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カナデ・ノーリターン

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 あれから本を買い漁った後、僕はある場所へ来ていた。


 魔術協会ベガ支店――……


 大通りを抜けた先、人がごっそりと減り閑散とした場所で存在感を示す、ひたすら白く長い塔の様な場所。
 日光の当たらない入り口付近には、チラホラと怪しい黒フード達が佇んでおり、非常に気味が悪い。 


「あうー?」


 僕に手を引かれてここまでやって来た幼女は、どこまでも高い塔と入り口の黒フード達を交互に見ながら、何だコイツらと言う様に首を傾げる。

 そうだよね。何も知らないと、雰囲気だけでここまで怪しい人達もそうは居まい。
 まあ、この黒フードは魔術協会の正装なんだけど。


「気にしなくても大丈夫だよ」
「わうー」


 幼女の頭をフード越しに撫でてやりながら、僕はそんな言葉を掛けた。

 さて、このまま突っ立っていても仕方ないな。
 僕は塔の入り口へ足を踏み出す前に、軽く幼女に耳打ちをする。


「"なまえ" って意味、分かるかな?」
「わわえ?」
「えっとね、うーん」


 こういった時、どうやって伝えれば良いのやら。
 顎に手を当てて三秒くらい考えて、指差しジェスチャーで覚えてもらうことにした。

 まず、人差し指で自分の胸辺りを指差す。指で指す事の意味は分かるらしいので、これなら問題ないだろう。


「僕は、カルラで……」


 次に幼女を指差して、


「君は―― "ユニコ" 」


 そう告げる。
 ユニコ。
 いや、めちゃくちゃ単純なんだけど、あくまで仮の名前って言うかですね。

 さっきまでは平気だったけど、この魔術協会には僕の知り合いも居る。
 その時にこの子との関係を適当にでっち上げておかないと、相当怪しまれるんだよね。

 だからとりあえず名前を付ける事にして、そうだな、腹違いの兄妹でしたとか言っておく事にしようと思い立った訳で。


「うにこ……」
「ユニコ、だよ」
「ゆにこ?」


 幼女――もとい、ユニコは首を傾げっぱなしだが、一応理解はしてくれたようだ。
 「ゆにこ、ゆにこ!」と繰り返した後、「ゆにこ!」と自分を指差しながら笑う。うん、良い笑顔です。


「……」


 ユニコの声が大きかったのか、気付けば、入り口近くの黒フード達が一斉にこちらを見つめていた。こわっ!


「うぅ?」


 ユニコも首を傾げて彼らを見る。サッと顔を伏せていく黒フードたち。
 まあ、魔術師は基本人見知りだからね。幼女相手でも恥ずかしいのだ。


「それじゃあ、行こうか」


 これ以上ここで騒いで怪しまれたら元も子も無いので、僕はユニコを連れて塔の中へと入っていく。
 ああ、視線が痛い。
 町に来てから、どこに行ってもこんな感じな気がするよ……。







「――それじゃあ、良い子にして待ってるんだよ」
「んー」


 塔で手続きを済ませた後、僕は十二階の研究室の鍵を閉めた。

 此処は、僕が此処で魔術を習って居た際に与えられていた専用の研究室だ。
 幼女を一人にするなんて不安だけど、ここなら屋敷より安全だ。だから安心して一人になれる。

 いやあ、あの頃は真面目に勉強してきて良かったよ。
 こんなに便利な部屋を一人で使えるんだからさ。

 歩き慣れた長い廊下をぐるりと回って、十六階までの階段を登る。
 目指すは十六階の研究室、僕の恩師の部屋。

 魔術に詳しい彼女なら、きっとユニコの変異に関して何か分かるに違いない。
 さすがに幼女練成しましたとは言い難いので、まずはそれとなく情報を聞き出そう……。


「お師匠様?」


 廊下を歩いていると、不意に後ろから声を掛けられる。
 これは……この声は、聞き覚えがある。多分、今一番聞こえてはいけない声だったりするからね。


「人違いです」
「え、あ、お師匠様!?」


 とりえずそう答え、足早に階段を進む僕。
 ……の進行方向に、『ビギィン!』という意味不明な金属音と共に無数の氷の刃が突き立てられた。


「ほええ!?」


 なんじゃこりゃ、あと数歩前にいたら身体ごと貫かれてたよ!
 という僕の抗議の声を掻き消すように、もう一本僕の脇から氷の刃が突き立てられる。恐怖で凍りつきました。はい。
 情けない事に漏らしそうだよ……。


「やっぱりお師匠様じゃないですか! 何故逃げるのですか!」


 ツカツカと音を響かせ、攻撃を仕掛けてきた張本人様が僕の元へとやってくる。
 何でだろうね。何故僕が逃げるのか、君が分かっていないから逃げるんだろうね……。

 はぁ、と溜息を着いて覚悟を決める。僕も男だ。
 僕が振り向くと、どこか不機嫌そうに近付いてくる足音もピタッと止まる。
 僕の目の前で杖を振りかざすのは、塔の入り口にいた奴らとは違う、白いフードを被った女の子。


「久しぶりだね、カナデ……」
「ええ、本当に。2ヶ月も会えなくて、私、寂しかったんですよ?」


 フードを外し、潤んだ瞳の上目遣いで僕の喉元に鉄魔法で今精製した、出来立てホヤホヤのナイフを僕の喉元に沿わせる女の子。

 ダメだ、口元が歪んでいても目が笑ってない。
 大きな空色の目はどこか淀んで見えて、その中に映る僕の姿は恐怖に震えていた……。

 そう、僕は彼女を知っている。


 この街唯一のS級魔術師、カナデ・ノーリターン。


 ……勝手に弟子を名乗るこの可憐な少女を前に、僕はもう一度大きな溜息をつくのだった。 
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