35 / 76
第2章
6話
しおりを挟む
「そうか、よく決めてくれた! 吸血鬼の平和のために頼んだよ」
エスヴェンドは嬉しそうに立ち上がる。ディレイザは後ろに控える部下に何かを告げている。
セレスタ、リュシール、ヴェスピレーネ、ラミルカの四名はエスヴェンドの部下から手のひら程の大きさの玉を受け取った。薄い赤色でガラスのような質感だがはっきりとした素材は分からない。コウモリより質の良い連絡手段とで、使うときは手に持って話しかければいいとだけ説明された。
ヴァルドーは館に泊まるよう勧めたが、ディレイザは娘二人を残して帰ってしまう。エスヴェンドは折角だからと泊っていった。
出発の準備のため部屋に戻ろうとしたところでヴェスピレーネに呼び止められる。
「リュシールとセレスタだったな。出発は二日後の日暮れとしよう。構わないか?」
二人は顔を見合わせた後首を縦に振る。
「うむ、よろしく頼む」
翌日、リュシールはセレスタを連れて血を保管している部屋へと向かった。
「あった、これだ」
赤い錠剤のようなものを持ちだした。
「……これは?」
「ディミロフが自分を売り込むのに使ったもの。血液を固形化したものだよ。ディミロフがいない今お父様しか製法を知らない。ナイショだよ」
「二人だけの秘密ってことね」
「なんかいいね、そういうの」
いくつか取り出して巾着袋に詰め込む。それをセレスタに手渡すとその袋をもう一つ作る。手早く済ませてセレスタの部屋へ戻る。
「外套に固形血液……こんなもんで大丈夫かな」
「お金は? ナイフは? 寝袋もあると便利よ」
「人間ってそんな大荷物で旅するの? そういえば最初に見たときも大荷物背負ってたね」
「人にもよるけどこんなものよ。血で何かを創り出せないし」
「大丈夫、セリィにもできるようになるよ」
「……ありがとう」
すると、ノック音が聞こえる。エレッタだろう。
「失礼します。ヴェスピレーネ様がお探しです」
「この部屋に呼んであげて」
「承知しました」
少し経つとヴェスピレーネが「失礼する」と言って入ってくる。後ろにはラミルカも一緒だ。
「協力して動くにあたり、二人の能力を知っておきたい。軽く手合わせ願えないだろうか」
「リューが良ければ」
「うん、良いよ。外と中どっちがいい?」
「中? 訓練場でもあるのか?」
「そんな大それたものじゃないよ」
四人は広い正方形の部屋にやってきた。かつて、ジュラルドと黒衣の剣士ヘリオットが死闘を繰り広げた部屋だ。
「ふむ、動き回るには十分だ」
「どういう感じで進める?」
「そうだな、魔術師の動きを見ておきたい。セレスタ、ラミルカと戦ってもらえるか」
「姉様、上手くやったら褒めてくれる?」
「ああ」
セレスタとラミルカは部屋の中央あたりである程度の距離をとって向かい合う。
リュシールは入り口付近で指を鳴らす。赤いソファが現れる。それに腰掛け、ヴェスピレーネに隣を勧める。
「どうぞ」
「感謝する」
ヴェスピレーネはゆっくりと座ると、二人にいつ始めてもいいと伝える。
姉の声を聞き、真っ先にラミルカが殴りかかる。単調な攻撃だが王族に恥じないスピードだ。威力も相当のものだろう。しかし、一直線なので横に逸れるだけで回避できる。
「お互いにいきなり手の内は見せないっぽいですね」
「……そうだな。この際だ、はっきりと聞こう。彼女は強いのか?」
「強いですよ」
その後の連続攻撃を避けきれずセレスタが吹き飛ぶ。さらに追撃で蹴りを放った。しかし、セレスタはその足を掴んで投げ飛ばした。身体強化を使用していたのだ。
「動きが変わったな」
「あれが魔術です」
「……なるほど。ラミルカ、能力を使え!」
「はい!」という元気な返事と同時に彼女は自らの指の血を床に落とす。すると、その血から真っ黒な人型の何かが出現する。赤い眼が開き、コウモリのような羽を広げ襲いかかる。
「炎の握撃」
セレスタの右腕を包むように炎が現れる。それは巨大な腕となり、黒い何かを握り潰す。
「ほう、あれを一撃か。だが……」
背後を取っていたラミルカは近づきながら指の先の血を飛ばそうとする。セレスタは驚いた表情で振り返る。
「そこまで!」
リュシールはソファから立ち上がり大声を出す。戦っていた二人はそちらを向く。ヴェスピレーネも立ち上がる。
「確かにラミルカの勝ちだが、過保護ではないか? あれにも殺さないくらいの加減はできる」
リュシールはそれを無視して二人の方へと歩き始めた。
「お疲れ様、セリィ」
「ありがとう、リュー」
「事を飲み込めてない人達に続きを見せてあげたら?」
「そうね」
セレスタが指を鳴らす。セレスタとラミルカの中間くらいの場所で細い糸のようなものが無数に光る。もう一度鳴らすと、今度は光る糸の下から炎が立ち昇る。最後に左手に貯めていた光の魔術を明後日の方向へ空撃ちする。部屋が壊れないように威力を弱めたが、直前の魔力量で本当の威力は分かってもらえるだろう。
ラミルカは落ちるようにゆっくりと座り込み、ヴェスピレーネは拍手を送る。
「これが”光”の魔術師か。やはり油断ならない存在のようだ」
「姉さま……」
「成長したなラミルカ。良い試合だった」
ラミルカは先程までと打って変わって明るい顔になる。
