34 / 76
第2章
5話
しおりを挟む
二人の王が館の中に入ってきたのが分かる。リュシールの部屋で二人は待機していた。
「ここからじゃ何も聴こえないね」
「リューは他の王に会ったことがあるの?」
「無いよ。この館の吸血鬼以外に会ったことが無いんだ」
セレスタは吸血鬼の社会について学んだ。吸血鬼の王という存在についてもヴァルドーから聞いた。
かつて、吸血鬼同士の争いが絶えなかった頃、先頭を切ったものや的確な指揮を取ったもの達が元だと言われている。やがて吸血鬼が異種族との戦いを強いられることとなり、同種での争いは減少していった。それぞれの土地を決め、そこを治める存在となった。その者たちが王であるが、吸血鬼同士も異種族との戦いも無いため現在における王の存在は当時ほど大きな役割を持たないそうだ。
「ねえ、吸血鬼の世界では何が王を王たらしめるの?」
少し意地悪な質問だと思ったうえで、王族であるリュシールに訊いてみる。
「……うーん、力とか人望とか?」
少し前までこの森だけが世界の全てだった彼女にしてみれば、よく分からないのも無理はない。ヴァルドーもリュシールに対して、王族としての教育を積極的に行っていないようだった。そもそも、この父娘はこの館に移ったときから王族として生きていないのかもしれない。
「ねえ……」
リュシールが声をかけようした瞬間、ベランダに気配がする。二人がベッドから降りたと同時に、窓ガラスが割れた。
「あたし登場!!」
ガラスを突き破った不審者の正体は少女だった。それが当たり前だというように、元気よく部屋に飛び込んでくる。
「下で喋ってる人たちのお連れかな?」
「そうよ、退屈だったからこっちに来てみたの!」
「人の部屋をメチャクチャにして何が目的かな?」
「あたしは……」
部屋の外からドタバタと足音が聞こえる。エレッタだろう。
「お嬢様! 無事ですか!?」
「大丈夫だよ」
と答えて、不審な少女の方に向き直ると女性が少女の襟を掴んで持ち上げていた。セレスタやリュシールよりも頭一つ分くらい背が高い。
「ヴェス姉さま!」
ヴェスと呼ばれた女性は少女を穴の開いたガラスへと投げる。少女の声がだんだんと遠くなる。
「我が愚妹が迷惑をかけた。部屋の修繕はこちらが責任を持って行わせてもらう」
女性は深々と頭を下げた。丁寧だが用意された原稿を淡々と読んでいるような喋り方だ。
「他に何かあれば私、ヴェスピレーネ・エールフロスへといつでも伝えてほしい」
エールフロス、王族の姓だ。ここからそう遠くない地の領主がディレイザ・エールフロスという名であることをリュシールは知っていた。同時に彼の親族であろうということも予想できる。
ヴェスピレーネは下階へと戻ろうとする際に二人もともに来るように言った。確認するようにエレッタの方を見ると仕方がないという表情で小さく頷く。話し合いは良い方向には進んでいないのだろう。
「お父様、案の定ラミルカでした」
「途中で飽きて戻ったかと思っていたんだがな……。迷惑をかけたなヴァルドーの娘」
ディレイザがリュシールの方に目をやる。リュシールはハッとしたように姿勢を正す。
「お初お目にかかります。ヴァルドー・パールバートの娘リュシール・エルディラ・ソート・ヴァン・パールバートです。以後お見知りおきを……」
リュシールが明らかに不慣れな挨拶をする。セレスタは自身の肩書きがよく分からないため、名前だけ名乗っておく。エスヴェンドとディレイザも立ち上がり名乗る。王というに相応しい所作だった。
着席したディレイザが親娘を見比べる。
「お前よりルミナリュエ様に似ているな」
「私もそう思ったよ。じゃあ、その隣の娘が"光"持ちの新人吸血鬼かな」
エスヴェンドはセレスタに対して目を向ける。柔らかな物腰だが、好印象を持たれているというわけではなさそうだ。
「屍の王との戦いは見せてもらったよ。"光"は英雄の素質と言われるだけはある。だけど、同時に扱いきれていないのも一目で分かった」
ネクロゲイザーとの戦いはコウモリによって視られていたのだと気がつく。オフィリアたち観測者の仕業だろう。彼女らは特定の王に付かず、吸血鬼に関する出来事を記録しているという。それらの情報は観測者たちの間だけでなく、他の吸血鬼にも公開されていると推測できる。
「さて、二人を呼び出した用件だけど……。ヴァルドー君、僕から話してもいいかな?」
「……はい」
エスヴェンドはここまでの会議の内容を簡潔に伝えた。先程の姉妹とともにウェネステル皇国という国の偵察をしろということらしい。
眉をひそめたリュシールが口を開く。
