ダンシング・オン・ブラッディ

鍵谷 雷

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第2章

5話

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 二人の王が館の中に入ってきたのが分かる。リュシールの部屋で二人は待機していた。

「ここからじゃ何も聴こえないね」
「リューは他の王に会ったことがあるの?」
「無いよ。この館の吸血鬼以外に会ったことが無いんだ」


 セレスタは吸血鬼の社会について学んだ。吸血鬼の王ヴァンパイア・ロードという存在についてもヴァルドーから聞いた。
 かつて、吸血鬼同士の争いが絶えなかった頃、先頭を切ったものや的確な指揮を取ったもの達が元だと言われている。やがて吸血鬼が異種族との戦いを強いられることとなり、同種での争いは減少していった。それぞれの土地を決め、そこを治める存在となった。その者たちが王であるが、吸血鬼同士も異種族との戦いも無いため現在における王の存在は当時ほど大きな役割を持たないそうだ。


「ねえ、吸血鬼の世界では何が王を王たらしめるの?」

 少し意地悪な質問だと思ったうえで、王族であるリュシールに訊いてみる。

「……うーん、力とか人望とか?」

 少し前までこの森だけが世界の全てだった彼女にしてみれば、よく分からないのも無理はない。ヴァルドーもリュシールに対して、王族としての教育を積極的に行っていないようだった。そもそも、この父娘はこの館に移ったときから王族として生きていないのかもしれない。

「ねえ……」

 リュシールが声をかけようした瞬間、ベランダに気配がする。二人がベッドから降りたと同時に、窓ガラスが割れた。

「あたし登場!!」

 ガラスを突き破った不審者の正体は少女だった。それが当たり前だというように、元気よく部屋に飛び込んでくる。

「下で喋ってる人たちのお連れかな?」
「そうよ、退屈だったからこっちに来てみたの!」
「人の部屋をメチャクチャにして何が目的かな?」
「あたしは……」

 部屋の外からドタバタと足音が聞こえる。エレッタだろう。

「お嬢様! 無事ですか!?」
「大丈夫だよ」

 と答えて、不審な少女の方に向き直ると女性が少女の襟を掴んで持ち上げていた。セレスタやリュシールよりも頭一つ分くらい背が高い。

「ヴェス姉さま!」

 ヴェスと呼ばれた女性は少女を穴の開いたガラスへと投げる。少女の声がだんだんと遠くなる。

「我が愚妹が迷惑をかけた。部屋の修繕はこちらが責任を持って行わせてもらう」

 女性は深々と頭を下げた。丁寧だが用意された原稿を淡々と読んでいるような喋り方だ。

「他に何かあれば私、ヴェスピレーネ・エールフロスへといつでも伝えてほしい」

 エールフロス、王族の姓だ。ここからそう遠くない地の領主がディレイザ・エールフロスという名であることをリュシールは知っていた。同時に彼の親族であろうということも予想できる。
 ヴェスピレーネは下階へと戻ろうとする際に二人もともに来るように言った。確認するようにエレッタの方を見ると仕方がないという表情で小さく頷く。話し合いは良い方向には進んでいないのだろう。



「お父様、案の定ラミルカでした」
「途中で飽きて戻ったかと思っていたんだがな……。迷惑をかけたなヴァルドーの娘」

 ディレイザがリュシールの方に目をやる。リュシールはハッとしたように姿勢を正す。

「お初お目にかかります。ヴァルドー・パールバートの娘リュシール・エルディラ・ソート・ヴァン・パールバートです。以後お見知りおきを……」

 リュシールが明らかに不慣れな挨拶をする。セレスタは自身の肩書きがよく分からないため、名前だけ名乗っておく。エスヴェンドとディレイザも立ち上がり名乗る。王というに相応しい所作だった。
 着席したディレイザが親娘を見比べる。

「お前よりルミナリュエ様に似ているな」
「私もそう思ったよ。じゃあ、その隣の娘が"光"持ちの新人吸血鬼かな」

 エスヴェンドはセレスタに対して目を向ける。柔らかな物腰だが、好印象を持たれているというわけではなさそうだ。

「屍の王との戦いは見せてもらったよ。"光"は英雄の素質と言われるだけはある。だけど、同時に扱いきれていないのも一目で分かった」

 ネクロゲイザーとの戦いはコウモリによって視られていたのだと気がつく。オフィリアたち観測者テュラムの仕業だろう。彼女らは特定の王に付かず、吸血鬼に関する出来事を記録しているという。それらの情報は観測者たちの間だけでなく、他の吸血鬼にも公開されていると推測できる。

「さて、二人を呼び出した用件だけど……。ヴァルドー君、僕から話してもいいかな?」
「……はい」

 エスヴェンドはここまでの会議の内容を簡潔に伝えた。先程の姉妹とともにウェネステル皇国という国の偵察をしろということらしい。
 眉をひそめたリュシールが口を開く。

「事の重要さは理解しました。しかし、わざわざ王族が出向くような案件でしょうか? お二方程の王ならば我々のような若輩者に任せずとも優秀な部下がいるのでは?」
「君たちに"人間の血が入っている"からだよ。闇の住人だと気づかれにくいだろう? ディレイザ君の娘にも同行を頼むと言ったけど、実際に皇国内部に入り込むのが可能なのは二人だけかもしれない」

 ヴァルドーが二人の方を見る。冷静な表情と口調で言い聞かせるように

「嫌なら断っても構わん。セレスタ、お前の身体のことは我々だけでも何とかしよう」

と告げる。
 ディレイザが大きく息を吐く。自分の娘を敵地に送ることに対してではなく、ヴァルドーの発言に対してだというのは明らかだった。エスヴェンドはにこやかに座っている。
 リュシールがセレスタの方を窺う。

「行きます」

 セレスタの堂々とした声が広間の空気を変えた。
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