セレスタはいつの間にかソファでくつろいでいた。微笑を浮かべながらリュシールは一歩前へ出る。
「さてヴェスピレーネさん、わたしたちもやりますか」
「こちらから頼んでおいてすまないが、少し用事を思い出した。部屋に戻らせてもらう」
姉妹は部屋を出ていく。
「セリィ、あの二人どう思う?」
「悪い人だと言うつもりはないけど、今回の遠征とは別の何かを考えてそうだとは思ってる」
「そう思ってて良かった。油断しないでね。この館内であからさまに仕掛けてくることはないだろうけど、外へ出たらわたし以外に味方はいないんだから」
「リューがいてくれるんでしょ」
リュシールはセレスタの指を甘噛みする。少しして牙を立てる。
「痛っ……」
「……茶化したから罰」
セレスタは内心ご褒美だと思いながら指を離さないリュシールを引っ張って自室へと戻る。
エスヴェンドは嬉しそうに立ち上がる。ディレイザは後ろに控える部下に何かを告げている。
セレスタ、リュシール、ヴェスピレーネ、ラミルカの四名はエスヴェンドの部下から手のひら程の大きさの玉を受け取った。薄い赤色でガラスのような質感だがはっきりとした素材は分からない。コウモリより質の良い連絡手段とで、使うときは手に持って話しかければいいとだけ説明された。
ヴァルドーは館に泊まるよう勧めたが、ディレイザは娘二人を残して帰ってしまう。エスヴェンドは折角だからと泊っていった。
出発の準備のため部屋に戻ろうとしたところでヴェスピレーネに呼び止められる。
「リュシールとセレスタだったな。出発は二日後の日暮れとしよう。構わないか?」
二人は顔を見合わせた後首を縦に振る。
「うむ、よろしく頼む」
翌日、リュシールはセレスタを連れて血を保管している部屋へと向かった。
「あった、これだ」
赤い錠剤のようなものを持ちだした。
「……これは?」
「ディミロフが自分を売り込むのに使ったもの。血液を固形化したものだよ。ディミロフがいない今お父様しか製法を知らない。ナイショだよ」
「二人だけの秘密ってことね」
「なんかいいね、そういうの」
いくつか取り出して巾着袋に詰め込む。それをセレスタに手渡すとその袋をもう一つ作る。手早く済ませてセレスタの部屋へ戻る。
「外套に固形血液……こんなもんで大丈夫かな」
「お金は? ナイフは? 寝袋もあると便利よ」
「人間ってそんな大荷物で旅するの? そういえば最初に見たときも大荷物背負ってたね」
「人にもよるけどこんなものよ。血で何かを創り出せないし」
「大丈夫、セリィにもできるようになるよ」
「……ありがとう」
すると、ノック音が聞こえる。エレッタだろう。
「失礼します。ヴェスピレーネ様がお探しです」
「この部屋に呼んであげて」
「承知しました」
少し経つとヴェスピレーネが「失礼する」と言って入ってくる。後ろにはラミルカも一緒だ。
「協力して動くにあたり、二人の能力を知っておきたい。軽く手合わせ願えないだろうか」
「リューが良ければ」
「うん、良いよ。外と中どっちがいい?」
「中? 訓練場でもあるのか?」
「そんな大それたものじゃないよ」
四人は広い正方形の部屋にやってきた。かつて、ジュラルドと黒衣の剣士ヘリオットが死闘を繰り広げた部屋だ。
「ふむ、動き回るには十分だ」
「どういう感じで進める?」
「そうだな、魔術師の動きを見ておきたい。セレスタ、ラミルカと戦ってもらえるか」
「姉様、上手くやったら褒めてくれる?」
「ああ」
セレスタとラミルカは部屋の中央あたりである程度の距離をとって向かい合う。
リュシールは入り口付近で指を鳴らす。赤いソファが現れる。それに腰掛け、ヴェスピレーネに隣を勧める。
「どうぞ」
「感謝する」
ヴェスピレーネはゆっくりと座ると、二人にいつ始めてもいいと伝える。
姉の声を聞き、真っ先にラミルカが殴りかかる。単調な攻撃だが王族に恥じないスピードだ。威力も相当のものだろう。しかし、一直線なので横に逸れるだけで回避できる。
「お互いにいきなり手の内は見せないっぽいですね」
「……そうだな。この際だ、はっきりと聞こう。彼女は強いのか?」
「強いですよ」
その後の連続攻撃を避けきれずセレスタが吹き飛ぶ。さらに追撃で蹴りを放った。しかし、セレスタはその足を掴んで投げ飛ばした。身体強化を使用していたのだ。
「動きが変わったな」
「あれが魔術です」
「……なるほど。ラミルカ、能力を使え!」
「はい!」という元気な返事と同時に彼女は自らの指の血を床に落とす。すると、その血から真っ黒な人型の何かが出現する。赤い眼が開き、コウモリのような羽を広げ襲いかかる。
「炎の握撃」
セレスタの右腕を包むように炎が現れる。それは巨大な腕となり、黒い何かを握り潰す。
「ほう、あれを一撃か。だが……」
背後を取っていたラミルカは近づきながら指の先の血を飛ばそうとする。セレスタは驚いた表情で振り返る。
「そこまで!」
リュシールはソファから立ち上がり大声を出す。戦っていた二人はそちらを向く。ヴェスピレーネも立ち上がる。
「確かにラミルカの勝ちだが、過保護ではないか? あれにも殺さないくらいの加減はできる」
リュシールはそれを無視して二人の方へと歩き始めた。