「事の重要さは理解しました。しかし、わざわざ王族が出向くような案件でしょうか? お二方程の王ならば我々のような若輩者に任せずとも優秀な部下がいるのでは?」
「君たちに"人間の血が入っている"からだよ。闇の住人だと気づかれにくいだろう? ディレイザ君の娘にも同行を頼むと言ったけど、実際に皇国内部に入り込むのが可能なのは二人だけかもしれない」
ヴァルドーが二人の方を見る。冷静な表情と口調で言い聞かせるように
「嫌なら断っても構わん。セレスタ、お前の身体のことは我々だけでも何とかしよう」
と告げる。
ディレイザが大きく息を吐く。自分の娘を敵地に送ることに対してではなく、ヴァルドーの発言に対してだというのは明らかだった。エスヴェンドはにこやかに座っている。
リュシールがセレスタの方を窺う。
「行きます」
セレスタの堂々とした声が広間の空気を変えた。
「ここからじゃ何も聴こえないね」
「リューは他の王に会ったことがあるの?」
「無いよ。この館の吸血鬼以外に会ったことが無いんだ」
セレスタは吸血鬼の社会について学んだ。吸血鬼の王という存在についてもヴァルドーから聞いた。
かつて、吸血鬼同士の争いが絶えなかった頃、先頭を切ったものや的確な指揮を取ったもの達が元だと言われている。やがて吸血鬼が異種族との戦いを強いられることとなり、同種での争いは減少していった。それぞれの土地を決め、そこを治める存在となった。その者たちが王であるが、吸血鬼同士も異種族との戦いも無いため現在における王の存在は当時ほど大きな役割を持たないそうだ。
「ねえ、吸血鬼の世界では何が王を王たらしめるの?」
少し意地悪な質問だと思ったうえで、王族であるリュシールに訊いてみる。
「……うーん、力とか人望とか?」
少し前までこの森だけが世界の全てだった彼女にしてみれば、よく分からないのも無理はない。ヴァルドーもリュシールに対して、王族としての教育を積極的に行っていないようだった。そもそも、この父娘はこの館に移ったときから王族として生きていないのかもしれない。
「ねえ……」
リュシールが声をかけようした瞬間、ベランダに気配がする。二人がベッドから降りたと同時に、窓ガラスが割れた。
「あたし登場!!」
ガラスを突き破った不審者の正体は少女だった。それが当たり前だというように、元気よく部屋に飛び込んでくる。
「下で喋ってる人たちのお連れかな?」
「そうよ、退屈だったからこっちに来てみたの!」
「人の部屋をメチャクチャにして何が目的かな?」
「あたしは……」
部屋の外からドタバタと足音が聞こえる。エレッタだろう。
「お嬢様! 無事ですか!?」
「大丈夫だよ」
と答えて、不審な少女の方に向き直ると女性が少女の襟を掴んで持ち上げていた。セレスタやリュシールよりも頭一つ分くらい背が高い。
「ヴェス姉さま!」
ヴェスと呼ばれた女性は少女を穴の開いたガラスへと投げる。少女の声がだんだんと遠くなる。
「我が愚妹が迷惑をかけた。部屋の修繕はこちらが責任を持って行わせてもらう」
女性は深々と頭を下げた。丁寧だが用意された原稿を淡々と読んでいるような喋り方だ。
「他に何かあれば私、ヴェスピレーネ・エールフロスへといつでも伝えてほしい」
エールフロス、王族の姓だ。ここからそう遠くない地の領主がディレイザ・エールフロスという名であることをリュシールは知っていた。同時に彼の親族であろうということも予想できる。
ヴェスピレーネは下階へと戻ろうとする際に二人もともに来るように言った。確認するようにエレッタの方を見ると仕方がないという表情で小さく頷く。話し合いは良い方向には進んでいないのだろう。
「お父様、案の定ラミルカでした」
「途中で飽きて戻ったかと思っていたんだがな……。迷惑をかけたなヴァルドーの娘」
ディレイザがリュシールの方に目をやる。リュシールはハッとしたように姿勢を正す。
「お初お目にかかります。ヴァルドー・パールバートの娘リュシール・エルディラ・ソート・ヴァン・パールバートです。以後お見知りおきを……」
リュシールが明らかに不慣れな挨拶をする。セレスタは自身の肩書きがよく分からないため、名前だけ名乗っておく。エスヴェンドとディレイザも立ち上がり名乗る。王というに相応しい所作だった。
着席したディレイザが親娘を見比べる。
「お前よりルミナリュエ様に似ているな」
「私もそう思ったよ。じゃあ、その隣の娘が"光"持ちの新人吸血鬼かな」
エスヴェンドはセレスタに対して目を向ける。柔らかな物腰だが、好印象を持たれているというわけではなさそうだ。
