」

 通話を終わらせ、ゆっくりと立ち上がる。

「行き先は決まりかな? 案内するよ」

 ラシェルが歩きだした。傷はほとんど癒えたようだ。

「ジェスガー・ハスクマンについてボクの印象を言っておくよ。一見すると豪放磊落な体も器も大きい王だけど、その実狡猾な策士だね。今回の事件もただで部下をやられたとは思わないよ」
「面識があるの?」
「まあ、ちょっとね」

 それ以降、館が見えるまでラシェルは口を開かなかった。
 館の門の前まで来ると、奥から一人の男が現れた。ヴェスピレーネとラミルカを出迎えた執事だった。

「リュシール・パールバート様ですね。ヴァルドー王、エスヴェンド王両名からお話は伺っております。中へご案内致します」
「皇国とのことですが……」
「そのことについても主からお話があることと思います」

 執事が大きな扉の前で立ち止まり、客人の到着を知らせる。間髪入れずに大きな声量の返事があった。執事が扉を開けてくれた。

「突然の訪問失礼します。」
「どいつもこいつも"吸血鬼狩り"とやらがそんなに心配か? 我が解決すると言っているだろう!」
「そちらに関してはジェスガー王にお願いいたします。我々の目的は"光"の調査にあります」
「ディレイザ王の娘とともに来たようだが、目的は違うのか。……"光"なら吸血鬼化した魔術師を抱えているのだろう?」
「その魔術師の魔力を安定させる術を知りたいのです」
「ふん、好きにしろ。ただし、我の邪魔をするな」
「はい」
「とりあえず、今日は休むといい。案内してやれ」

 執事に客室に案内される。ジェスガーは不快感を隠しもしなかったが、王族に対する最低限のもてなしはしてくれるようだった。

「何も変わってないどころか、ますます嫌な奴になってるように見えるね」

 執事の足音が遠ざかったところでラシェルが吐き捨てる。
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