「お疲れ様、セリィ」
「ありがとう、リュー」
「事を飲み込めてない人達に続きを見せてあげたら?」
「そうね」
セレスタが指を鳴らす。セレスタとラミルカの中間くらいの場所で細い糸のようなものが無数に光る。もう一度鳴らすと、今度は光る糸の下から炎が立ち昇る。最後に左手に貯めていた光の魔術を明後日の方向へ空撃ちする。部屋が壊れないように威力を弱めたが、直前の魔力量で本当の威力は分かってもらえるだろう。
ラミルカは落ちるようにゆっくりと座り込み、ヴェスピレーネは拍手を送る。
「これが”光”の魔術師か。やはり油断ならない存在のようだ」
「姉さま……」
「成長したなラミルカ。良い試合だった」
ラミルカは先程までと打って変わって明るい顔になる。
セレスタはいつの間にかソファでくつろいでいた。微笑を浮かべながらリュシールは一歩前へ出る。
「さてヴェスピレーネさん、わたしたちもやりますか」
「こちらから頼んでおいてすまないが、少し用事を思い出した。部屋に戻らせてもらう」
姉妹は部屋を出ていく。
「セリィ、あの二人どう思う?」
「悪い人だと言うつもりはないけど、今回の遠征とは別の何かを考えてそうだとは思ってる」
「そう思ってて良かった。油断しないでね。この館内であからさまに仕掛けてくることはないだろうけど、外へ出たらわたし以外に味方はいないんだから」
「リューがいてくれるんでしょ」
リュシールはセレスタの指を甘噛みする。少しして牙を立てる。
「痛っ……」
「……茶化したから罰」
セレスタは内心ご褒美だと思いながら指を離さないリュシールを引っ張って自室へと戻る。
0
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する
美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」
御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。
ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。
✳︎不定期更新です。
21/12/17 1巻発売!
22/05/25 2巻発売!
コミカライズ決定!
20/11/19 HOTランキング1位
ありがとうございます!


調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜
EAT
ファンタジー
「どうしてこうなった?」
優れた血統、高貴な家柄、天賦の才能────生まれときから勝ち組の人生により調子に乗りまくっていた侯爵家嫡男クレイム・ブラッドレイは殺された。
傍から見ればそれは当然の報いであり、殺されて当然な悪逆非道の限りを彼は尽くしてきた。しかし、彼はなぜ自分が殺されなければならないのか理解できなかった。そして、死ぬ間際にてその答えにたどり着く。簡単な話だ………信頼し、友と思っていた人間に騙されていたのである。
そうして誰もにも助けてもらえずに彼は一生を終えた。意識が薄れゆく最中でクレイムは思う。「願うことならば今度の人生は平穏に過ごしたい」と「決して調子に乗らず、謙虚に慎ましく穏やかな自制生活を送ろう」と。
次に目が覚めればまた新しい人生が始まると思っていたクレイムであったが、目覚めてみればそれは10年前の少年時代であった。
最初はどういうことか理解が追いつかなかったが、また同じ未来を繰り返すのかと絶望さえしたが、同時にそれはクレイムにとって悪い話ではなかった。「同じ轍は踏まない。今度は全てを投げ出して平穏なスローライフを送るんだ!」と目標を定め、もう一度人生をやり直すことを決意する。
しかし、運命がそれを許さない。
一度目の人生では考えられないほどの苦難と試練が真人間へと更生したクレイムに次々と降りかかる。果たしてクレイムは本当にのんびり平穏なスローライフを遅れるのだろうか?
※他サイトにも掲載中
ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス
於田縫紀
ファンタジー
雨宿りで立ち寄った神社の神様に境遇を同情され、私は異世界へと転移。
場所は山の中で周囲に村等の気配はない。あるのは木と草と崖、土と空気だけ。でもこれでいい。私は他人が怖いから。
誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!
ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく
高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。
高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。
しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。
召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる