ダンシング・オン・ブラッディ

鍵谷 雷

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第2章

6話

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「そうか、よく決めてくれた! 吸血鬼の平和のために頼んだよ」

 エスヴェンドは嬉しそうに立ち上がる。ディレイザは後ろに控える部下に何かを告げている。
 セレスタ、リュシール、ヴェスピレーネ、ラミルカの四名はエスヴェンドの部下から手のひら程の大きさの玉を受け取った。薄い赤色でガラスのような質感だがはっきりとした素材は分からない。コウモリより質の良い連絡手段とで、使うときは手に持って話しかければいいとだけ説明された。

 ヴァルドーは館に泊まるよう勧めたが、ディレイザは娘二人を残して帰ってしまう。エスヴェンドは折角だからと泊っていった。
 出発の準備のため部屋に戻ろうとしたところでヴェスピレーネに呼び止められる。

「リュシールとセレスタだったな。出発は二日後の日暮れとしよう。構わないか?」

 二人は顔を見合わせた後首を縦に振る。

「うむ、よろしく頼む」


 翌日、リュシールはセレスタを連れて血を保管している部屋へと向かった。

「あった、これだ」

 赤い錠剤のようなものを持ちだした。

「……これは?」
「ディミロフが自分を売り込むのに使ったもの。血液を固形化したものだよ。ディミロフがいない今お父様しか製法を知らない。ナイショだよ」
「二人だけの秘密ってことね」
「なんかいいね、そういうの」

 いくつか取り出して巾着袋に詰め込む。それをセレスタに手渡すとその袋をもう一つ作る。手早く済ませてセレスタの部屋へ戻る。

「外套に固形血液……こんなもんで大丈夫かな」
「お金は? ナイフは? 寝袋もあると便利よ」
「人間ってそんな大荷物で旅するの? そういえば最初に見たときも大荷物背負ってたね」
「人にもよるけどこんなものよ。血で何かを創り出せないし」
「大丈夫、セリィにもできるようになるよ」
「……ありがとう」

 すると、ノック音が聞こえる。エレッタだろう。

「失礼します。ヴェスピレーネ様がお探しです」
「この部屋に呼んであげて」
「承知しました」

 少し経つとヴェスピレーネが「失礼する」と言って入ってくる。後ろにはラミルカも一緒だ。

「協力して動くにあたり、二人の能力を知っておきたい。軽く手合わせ願えないだろうか」
「リューが良ければ」
「うん、良いよ。外と中どっちがいい?」
「中? 訓練場でもあるのか?」
「そんな大それたものじゃないよ」

 四人は広い正方形の部屋にやってきた。かつて、ジュラルドと黒衣の剣士ヘリオットが死闘を繰り広げた部屋だ。

「ふむ、動き回るには十分だ」
「どういう感じで進める?」
「そうだな、魔術師の動きを見ておきたい。セレスタ、ラミルカと戦ってもらえるか」
「姉様、上手くやったら褒めてくれる?」
「ああ」

 セレスタとラミルカは部屋の中央あたりである程度の距離をとって向かい合う。
 リュシールは入り口付近で指を鳴らす。赤いソファが現れる。それに腰掛け、ヴェスピレーネに隣を勧める。

「どうぞ」
「感謝する」

 ヴェスピレーネはゆっくりと座ると、二人にいつ始めてもいいと伝える。
 姉の声を聞き、真っ先にラミルカが殴りかかる。単調な攻撃だが王族に恥じないスピードだ。威力も相当のものだろう。しかし、一直線なので横に逸れるだけで回避できる。

「お互いにいきなり手の内は見せないっぽいですね」
「……そうだな。この際だ、はっきりと聞こう。彼女は強いのか?」
「強いですよ」

 その後の連続攻撃を避けきれずセレスタが吹き飛ぶ。さらに追撃で蹴りを放った。しかし、セレスタはその足を掴んで投げ飛ばした。身体強化トゥール・ラスカを使用していたのだ。

「動きが変わったな」
「あれが魔術です」
「……なるほど。ラミルカ、能力を使え!」

 「はい!」という元気な返事と同時に彼女は自らの指の血を床に落とす。すると、その血から真っ黒な人型の何かが出現する。赤い眼が開き、コウモリのような羽を広げ襲いかかる。

炎の握撃エル・デガート

 セレスタの右腕を包むように炎が現れる。それは巨大な腕となり、黒い何かを握り潰す。

「ほう、あれを一撃か。だが……」

 背後を取っていたラミルカは近づきながら指の先の血を飛ばそうとする。セレスタは驚いた表情で振り返る。

「そこまで!」

 リュシールはソファから立ち上がり大声を出す。戦っていた二人はそちらを向く。ヴェスピレーネも立ち上がる。

「確かにラミルカの勝ちだが、過保護ではないか? あれにも殺さないくらいの加減はできる」

 リュシールはそれを無視して二人の方へと歩き始めた。

「お疲れ様、セリィ」
「ありがとう、リュー」
「事を飲み込めてない人達に続きを見せてあげたら?」
「そうね」

 セレスタが指を鳴らす。セレスタとラミルカの中間くらいの場所で細い糸のようなものが無数に光る。もう一度鳴らすと、今度は光る糸の下から炎が立ち昇る。最後に左手に貯めていた光の魔術を明後日の方向へ空撃ちする。部屋が壊れないように威力を弱めたが、直前の魔力量で本当の威力は分かってもらえるだろう。
 ラミルカは落ちるようにゆっくりと座り込み、ヴェスピレーネは拍手を送る。

「これが”光”の魔術師か。やはり油断ならない存在のようだ」
「姉さま……」
「成長したなラミルカ。良い試合だった」

 ラミルカは先程までと打って変わって明るい顔になる。
 セレスタはいつの間にかソファでくつろいでいた。微笑を浮かべながらリュシールは一歩前へ出る。

「さてヴェスピレーネさん、わたしたちもやりますか」
「こちらから頼んでおいてすまないが、少し用事を思い出した。部屋に戻らせてもらう」

 姉妹は部屋を出ていく。

「セリィ、あの二人どう思う?」
「悪い人だと言うつもりはないけど、今回の遠征とは別の何かを考えてそうだとは思ってる」
「そう思ってて良かった。油断しないでね。この館内であからさまに仕掛けてくることはないだろうけど、外へ出たらわたし以外に味方はいないんだから」
「リューがいてくれるんでしょ」

 リュシールはセレスタの指を甘噛みする。少しして牙を立てる。

「痛っ……」
「……茶化したから罰」

 セレスタは内心ご褒美だと思いながら指を離さないリュシールを引っ張って自室へと戻る。
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