ダンシング・オン・ブラッディ

鍵谷 雷

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第2章

13話

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「皆さん、左を見てください! 皇国が見えてきましたよ!」

 御者のトナの声に反応して、四人は左の窓に目をやる。
 木々の先に高い壁、その奥には城がそびえ立つ。
 セレスタは唾を飲み込む。まだ手のひらよりも小さなその国から既に魔力を感じているからだ。
 リュシールが心配だというようにこちらを窺う。気づいて微笑み返したが表情が歪んでいたかもしれない。

「ここで止めてくれ」

 ヴェスピレーネがトナに話しかける。門の前まで行かなくていいとそれらしい理由をでっちあげて説明する。

「姉様、まだもう少しあるよ?」
「何が仕掛けてあるか分からん国の門前に堂々と出向くつもりか?」

 馬車が走り出したのを確認してから四人は歩き出す。


 国を囲う壁を木々に隠れながら確認する。石の壁を覆うように薄く光る魔力の結界が見えた。セレスタは直接触れないように観察する。

「セレスタ、そろそろどうやって入るつもりか聞かせてもらおう。我々も入れるかも含めてな」
「やっぱり二人が入るのは難しいようです。私とリューだけで行きます」

 セレスタが提案した方法とは結界の張り替えの際に穴を開けるというものだった。

「似たような結果を見たことがあります。触れなければ感知能力は薄いんです」
「とは言っても闇の魔力しか持たない私と妹は引っ掛かってしまう可能性がある。というわけか……」
「でも、張り替えのタイミングは分かるの?」

 ラミルカが問う。

「遅くても明日には変わりますよ。こういう大規模な結果は何人もの魔術師が交代制で張ってるんです」
「ふーん、人間は貧弱だものね」
「油断するな。その人間に貴族級ロイヤルが殺されているのだ」
「……はーい」

 その言葉にセレスタはふと考える。もし帝国魔術師団に入団し、敵国や魔物と戦う道を選んでいたらと。
 それはそれで無難にこなしていたかもしれない。戦いで命を落としていたかもしれない。軍の規律が嫌で逃げ出していたかもしれない。はたまたそれなりの地位に着けたかもしれない。考えれば切りがない。
 学院時代の自分に「吸血鬼のお姫様と出会って自分も吸血鬼になる」などと言っても絶対に信じて貰えないだろう。さらに光と闇の両方の魔力を持ち、それのバランスで苦しむことになるなんてまるで作り話だ。しかし、不思議とそこに後悔はなかった。
 
「セリィ、どうしたの?」
「……ん? ああ、ごめん。ちょっと考え事してた」
「敵地に入ったも同然なんだから集中してよ」
「リューに言われるってことは相当呆けてたのね」

 などと笑っていると、突然ヴェスピレーネが二人の口を手で塞ぐ。小声で「静かにしろ」と言った。
 四人は真剣な顔つきになり、地面を蹴って瞬時に木の上に登る。人間の気配がしたのだ。人数は三人、気配どころか足音すら消し切れてはいないため気づかれたとは考えにくい。

「魔物確認なし。帰投する」

 先頭を歩く男が振り返って言うと後ろの二人は頷く。そのまま来た道を戻っていった。

「結界に頼りきりというわけではないみたいだね」
「あの程度見回りなら突破できる。作戦を変える必要はなさそうね」

 ラミルカはいつの間にか木から降りていた。ヴェスピレーネは「少しは警戒しろ」と小言を言いながら降りる。続いてセレスタとリュシールも地に足を着ける。

「ところで、わたしたちが皇国に入った後二人はどうするんです? まさかここで大人しく待っているわけじゃないでしょう」

 リュシールは少し高圧的に言葉を放った。自分たちだけが危険な目に合うんじゃないかという不満をぶつけたように見えた。

「ハスクマンというこの近辺を領地としている王に挨拶に寄る。終わり次第そちらと合流できるよう努める。」

 吸血鬼狩りに殺された貴族はその家の傘下のものだと聞いていた。

「……なるほど、お気を付けて」
「そちらもな。健闘を祈っているぞ」

 暗闇が薄くなってきている。まもなく日の出だろう。どこからか鳥の鳴き声が聞こえる。
 セレスタが思い立ったようにラミルカに話しかける。「それくらい余裕よ!」と胸を張る。

「リュー、そろそろ準備しておいて」
「オッケー!」 

 しばらくして雲の隙間から陽光が射し始めた頃、結界が薄くなったのをセレスタは見逃さなかった。弱い光の魔術を放つ。人一人分くらいの穴ができ、木の上で待ち構えていたセレスタとリュシールは順番に結界と壁を同時に越える。案の定闇の魔力は感知されずに済んだようだ。

光の布ソル・ナール!」

 光が二人を覆い周囲からは目視できなくなる。着地地点の近くにはちょうど魔術師と思しき男女が数人おり、

「今一瞬変な音がしなかった?」
「あそこか。小型の魔物でもぶつかったかな? 一応報告しておこう」

 ラミルカが血で作った鳥型の人形をぶつけてもらった。しかし、彼らが外に確認に行く頃には痕跡はなくなっているとのことだ。
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