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ロリコンではない

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 そもそも、何故町に赴こうと思ったのか。

 理由は2つある。
 1つは、幼女の為に他の教育本を探しに行くため。
 1つは、屋敷に住む住人が一人増えた事により変化した食料事情。

 教育本もだけど、今最も必要なのは後者の方だった。

 幼女はただの人間ではないからか、まあ、よく食べる。
 その小さな身体のどこに入ってくのかと言う位、食べる。
 ぱくぱくもぐもぐと租借する彼女はとても愛らしいのだけど、おかげで14日分は買い込んでいた食糧がすっかり尽き掛けてしまった。

「今日から、もっと買い込んでおかないと……」

 朝食後、僕なら5日は持つであろう量の肉団子スープの鍋がすっかり空になっているのを見て呟く。
 完全に目論見が外れた。
 幼女を甘く見ていたのだ。

 ……うーん。
 大丈夫かな、これ。

 結構悩んだけど、今日の外出は幼女も連れて行く予定である。
 屋敷に置いておくとまだまだ何するか分からないし、そもそもこの子は魔物姿の時に何者かに倒されていたのだ。

 一人になんてさせたくない。
 それに、一応子供だしね。

 ただ、連れて行くからには角を隠さないといけないし、何かボロが出ても困るのであまり目立たないようにしたい。
 なのに、朝からこんなに食べて……お腹、壊さなきゃいいんだけど。

「いっぱいー」

 そんな僕の気も知らず、片手に言葉の本、もう片手で僕の服の裾を摘んでいる幼女。
 いっぱいー、じゃないよ。
 これは今日帰ってきたら、お夕飯になるからねって伝えたのに……。

 うん。
 まあ、幼女にはまだまだ分からない言葉があるのは百も承知だけど。
 それを上手く伝えられなかった僕が、一番悪いのだけど。

「ぺしぺし、ぺしぺし」
「あ、こら」

 と、少し目を離した隙に持っていた本で自分の頭を叩き始めた。
 慌てて本を取り上げると、

「やー!」

 と駄々をこね、ちっちゃな両腕で僕の膝を叩く幼女。
 しかし素直に返す訳には行かない。これも教育だ。

「やー! じゃないよ。そういう事しちゃ『めっ』って、昨日も言ったでしょ?」
「やらー! やなのー! ぺしぺしするのっ!」
「え、えぇ……」

 相変わらず食い下がるなあ……。
 食い下がる理由が子供のそれじゃないし。

 昨晩のあれを見てから、さすがにマズいと思って注意するようにはしてたんだけど。
 意外と我の強い子なので、素直に引いてはくれないのだ。

 注意する言葉のほとんどがまだ理解出来ていないだろうけど、
 ジェスチャーを交えているので『ダメ』と言われている事には気付いているだろうに。

「やなの、やなの……」
「わ、ちょっと」

 叩く力が弱くなったと思うと、幼女の目が段々と潤んで目いっぱいに透明な雫を貯めて行く。
 終いにはこうして泣き出す素振りを見せるのだ。

 ああもう、この頃の年の子はそうやって涙目で大人を困らせて……そんな事で大の大人が子供を甘やかすとでも?
 こんな、こんな泣き落としなんて……。
 ……。

「……もう、次やったら本当に『めっ』だからね?」
「やたー!」

 抜群に効きました。

「んふふ、うふふん」

 両手で本を抱きしめて辺りをぴょんぴょんと軽快に跳ねる幼女。
 少し跳ねたら僕の傍に戻ってきて、すりすりと頬ずりする。

 もう、かわいいなあ。

「……って、いけない」

 幼女の涙にやられて、つい甘やかしてしまった。
 今の様子を見るに、しばらくは先程と同じ真似はしないだろうけど、これでは泣き落としで何でも許してくれると勘違いされてしまう。

