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始まった侵略

4.2度目のダンジョンへ

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4.



「さ、ダンジョンへもぐろーかっ」

「ちょい待ち」



 所変わって、建物の外。
 瘴気とやらを浄化し、明日の死を防ぐために俺たちはもう一度ダンジョンへと足を踏み入れる事になった。
 ……なったの、だが。



「なぁに? おトイレ?」

「いや、足が痛い」



 右足首、ぐるんぐるんと包帯が巻かれている部位を見る。

 ベッドから立ち上がる時は問題なかったのだが、歩いているうちに少しずつ痛みが強くなり、外に出てからダンジョンの入り口とやらに来るまでの道のりで、もう普通には歩けなくなっていた。

 左足に重心をかけつつ、そろそろと歩いている感じである。
 これじゃ、森の中なんて危なすぎる。
 魔物が出なくても、道が悪すぎて途中で歩行不能になるかもしれない。



「我慢できない感じ?」



 ハルはしゃがんで俺の右足首を軽く掴むと、徐々に握力を強めていく。
 むぎゅうっ、と。



「どう?」

「痛いっす」

「むー」

 

 むむむむーんと唸る。
 何か色々と詳しいハルからしても、ここは悩みどころのようだ。
 


「つっても、行かないとまずいしなぁ……」



 しばらく休憩、もしくは明日になってからでもいいと思ったが、それは無理だ。
 明日には瘴気の効果で死んでしまうというのだから。

 もっとも、俺は瘴気に当てられたなんて、まだ信じていないけれど……万が一、という事がある。
 行動しないで死ぬよりかはマシな選択肢を選んだつもりだ。



「……んー。あそこ、使うしかないかなぁ」

「アソコ?」

「あんね、怪我とか、この程度のものなら治してくれちゃう泉があるだんだぁね」

「なにそれ、魔法みたい」

「魔法というより、魔力の補強で再生させるようなモノだよ。
 魔力を含んだ水がいっぱい流れとる」



 ああー。
 そう言えば、人間にも多少の魔力が備わっているって言ってたっけ。
 
 それを補強すれば怪我まで回復させてしまうのか……。便利だな、異世界。



「じゃ、さっさとそこに行こう。この状態じゃ。さすがに森はキツいしな」

「まあ、その泉もダンジョンの中なんだけどねー」



 だと思った。
 予想はしてた。
 そんな凄そうなの、近くにあったら先に寄ってるはずだし。



「その泉の位置分かるん?」



 ハルはまだ足首をふにふにと触っている。

 おててすべすべ。
 でも痛い。やめて欲しい。
 でもすべすべ。
 でも痛い。
 しかしすべすべ。



「分からんよ~、一旦ダンジョンに入ってみないと、あるかどうかすら」

「ほーん」



 足首の新感触に悶えつつ、俺はポケットに閉まったスマホからCoocle・ごーを起動させる。
 軽快な音楽と共に起動したソレは、徐々に画面へマップを展開していく。
 このワクワク感は、実際に手に取ったものでないと分かるまい。



(……ん?)



 すぐに違和感に気付いた。

 俺たちの現在位置。
 それを示す、先っちょの赤い三角形のシンボルマーク。
 問題は赤い印、所謂方角が示す先の状態。 



(……あれ? この森、こんなマップだったっけ)



 森の構造がおかしい。
 この場合、ダンジョンというべきか。

 ……俺たちが今立っている所、即ち入り口の表示は合っている。
 けれど、その先。
 
 マップには森の中らしく、道を示すいくつかの茶色い線がうねうねと広がっていた。
 全て、見た事のない方向へ。



(……)



 俺が倒れた時、ハルがここまで運んでくる間にそれだけの距離があったのだろうか。
 いや、ハルは女の子だ。俺をここまで運んできた以上、森の中についてはかなり詳しいのだろうが、体力には限界があるだろう。
 
