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第2章
9話
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牽制し合うような沈黙を破ったのはヴェスピレーネだった。膝で気持ち良さそうに眠る妹の頭に優しく手を置く。
「私には兄と弟が一人ずついてな。ラミルカも含めて四人兄弟なんだ。ラミルカ以外は跡継ぎ候補として育てられた。予想できるだろうが兄弟の仲は昔から悪い……」
二人は真剣な眼差しでヴェスピレーネの話を聞く。彼女は憂いたような表情で続ける。
「周囲は部下と敵しかいなかった私には眩しすぎる存在だ。他の兄弟はラミルカのことすら良く思ってないだろうがな」
「跡継ぎに関してディレイザ王は何も言ってないの?」
リュシールはふと口から出たという感じの質問をする。
「明確にはな。しかし、これは一つの試練だろうとは考えている。我々がヴァルドー王のもとへ訪れる際、兄は留守を任され、弟は別のどこかに向かわされていた」
「何故私達にそんな話をするんです?」
今度はセレスタが口を開く。同情など一切しないといった口調だ。
「王位の座を狙う際に協力して貰おうと思ってな」
「それに何かメリットが?」
「共に戦ってくれという訳じゃない。もしもの時に妹の逃げ場になってもらいたいだけだ。そちらのメリットとしては、我々に貸しを作ったということくらいになるな。しかし、この作戦が上手くいけばヴァルドー王も社交界に復帰できるだろう。そうなれば私の手が必要になることなどないだろうが……」
「確かに彼女は強かったけど、跡継ぎ候補とも見られていない王族に価値があるの? リュー、どう思う?」
「……分かった。ヴェスピレーネ王女が王位を手にしたいというなら、リュシール・パールバートは全面的に協力する。有事の際は声をかけてほしい」
ヴェスピレーネは僅かに驚きの表情を見せる。意外にもセレスタの表情は動かなかった。
リュシールの言わんとすることは王族が余所の王族の跡継ぎ争いに手を貸すということである。これは王族同士の戦争にも発展する可能性もある行動であり、安請け合いしてよいことではない。それを知っているからこそ、ヴェスピレーネは驚いたのだ。
「……ふふ、済まないな。同情を引き、試すような真似をした」
「分かってるよ」
「ん?」
「危ない橋かも知れないのは分かった上で協力すると言ってるんだよ。ラミルカちゃんを預かるのは勿論、エールフロスと戦うことになっても構わない」
「……恩に着る」
ヴェスピレーネは頭を下げる。そしてセレスタの方へ向き直った。
「セレスタ、話は変わるが魔術について教えて貰いたい。我々は魔術師との戦闘経験に乏しい。少しでも知識を仕入れておきたいのだ」
「分かりました」
魔術を使う際には魔力が必要である。魔力というのは多くの生物が持っているが、その種類や量には個体差があり法則などもほとんど解明されていない。ここでいう種類とは属性のことである。光、闇、火、水などが存在し、使用できる魔術の得手不得手に影響する。セレスタのような"光"などと呼ばれる者はその名のとおり光の属性が強く、吸血鬼や魔物は闇の属性が強いというわけだ。
「得意なのは光だけか?」
「いえ、"光"が目覚めるまでは火が得意でした」
「一人の人間が複数の属性を得意とするのは難しくないのか?」
「二つくらいなら。三つ以上となると元々の魔力の質とそのバランスが重要になってくるので極めて稀です。私は水や風は戦闘に使えるほどの魔力を有していません」
「なるほど」
魔術の使用の際には魔術式の構築か呪文の詠唱を必要とする。理論上それさえできれば魔力を持つ生物なら魔術を使用することが可能だ。
「しかし、我々吸血鬼や魔物にはその術式や呪文が存在しない」
「仰る通りです。人間と違い吸血鬼には不要でしょうから」
吸血鬼には人間を遥かに上回る身体能力と血をベースとした固有の能力、血流技がある。リュシールの鎖やソファを作り出す能力やラミルカの蝙蝠人を生み出す能力がそれに当たる。
「我々吸血鬼はその二つに胡座をかいていたのだろうな……」
セレスタは彼女の呟きには言及せず続ける。
「逆に言えば、魔力を持っているなら魔術を使えるということです。それを産み出すには何百、何千年とかかるかもしれませんが」
現在、人間が使用している術は何千年の研究と研鑽の結果だ。如何に強力な術でも実戦で発動できなければ無意味だ。
世界魔術研究機構という団体がある。魔術や魔道具の開発・研究を行っている世界規模の団体で、セレスタも卒業後の進路として薦められた。その支部が皇国にもある。
「その団体の拠点が存在するというのはその国が魔術において秀でているということか」
「はい、"光"の魔術師が六人いるというのも何らかの実験なのではと考えてます」
「四人で戦えると思うか?」
「そればかりはなんとも……」
セレスタは返事を濁したが、"光"の魔術師六人と真っ向から戦うとなると不利だと考えていた。幸い、今回の目的は皇国聖騎士長を倒すことではない。"光"について詳しく知ることと、吸血鬼狩りが行われるようになった原因を探ることだ。
「ラミルカとの模擬戦に見せた一連の動き、あれは魔術戦においての基本か?」
「近接格闘をしながら魔術を放つっていうのはよくある戦法ですね。ただ、普通は身体能力を強化しても貴族級以上には全くついていけません」
「やはり”光”の魔術師は特別というわけか」
「それもそうですけど、私も一応吸血鬼なので……」
「そうだったな。しかし敵を強く見積もっておいて損はない」
いつの間にかリュシールも眠っていた。その寝息につられ、セレスタは欠伸が出た。
「お前も眠っておくといい。もうすぐ陽が昇る。話はまた後にしよう」
「いえ、大丈夫です」
敵とも味方とも判断しかねる相手一人を残すというのは気掛かりだ。魔術を仕掛けておくにも距離が近すぎる。
「その警戒心は頼もしいが、私がその気なら既に殺しているし、場所の警護も充分だ。安心しろ」
ヴェスピレーネが手を伸ばす。その細く白い指がセレスタの額に触れ、リュシールに寄り添うように眠りに落ちた。
「私には兄と弟が一人ずついてな。ラミルカも含めて四人兄弟なんだ。ラミルカ以外は跡継ぎ候補として育てられた。予想できるだろうが兄弟の仲は昔から悪い……」
二人は真剣な眼差しでヴェスピレーネの話を聞く。彼女は憂いたような表情で続ける。
「周囲は部下と敵しかいなかった私には眩しすぎる存在だ。他の兄弟はラミルカのことすら良く思ってないだろうがな」
「跡継ぎに関してディレイザ王は何も言ってないの?」
リュシールはふと口から出たという感じの質問をする。
「明確にはな。しかし、これは一つの試練だろうとは考えている。我々がヴァルドー王のもとへ訪れる際、兄は留守を任され、弟は別のどこかに向かわされていた」
「何故私達にそんな話をするんです?」
今度はセレスタが口を開く。同情など一切しないといった口調だ。
「王位の座を狙う際に協力して貰おうと思ってな」
「それに何かメリットが?」
「共に戦ってくれという訳じゃない。もしもの時に妹の逃げ場になってもらいたいだけだ。そちらのメリットとしては、我々に貸しを作ったということくらいになるな。しかし、この作戦が上手くいけばヴァルドー王も社交界に復帰できるだろう。そうなれば私の手が必要になることなどないだろうが……」
「確かに彼女は強かったけど、跡継ぎ候補とも見られていない王族に価値があるの? リュー、どう思う?」
「……分かった。ヴェスピレーネ王女が王位を手にしたいというなら、リュシール・パールバートは全面的に協力する。有事の際は声をかけてほしい」
ヴェスピレーネは僅かに驚きの表情を見せる。意外にもセレスタの表情は動かなかった。
リュシールの言わんとすることは王族が余所の王族の跡継ぎ争いに手を貸すということである。これは王族同士の戦争にも発展する可能性もある行動であり、安請け合いしてよいことではない。それを知っているからこそ、ヴェスピレーネは驚いたのだ。
「……ふふ、済まないな。同情を引き、試すような真似をした」
「分かってるよ」
「ん?」
「危ない橋かも知れないのは分かった上で協力すると言ってるんだよ。ラミルカちゃんを預かるのは勿論、エールフロスと戦うことになっても構わない」
「……恩に着る」
ヴェスピレーネは頭を下げる。そしてセレスタの方へ向き直った。
「セレスタ、話は変わるが魔術について教えて貰いたい。我々は魔術師との戦闘経験に乏しい。少しでも知識を仕入れておきたいのだ」
「分かりました」
魔術を使う際には魔力が必要である。魔力というのは多くの生物が持っているが、その種類や量には個体差があり法則などもほとんど解明されていない。ここでいう種類とは属性のことである。光、闇、火、水などが存在し、使用できる魔術の得手不得手に影響する。セレスタのような"光"などと呼ばれる者はその名のとおり光の属性が強く、吸血鬼や魔物は闇の属性が強いというわけだ。
「得意なのは光だけか?」
「いえ、"光"が目覚めるまでは火が得意でした」
「一人の人間が複数の属性を得意とするのは難しくないのか?」
「二つくらいなら。三つ以上となると元々の魔力の質とそのバランスが重要になってくるので極めて稀です。私は水や風は戦闘に使えるほどの魔力を有していません」
「なるほど」
魔術の使用の際には魔術式の構築か呪文の詠唱を必要とする。理論上それさえできれば魔力を持つ生物なら魔術を使用することが可能だ。
「しかし、我々吸血鬼や魔物にはその術式や呪文が存在しない」
「仰る通りです。人間と違い吸血鬼には不要でしょうから」
吸血鬼には人間を遥かに上回る身体能力と血をベースとした固有の能力、血流技がある。リュシールの鎖やソファを作り出す能力やラミルカの蝙蝠人を生み出す能力がそれに当たる。
「我々吸血鬼はその二つに胡座をかいていたのだろうな……」
セレスタは彼女の呟きには言及せず続ける。
「逆に言えば、魔力を持っているなら魔術を使えるということです。それを産み出すには何百、何千年とかかるかもしれませんが」
現在、人間が使用している術は何千年の研究と研鑽の結果だ。如何に強力な術でも実戦で発動できなければ無意味だ。
世界魔術研究機構という団体がある。魔術や魔道具の開発・研究を行っている世界規模の団体で、セレスタも卒業後の進路として薦められた。その支部が皇国にもある。
「その団体の拠点が存在するというのはその国が魔術において秀でているということか」
「はい、"光"の魔術師が六人いるというのも何らかの実験なのではと考えてます」
「四人で戦えると思うか?」
「そればかりはなんとも……」
セレスタは返事を濁したが、"光"の魔術師六人と真っ向から戦うとなると不利だと考えていた。幸い、今回の目的は皇国聖騎士長を倒すことではない。"光"について詳しく知ることと、吸血鬼狩りが行われるようになった原因を探ることだ。
「ラミルカとの模擬戦に見せた一連の動き、あれは魔術戦においての基本か?」
「近接格闘をしながら魔術を放つっていうのはよくある戦法ですね。ただ、普通は身体能力を強化しても貴族級以上には全くついていけません」
「やはり”光”の魔術師は特別というわけか」
「それもそうですけど、私も一応吸血鬼なので……」
「そうだったな。しかし敵を強く見積もっておいて損はない」
いつの間にかリュシールも眠っていた。その寝息につられ、セレスタは欠伸が出た。
「お前も眠っておくといい。もうすぐ陽が昇る。話はまた後にしよう」
「いえ、大丈夫です」
敵とも味方とも判断しかねる相手一人を残すというのは気掛かりだ。魔術を仕掛けておくにも距離が近すぎる。
「その警戒心は頼もしいが、私がその気なら既に殺しているし、場所の警護も充分だ。安心しろ」
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