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第2章

15話

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 図書館を出たところで右袖を掴まれた。

「ごめん、お待たせ」

 掴まれた方へと小声で言う。長々と待たされて不満そうなリュシールに宿を探そうと告げる。「久しぶりに二人っきりだよ」と付け足すと明るい顔になる。
 適当な宿を見つけて入る。勿論一人部屋である。部屋自体は狭いがベッドは二人寝れそうだ。
 誰かに見られたり声を聴かれたりしないようにと言い含め、リュシールの魔術を解く。

「部屋の中でもあまり大きな声出さないでね。私が変な人扱いされちゃう」
「分かってるって。それより何か収穫はあった?」

 図書館での会話をかいつまんで話す。会話の相手が件の聖騎士長かもしれないという事も含めて。

「"光"は対面しても分からないものなの?」
「どうなんだろう……。ミストさんは私のこと分かったみたいだけど。リューは何か感じなかった?」
「確かに強い魔力の二人組が出てきたのは分かったけど、特別なものは感じなかったなあ」

 「そう……」と返した直後、セレスタは胸を抱えてベッドにうずくまった。魔力のバランスが崩れたようだ。

「セリィ!」
「……最近、落ち着いてたから……、油断してた……」

 リュシールはセレスタを抱き寄せ、自らの首すじに彼女の唇を近づける。白い肌に弱々しく牙が突き立てられ血を吸われる。

「ゆっくりと飲んで。そのまま寝ちゃっていいから」
「……ん……」

 セレスタの牙がリュシールの首から離れる。そのまま瞼が溶けるように眠ってしまった。

「長旅で気を張ってたんだよね。おやすみ」



 ヴェスピレーネとラミルカの姉妹は二人への宣言通りハスクマン家の館に来ていた。

「ラミルカ、これはお前が持っておけ。もしもの時は一人で逃げ、エスヴェンド王に繋げ」

 連絡手段の赤いガラス玉を手渡す。

「……姉様」
「入るぞ」

 その時眼前の扉が開き、燕尾服を着た男が現れた。この館の執事といったところだろう。

「エールフロス家の姫様ですね。ようこそいらっしゃいました。我が主はお二人を歓迎致します」
「二日前にコウモリを飛ばしたとはいえ、急な訪問で申し訳ない」
「いえ、それより以前にエスヴェンド王、ディレイザ王両名から連絡頂いておりましたので」
「既に手を回されていたか」

 執事が大きな扉の前で立ち止まる。大きな声で客人の到着を知らせる。

「入れ!」

 扉越しとは思えない声量での返事が来た。執事は扉を開け、二人を入るように促す。

「お前たちがディレイザの娘か。 姉は目が似ているが、妹はあまり似ていないな」

 筋骨隆々とした巨大な男は高らかに笑った。

「お初お目にかかります。ディレイザ・エールフロスの娘、ヴェスピレーネ・サハイェル・ウルド・ヴァン・エールフロスです。こちらは妹のラミルカです」
「うむ、我が名はジェスガー・ハスクマンだ。 それで何の用で来たのだ?」
「"吸血鬼狩り"について調べに参りました」
「問題ない、我が解決する」
「しかし、敵には"光"の魔術師が複数名いるという噂。たとえ王であっても……」
「黙れぃ! 我々が人間に遅れをとるというのか!」

 その頑なな態度は意地や仇討ちを思わせる。しかし、ヴェスピレーネはそれだけだと納得しきれなかった。

「それよりもお前たちと一緒にここまで来た吸血鬼、片方が例の"混じり物"か?」
「はい」

 間違いなくセレスタのことだろう。そこまで筒抜けのようだ。

「ディレイザ王はどのように考えている?」

 そこまで把握していればこの質問は至極真っ当だ。普通の吸血鬼からすれば同胞と感じるよりも先に危険視すべき存在である。

「本人に吸血鬼に対する敵意はないこと、ヴァルドー王が手綱を握っていることから様子見すると判断しております。上手く利用することも視野に入れておられる様子でした」

 ディレイザはそんなことは言っていない。しかし、この考えと真逆ということもわけでもないだろう。

「……そうか。それは置いておき、長旅で疲れただろう。今日明日は泊まっていくと良い」
「ありがとうございます」
「早くて三日後、皇国の奴らが攻めてくると踏んでいる。それまでには立ち去れ」
「ならば私たちもご助力致します」
「不要だ! 家臣を殺された挙げ句、他家の姫を巻き込むなどできるか」

 二人は彼の王としてのプライドを尊重し引き下がることにした。
 ジェスガーが部屋中に響き渡る程強く手を叩く。先程の執事が扉を開いて現れる。

「勇敢な姫君たちを部屋に案内しろ!」
「かしこまりました。お二人は同室でよろしいですか?」

 半歩後ろにいたラミルカに目をやると少し震えている。

「一緒にしてもらおう」
「かしこまりました。ご案内致します」
「ではジェスガー王、失礼します」

 二人は頭を下げ王の部屋を後にする。
 ヴェスピレーネはまだ少し怯えた様子のラミルカの手を握った。
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