ダンシング・オン・ブラッディ

鍵谷 雷

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第2章

16話

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 セレスタは目覚めると同時に頭痛と吐き気を感じた。また迷惑をかけたようだ。
 窓から大通りに目をやると、軍服やローブを着た人間が多く見かけられる。ローブはマルツィアの着ていたものを簡素にしたもので、綺麗な白が陽光で眩しい。
 眠っているリュシールを横目に部屋を出る。下階では宿屋の主人が掃除をしていた。挨拶とともに簡単な朝食を提供してくれると言ってくれたが、少し歩きたいからと遠慮する。パンの焼けた匂いに体が釣られ、いくつか買ってしまう。
 今更だが人間と吸血鬼のハーフであるリュシールは血液以外の食事を摂ることは出来るのだろうか。ちなみにセレスタは人間の時と同じように食べることが出来る。しかし、時々血液も摂らなければ空腹がやってくる。

「セレスタさん?」

 昨日聴いたばかりの柔らかい声に名を呼ばれる。

「マルツィアさん、昨日はありがとうございました」
「こちらこそ、楽しい時間だったわ」
「お忙しそうですね。何かあったんですか?」
「……ごめんなさいね」

 マルツィアが小さく手を挙げると魔術師が集まってくる。

「貴女を連行させてもらう」
「何故?」
「ここでは言えないの」
「…………」

 セレスタは了承の意を示すような表情で両手を挙げる。軍服の男女二人が両脇に立ち、歩くよう促す。
 連行される心当たりなど十分すぎる程にあるが、様子からして不法侵入や吸血鬼であることとは考えにくい。"光"がバレたといったところだろう。それよりも残してきたリュシールが気掛かりだ。隠れるための魔術を付与したマントを置いてあるが、効き目は一日程度だ。自分を探し回っていたら効果は直ぐに切れてしまう。昼間は闇の魔力は薄まるとはいえ、自分と違って赤い瞳も牙も隠れない。吸血鬼狩りには気づかれる可能性が高い。

「少しいい?」
「何だ?」

 隣に立つ軍服の女がぶっきらぼうに返事をする。

「昨日泊まった宿にお代払ってないんですよ。あと、何も食べてないからお腹が空きました」
「やかましい! とっとと歩け!」

 怒鳴った女にマルツィアが顔を向ける。女は萎縮して「出過ぎた真似をしました」と謝罪する。マルツィアはセレスタに向き直った。

「宿屋の名前を教えて。代わりに払っておくから。パンを無駄にしてしまったのも謝罪するわ。けれど食事は待ってほしいの」

 宿の名前を伝えたらガサ入れされる可能性もある。言うかどうか悩んだが、リュシールを信じることにした。ここで余計な時間稼ぎや嘘は通用しない気がしたからだ。
 宿の名前を告げるとすぐに一人の魔術師が宿の方へ引き返す。セレスタはそれを気にしないフリをする。

「お城の方へ向かってるんですね」

 今度は誰も返事をしなかった。
 しばらく歩くと巨大な門がそびえ立っていた。マルツィアは同行していた軍服の男女や魔術師たちに元の持ち場に戻るよう告げた。

「私が逃げるとは考えないんですか」
「そのつもりなら道中で逃げているでしょう? それに貴女は悪いようにはされないという考えに至っているはず。だからここまで来てくれた。違う?」

 心でも読めるのだろうか。いや、昨日の図書館での会話から察するに思考回路が似ているところがあるのだ。流石に他人の心配をしていることまでは至らなかったようだが。
 城内にはほとんど人がいない。いくらか階段を登り、書斎のような部屋に通された。マルツィアが手をかざすと壁が開き道が現れた。
 しばらくそのまま壁の先の暗い道を直進させられたが、突き当たりで急に立ち止まり

「この先にいる人達は私みたいに優しくないわ。言動、行動には十分に気をつけて」

 と言いながらまた手をかざす。明るく広い部屋に通される。部屋というより玉座の間というのが相応しいだろう。天井や壁は美しいガラス細工、床は華美な織物、正面には長い階段、登りきったところにはカーテンが見られた。
 階段の前には三人の男が立っていた。マルツィアと同等の強い魔力を感じる。彼らもまた聖騎士長なのだろう。

「確かに相当な魔力を有しているな」

 白髪混じりの男が口を開いた。

「はい、昨日の多量の魔力放出に関係あると考えております」
「調べさせてもらったが、ここ十日の間にアステニアからの入国はねえ。姉ちゃん、この国にはいつ来た?」

 若い男が口を挟む。

「……三、四日前です。昨日は見栄を張ってアステニア出身と言ってしまいましたが、本当は行商の出のため、出身と言える国がないのです」

 多くの国では商品のチェックはするが、商人へのチェックは緩い。国外からでは閉鎖的な印象を受けるが、国内では行商も多く見られた。商人として入国したという嘘が最も信憑性があるのではないかと考えたのだ。
 若い男は疑いの表情を変えず、鼻を鳴らす。さらに何か発言しようとした時、カーテンの奥から足音が聞こえた。

「教皇様!」

 三人がカーテンの方へ体を向け、片膝をつく。セレスタも取り敢えずそれに倣う。

 その瞬間、セレスタは何かが聞こえた。声が直接頭に語りかけてきた感じだった。といっても断片的にしか聞こえず、意味を成す言語は認識できなかった。

 足音が止まると、カーテン越しに教皇が言葉を発した。

「その者は何だ?」

 カーテンの奥の女性が強い口調で発する。姿は見えないが相当な魔力を感じる。恐らく聖騎士長たちよりも魔力量は多い。

「この者が昨日の多量の魔力放出に関係していると考えております」
「そうか……」

 魔力放出の原因は間違いなく自分だが、正直に「はい、そうです」と告げるわけにはいかない。彼らの態度はそれに対して警戒しているというものであり、詳しく調べられたくはない。

「お主、名はなんという?」
「セレスタ・ラウです」
「魔術師の家系のものか?」
「母方の祖父は魔術師だと聞かされていますが、それ以外に親戚に魔術師はおりません。私の知る限りでは、ですが……」
「ふむ……アレッシオ、どう思う?」
「教皇様と同じ力を持つもので間違いないかと存じます」

 アレッシオと呼ばれた白髪混じりの男が答える。すると教皇は

「セレスタ、ともに昼食でもどうだ? 昼になるまで城でゆっくりしているといい」

 と先程と打って変わって軽い口調で言った。聖騎士長たちは思わず顔を挙げる。

「アレッシオ、食事の用意をさせろ。分かっているだろうが来賓待遇だぞ」
「はい」

 マルツィアが部屋に案内してくれた。館の自室よりもさらに広く、調度品は派手すぎないが一目で高価だと分かるものばかりだ。

「セレスタ様、先程は罪人のような扱いでお連れして失礼致しました。ご無礼をお許しください」
「マルツィアさん、さっきみたいに普通に話してもらえませんか? まだ会って短いけど貴女のこと友人だと思っているから」
「……ありがとう。優しいのね」
「でも、わざわざ一人で案内してくれたのはそれが言いたかっただけじゃないんでしょう?」
「ええ、気づいたとは思うけど教皇様は誰にもお顔を見せないの。私も対面したことはないわ。それを良く思わない者も出てくるかもしれない。城内でも油断はしないでね」
「分かりました。ありがとうございます」

 微笑んで返事をしたが、マルツィアは申し訳なさそうに部屋を出ていった。
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