 ……だとすれば、俺の記憶障害?
 この世界に来てからマップはほぼ眺めていたし、覚えてはいなくても何となく見覚えはあっていいはずなのに。



「どったん?」



 青ざめた俺の様子を確認したハルが、不思議そうに問いかけてくる。



「あのさ。もしかしたら、俺マジで瘴気とやらに当たったのかもしれん」

「どゆこと?」

「忘れてるんだよ、森の構造。何となくですら思い出せない……」



 ハルにスマホの画面を見せる。
 


「……なあに、これ」



 くんくんくん。
 ……臭いを嗅いでいた。



「むしゅー」



 満足したのか、嗅ぐのをやめた。
 と思えば、次は端末の淵に恐る恐る人差し指を近付けていく。 

 ちょんっ。ちょんっ。ちょんっ。



「かたーい」



 満足したのか、つつくのをやめた。
 と思えば、画面の方へと右人差し指を近付けていく。

 ちょんっ。ちょんっ。ちょんっ。

 ぴゅいん。 



「ひぃあぅっ!?」



 マップが拡大される。

 同時に、なんかよく分からない悲鳴を上げてハルは思いっきり後ろへ飛んだ。
 バックステップだった。
 着地失敗してこけた。



「あうっ」



 ずっしりとおしりから着地する。
 ずっしりと。
 おしりから。
 しりだけに。



「……おいおい、大丈夫か」



 ……とても空しいオヤジギャグは、何とか口に出さずに引っ込んでくれた。
 
 ハルへと片手を伸ばし、目を丸くしているところを起こす。
 起こす段階で分かる、何となくの体重。
 よんじゅう……ご、くらい?



「びびび、びっくりだよ! 動いたよ! きゅ、急に! 急にぴゅいーんてっ」



 目を丸くしながら力説する。
 俺に力説されても困る。

 つか、まるで、今初めて見たかのような反応だ。



「ひょっとして、Coocle・ごー知らないのか?」

「びび、びびっくりだよ!」

「それは分かったよ……」



 どうやらマジで知らないらしい。
 


(相当田舎って訳か……いや、そもそも世界が違うんだから、配信されてないのか?)



 忘れかけていたけれど、ここは異世界だ。
 本来Coocle・ごーが配信された意味での世界で俺は死に、別の世界へと生まれ変わった……のか転移したのかは知らないが、とりあえず次元が違うのは確かなはず。
 それならば、Coole・ごーを知らなくても不思議じゃないのかもしれない。
 そんな世界でもマップ表示できるCoocle、いず、ごっど。

 ……ともあれ、理解してないと見せても意味がないのでスマホを引っ込める。



「あー、ちょっと動いてるな」



 ハルがダブルタップ+1回したため、画面は変なところで拡大されていた。
 とりあえず、2つの指を使って画面の縮尺度を元に戻そうとする。



「……ん?」



 と、画面を捜査する手が止まった。
 
 代わりに、俺の目は釘付けになる。
 画面中央より少し上の、赤いぽっち。

 それは目的地を設定した時の印だった。
 ハルが3回タップしたから、最後のタップが機能したのだろう。



「なになに……」



 偶然何かのスポットに当たってたらしく、説明文が画面下部に表示されていた。
 Coocleは異世界にまで出張してデータを集めていたというのだろうか。謎は深まるばかりである。

 えっと、なになに。
 こんな森の中には、どんなスポットがあるのかなーっと……。



" 名称 : 軽い怪我程度なら治してくれちゃう湖 "



 ……。
 
 ……!?



" 詳細 : 魔力を含んだ水が多く流れているので、魔力の補強で軽い怪我程度なら治してくれちゃう湖 "



「は?」



 思わず6回くらい見直した。
 名称と説明文を、何度も交互に見返した。

 ……見間違え、ではない。
 更に詳細を見ると、誰が撮ったのか、ご丁寧で写真付きで載せてあった。

 なんか、すごい湖感がある。
 触ったり飲んだりしたら回復しそうな雰囲気がある。



(……そういえば、昨日も)



 俺が魔物に追われていた時。
 必死でCoocleの音声検索機能を使い、逃げ道へのルート案内を表示させる事に成功していた。

 あの時は不思議に思う間もなく気絶したから、すっかり抜け落ちていたけれど。
 


(もしや、いけるんじゃないか……?)



 そもそも、Coocleの衛星がここまで届いている事自体を不思議がるべきだった。
 いくら宇宙に飛ばしたとはいえ、世界すら違うこの場所の地図まで表示させるわけがない。
 
 けれど、今はそんなのどうだっていい。
 仕組みがどうとか、そんなの今は知らなくたって良い。

 これなら、俺が瘴気とやらにやられて記憶障害が出ようが、森の中を迷わずに進むことが出来る。
 それだけじゃない。
 Coocle・ごーの技術を使った最短ルートを確認することで、素早く目的地にだって辿り着ける。
 それなら、間に合わなくなる心配もない。



(いける……)



 ……使える。
 いけるじゃないか、ダンジョン……!!



「……ハル、時間はないんだったよな」

「びびび、びっく……どうしたの? にまにま、気持ち悪くにやけて」

「分かったんだ。湖の位置が」

「……んー? あたま、ぶったの?」

「善は急げだ。まずは湖、そんで次は浄化? できるところに行くぞ!」



 ハルの手を引く。
 問題は魔物だが、それはおっさんやハルを信じ、どうにか帰ってこれると信じよう!



「えっ、ちょっと、あんちゃん、もう少し警戒しないと――っ!」



 ……俺たちはあっさりと足を踏み込んでいった。
 二度目の、不思議なダンジョンへ。
 
 最強の、便利アイテムと共に――。


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