 前途多難に感じられる今の状況で、そういった悪手が増えるのは僕も幼女も困る事になる。
 反省反省。

「えへへ、んふふーっ」

 ……でもまあ、相手はまだまだ子供だし?
 少しくらい、甘やかしてもいいよねっ。

「ふふ、よしよし」

 ……自分でも分かるくらいだらしなく口元を吊り上げながら、幼女の頭を撫でる。
 どうやら僕は、自分でも引くくらいの親(?)馬鹿気質のようでした。


*****


 さて。
 ついにこの時がやって来た。

 朝の簡単な掃除等を済ませて、いよいよ外出の準備に取り掛かる。
 いつもなら適当に余所行きの着替えて、
 手製の麻袋に合成改良した薬草を詰めるだけで終わりなんだけど、今日は違うのだ。

「ふっふふ……」

 屋敷の一室、寝室の隅にある大きな黒塗りのクローゼット。
 年季が入ったそのクローゼットは、僕が生まれる前からこの家に存在していたアンティーク。
 何年もの間、その扉は開かれる事も無く埃を被っていたのだけども今は違う。

 僕がこの屋敷を管理するようになった今、
 古びた扉のその中身は、数年の年月を経てもなお色褪せない。

「さあて……」

 クローゼットの中に手を伸ばし、丁寧に並べられた衣服の中からいくつか選別して取り出す。
 それは、ピンクや赤・黄色やオレンジといった、
 様々な色と沢山のフリルを持つ素敵な衣装。

 ――女児用ゴスロリ服。

 正式名称、ゴシックロリータ。
 配色もフリルのパターンも違うこれらは、名前から形から全て僕の手作りである。

「悩むよなあ、こんなの」

 最近洗ったばかりで、まだ仄かに石鹸の香りを放つそれらの匂いを噛み締めながら、一つ一つ丁寧に吟味していく。
 別に、僕が着る訳ではない。
 幼女に着せる物である。

 ……何でそんな物を用意してあるか?
 確かに、一見すると確実に変質者に見られるだろう。
 実際にこれらの衣装を僕が持っている理由は、まあ、あるのだけども……。

 けど、大事なのはそんな所じゃないだろう?
 大事なのは一つだけ。

 幼女に似合うか似合わないか、である。

「うむ」

 ちゃんと手入もしてきたから、糸のほつれも見当たらないな。
 サイズも恐らく近いだろうし、少なくとも小さいという事は無いだろうから着心地も悪くないはずだ。
 折角だし、簡単にチェックを済ませるか。
 ふむ……。

「……」

 もみもみもみ。
 質感は落ちてない。

 すりすりすり。
 肌触りも悪くない。

 すんすんすん。
 鼻腔いっぱいに広がる石鹸の香り。

(上出来だ)

 やはり、日頃の管理の賜物だろう。
 うむ。
 自称幼女の服職人として、実に誇らしい、なんて――、

「なに、してる、のー?」

 !?

「ばっ――……!?」

 よ、幼女!? いつから!?

 ここから少し離れた座敷部屋に、置いて来たはずの幼女。
 唐突に背後から響いた幼女ボイスに驚き、思わずその姿のまま振り向いてしまう。

 すると当たり前だが、背後に幼女が居た。
 そして、これまた当たり前の様に目が合った。

「あ」

 それは、どちらの声だったのだろう。

 ……僕の目には、いつもと何ら変化の無い、きょとんとした表情で見つめてくる幼女が居て。
 そして、幼女の目には、

 どう考えても僕の物ではないだろう、子供サイズのふりふり衣装に顔を半分埋め深呼吸を繰り返していた――二十台の男が写っていた。

 違うんだ。
 僕は、僕はただ、少しでも幼女を可愛くしてあげたくて。

 町に出るんだし、一応女の子だし、お洒落にも興味があるんじゃないかと思って。
 だから、その、幼女用ゴスロリ服の匂いを嗅いで興奮するような変態じゃないからね。

 本当なんだって。
 服って言うのは虫食いとか経年劣化だって怖いし。
 だから違うんだ、僕は幼児性愛者ロリコンとかじゃなくて――……。

「わーう……?」

 誰に向けているのかも分からない言い訳をひたすらに悔い帰すも、既に後の祭り。

 ……結局、出発の時間まで。
 選び抜いた一着のゴスロリ(紫)を着させている時も、ふわふわの髪を綺麗に結んであげている時さえも。

 幼女は延々と純真且つ無垢な目で、僕を不思議そうに見つめていたのでした。
 
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