「屍の王との戦いは見せてもらったよ。"光"は英雄の素質と言われるだけはある。だけど、同時に扱いきれていないのも一目で分かった」
ネクロゲイザーとの戦いはコウモリによって視られていたのだと気がつく。オフィリアたち観測者の仕業だろう。彼女らは特定の王に付かず、吸血鬼に関する出来事を記録しているという。それらの情報は観測者たちの間だけでなく、他の吸血鬼にも公開されていると推測できる。
「さて、二人を呼び出した用件だけど……。ヴァルドー君、僕から話してもいいかな?」
「……はい」
エスヴェンドはここまでの会議の内容を簡潔に伝えた。先程の姉妹とともにウェネステル皇国という国の偵察をしろということらしい。
眉をひそめたリュシールが口を開く。
「事の重要さは理解しました。しかし、わざわざ王族が出向くような案件でしょうか? お二方程の王ならば我々のような若輩者に任せずとも優秀な部下がいるのでは?」
「君たちに"人間の血が入っている"からだよ。闇の住人だと気づかれにくいだろう? ディレイザ君の娘にも同行を頼むと言ったけど、実際に皇国内部に入り込むのが可能なのは二人だけかもしれない」
ヴァルドーが二人の方を見る。冷静な表情と口調で言い聞かせるように
「嫌なら断っても構わん。セレスタ、お前の身体のことは我々だけでも何とかしよう」
と告げる。
ディレイザが大きく息を吐く。自分の娘を敵地に送ることに対してではなく、ヴァルドーの発言に対してだというのは明らかだった。エスヴェンドはにこやかに座っている。
リュシールがセレスタの方を窺う。
「行きます」
セレスタの堂々とした声が広間の空気を変えた。
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
チートも何も貰えなかったので、知力と努力だけで生き抜きたいと思います
あーる
ファンタジー
何の準備も無しに突然異世界に送り込まれてしまった山西シュウ。
チートスキルを貰えないどころか、異世界の言語さえも分からないところからのスタート。
さらに、次々と強大な敵が彼に襲い掛かる!
仕方ない、自前の知力の高さ一つで成り上がってやろうじゃないか!
〈完結〉妹に婚約者を獲られた私は実家に居ても何なので、帝都でドレスを作ります。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」テンダー・ウッドマンズ伯爵令嬢は両親から婚約者を妹に渡せ、と言われる。
了承した彼女は帝都でドレスメーカーの独立工房をやっている叔母のもとに行くことにする。
テンダーがあっさりと了承し、家を離れるのには理由があった。
それは三つ下の妹が生まれて以来の両親の扱いの差だった。
やがてテンダーは叔母のもとで服飾を学び、ついには?
100話まではヒロインのテンダー視点、幕間と101話以降は俯瞰視点となります。
200話で完結しました。
今回はあとがきは無しです。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた
杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。
なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。
婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。
勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。
「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」
その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺!
◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。
婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。
◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。
◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます!
10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる