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かくて勇者は旅立つ
ようこそ、私の世界へ
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「ともかく、その変な人を見つければいいのね」
うきうきとした調子で広瀬が言った。
山崎に見惚れていたオレははっとして、大きく首を横に振る。
見つからなくて結構だ。むしろやめてくれ。
そう意味を込めてオレは強く、首を、横に、振ったのだが、無論広瀬に通じるはずがない。
「遠慮しなくていいわよ、水臭いわね。あたしとあんたの仲じゃない!」
どんな仲だ。
「それにあたしも興味あるしね、その変な人。瑠璃も興味あるみたいだし、変な人がいう異世界ってやつ。だからいいでしょ?」
山崎を出されるとオレは強く言えない……できれば一緒に居たいから。
「……どんな人なの?」
遠慮がちにだが聞いてくる山崎。そんな山崎を、無下に断れるはずがなねぇだろ!?
「……あー、黒髪の女で、背はお前らよりも高いな。服装は黒のジャケットにジーパン」
中身はともかく広瀬も、当然山崎も華奢で可愛らしい。少しでも力を入れればぽきりと折れそうな程に。何度ぶっ飛ばしてもケロリとしていそうな、あの女とは大違いだ。
「他に持ち物は? カバンとか」
「持ってなかったな」
「髪型は?」
「短かった」
「名前とか……」
「知らん」
記憶力のいいオレはしっかり女の名前、エレンフリート・ファーレンハイトを記憶していたが、面倒だったからすっとぼける。
「あっそ。じゃあとにかく、あたしは向うの駅の辺りを探してみるから、あんた達は逆方向をお願い! じゃね!」
広瀬は一方的に告げると、駅の方へと走って行った。残されたオレと山崎は茫然と広瀬が走り行く背を見送り――
「……私達も行こっか」
「……ああ」
山崎に促され、とりあえず歩き出す。
……くそ、山崎に主導権を握られちまうとは情けない。折角の二人きりなのにカッコわりぃ……まてよ、二人きり?
二人きり。
突然の恋愛ワードの出現にオレの心臓は大きく跳ねた。
よく周りを見回せばもうすっかり薄暗く。街灯がともりいい雰囲気だ。
鈍感で空気の読めない広瀬だが、この状況を作り出してくれた事は感謝しよう。
「……ねぇ、その、谷崎君はどうなの?」
俯きながらオレに尋ねる山崎は超可愛い。なにやってても可愛いな、畜生。
「……何が?」
声が嬉しさのあまり上ずってしまわないよう、腹に力を込めて短く聞き返す。
「ええと……だから、そのさっき言ってたこと」
異世界云々の話か。
「どうって……」
オレは言葉に詰まる。
異世界に行きたいか。
そりゃあ行きたい。とても行きたい。子供の頃からずっと憧れてきた事だ。
しかしそれは……
「やっぱり怪しいよね、分かってはいるんだけど……なんていうか、谷崎君の話聞いてるとホントに行けちゃう気がしてきて……バカだよね、私って。そんなはずないのに」
オレは否定も出来ずに押し黙った。
何故ならオレも同じ気持ちだから。だがオレは山崎もよりもずっと分かっている。
異世界なんて行けるはずない。
そんなもの在りはしない。
いつからだろうか、そうはっきり理解したのは。覚えてねぇけど、まあ中学くらいか? あの頃ってヤツは世間で中二病とか言うくらい、なんつーか夢と現実の区別が曖昧だった。自分の中で、だが。
目に見える世界は狭く、しかし本当の、目に見えない世界は果てしなく広い。目に見えない世界っていうのには勿論、異世界はばっちり入る。
ガキの頃の世界はすっげー狭い。
家と学校。その二つしかないのが普通じゃなかろうか。だから狭いと感じる。電車で2駅も行けばそこは全く知らない町だろうに、そんな距離すら知らない。だからこそ極端なんだろうな、あの頃って。今思い出すとすっげー恥ずいくらいに。
「ええと、その、変な事言ってごめん。とにかくその人探さなきゃ……」
山崎の声はとても心地良くオレに響く。ずっと聞いていたい。が、どういう訳かそれから山崎の声は途絶えた。
横を歩く山崎に目を向けると、彼女は俯いていてその表情は良く分らない。
しばらく沈黙が続く。
辺りはすっかり日が落ち、闇が暗く沈みこんでいる。こんな時間に山崎と二人きり……まるで彼女を家まで送っていく彼氏みたいで少し気分がいい。
まあ、冗談はさておき。
あのクソ女を探し、目ぼしい場所を歩く。公園、空き地、遊歩道のベンチとか。どれも空振りだ、くそが。
「……いねぇな」
「うん」
「……行くか」
「そうだね」
やべぇ、会話が続かねぇ。いつまでも付き合わせるのも悪いし、ここらで切り上げたい所だが、そのタイミングがつかめない。さてどうしたもんか、オレとしてはずっとこのまま居たい所だが、それは無理な話だ。
「あら本当」
広瀬の声がした。
二人きりが終わる時が来た。残念なはずなのに、オレはどこかでほっとしていた。
「すごいじゃないエレンてば。どんぴしゃね!」
お前もか、広瀬。
いつの間に自己紹介してんだお前ら。
「お誉めにあずかり至極光栄でございます」
「厭味ったらしい言い方ね」
全くだ。
「はいはい、申し訳ありませんね」
「やっぱり厭味ったらしいわ」
二人はどういう訳か、仲良くオレ達の前に現れた。
あのクソ女は更に何故か服を着替えていた。黒のつばのある帽子に赤と黒のチェックのロングコート、その下には白のロングスカートのようなもの。ようなもの、といったのはあれだ。その白い服はスカートというよりローブの裾のようなものにオレの目には見えたから。赤のチェックコートはアレか、コスプレを隠すためか。確かにアキバならともかく、こんな住宅街でコスプレやってたら引くわな。
「……君のお父様に会いましたよ、相変わらず変な人ですね」
否定はできねぇが、他人に言われるとイラっとするな。
女は微妙な笑みを浮かべながら言った。
何かを諦め我慢し、だが笑みを浮かべる事でそれらからさらりと流している、そんな笑み。
「なんだ知り合いなんじゃん、二人とも。知らない変な人って、あんたひどいわねー」
「知らねぇな、こんな女は」
「女の人に向かってその口のきき方はないでしょ、あんたって本当にさいてー」
くぅ、広瀬の奴こそ何様だ!? てめぇこそ関係ねぇだろ、すっ込んでろ!! と、言いたい所だが、山崎がいる。
そんな威勢のいいこと言って、怯えられたらオレは明日を迎えられない。確かに口が悪い所はあるが、オレはそんなに不良じゃない。どちらかというと無口な方なのだ。
「まあ、ともかくそういう訳で」
「待て、どういう訳だ」
女は一歩、オレ達の方に踏み出した。
先程の事もある。オレはクソ女の影を警戒しつつ、山崎の手を引き一歩下がった。
女はにこりと微笑み、言った。
「君のお父様に会えて良かった。おかげで吹っ切れました。都合の良い事を言っているのは君だけでないと、気づかせてもらいました」
自分で言う通り、なにか吹っ切れたいい顔をしている。あの親父め、何吹き込みやがった!?
「挨拶を済ませておけとか、確かに都合良すぎですよね。覚悟が足りないのは私の方でした……いやはや」
実に芝居くさく女は肩をすくめて見せた。
本当にイラッとする女だ。
「てめぇ、さっきから何をごちゃごちゃと――」
「三流以下のやられ役みたいな台詞ですね、器の大きさがしれますよ」
「なんだと!?」
かちんときてオレは女に詰め寄ろうとした。
が、
「!?」
すっと鼻先に突き出される、鋭利ななにか。
なにかとしか言いようがない。
それは形状だけ見るとハルバードによく似ている。しかし儀礼用なのか緑の宝玉が真ん中にあり、信じられない事にその宝玉は何の支えもなく宙に浮かんでいた。半円形状の長短二つの刃が宝玉を囲い、柄は赤銅色。かなりのファンタジー武器だ。
こんな物騒なモノ、今までどこに隠してた!? 全く気づかなかったぜ……。
「ちょっとエレン!?」
「あ……」
「騒がないで」
騒ぐわ!
女はぴしゃりと言い放つが、それは無理な相談だ。なんていったって刃物を突きつけられているのだ。騒がない方がおかしい。
二人とも、もっと騒げ。騒いで誰かこの状況をどうにかしてくれ!
「すぐに終わりますから、ご心配なく」
なにが?
口に出さなくとも女は分かっているらしい。
「今から行きますよ、異世界。準備はばっちりです」
ああ!?
あまりにも一方的な通告。
一体なんだというんだ。最初に会った時はうざいくらいに確認を取ってきたのに、この変わり様はなんだ?
「お嬢さん方は離れてて下さいね、巻き込まれちゃ危ないですよ」
女は槍を引き、トンと地面を突く。
すると突いた先から光る白い光の線が地面に現れ、それはオレと女を囲む魔方陣を描く。
夜の所為か、それは綺麗だった。思わず見惚れるくらいに。均等な光ではなく濃淡で強弱があるのがいい。まさに幻想的。ミミズが這ったような文字と幾何学模様の意味はさっぱり分からないが、分からないのがカッコいい。
あれだ、英語とかのアルファベットのプリントは意味が分からない方がカッコいいのと同じ理屈。オレが英語を全くわからねぇバカだという意味ではない。オレだって中学から五年間、英語をやってきた身だ。多少なら分かる、分かるとも。馬鹿にすんな。だからこそ昔なら意味が分からなくてカッコいいと思ってたプリントTシャツ、それに書かれている意味が正義だとか空腹とか、竜とかそういう意味だと知った時、自分の知識を自慢にも思ったが、同時にだささも感じていた。以降そのシャツは着ていない。
をを、なんかマジで行けるくさい? 本物っぽい?
幻想的な光景に騙され、かける。
いやいやただの手品か? 手品に決まっている。期待するなオレ!分かってるだろ拓馬! いつまでも異世界だなんて夢を、ありもしない世界を求めるのはやめろ!!! それよりもこの光、変な爆弾とかじゃねだろうな? 有害光線とか、やばいもんじゃねぇだろうな?
「あ、あの!」
山崎の声でオレは二人の存在を思い出す。
やべぇ、あまりにもな展開ですっかり忘れていた。
「本当に異世界に行けるんですか!? それなら私も……!!!」
振り返ると後ろに居た山崎が、躊躇う事なく光る魔方陣に足を踏み入れるのが見えた。可愛い顔して根性のある奴だ、惚れ直してしまう。
山崎が足を踏み入れた瞬間、魔方陣の白い光が薄い桃色に変化した。可愛い色だ、山崎にぴったりだな。
「バカやめろ山崎、こんな女のいう事なんか――」
「来たいなら来なさい。自分の責任でね、面倒は見ますけど」
やはり初めの頃と態度がまるで違う。あれほどオレを馬鹿にしくさったのに、この態度はどういう訳だ。まさかオレに対してだけきついのか? それとも親父が吹き込んだ事が何か――ってそんな事はどうでもいい!
それよりもこんな怪しい女から山崎を守らねぇと!!
「やまさ、」
「連れて行って下さい!」
とっさに手を伸ばしたオレを避けて、山崎はあのクソ女の前に立った。
「……」
行き場をなくす、オレの右手。
「……あなたはどうします? 一緒に来ますか?」
後ろでクソ女が誰を誘っているのか、オレは知りたくもない。それよりもこの右手をどうすべきか。引っ込めるしかないのは分かっているか、タイミングが……。
「そうねぇ、あたしも行ってみようかな。折角だし」
折角ってなんだ。
てめぇ、ちょっとそこらの一泊二日の旅行じゃねぇんだぞ!? つーかその軽さはなんだ? オレや山崎は割とマジなのに、なんだその気軽さは?
広瀬に憤りながら、さりげなく右手を引っ込めつつ山崎達の方に振り向く。
「帰りは、ちゃんと保証してくれるんでしょ?」
広瀬は片足をぎこちなく魔方陣の中に踏み入れていた。言葉は軽いが、それなりにやはり不安は感じているのだろう、表情も硬い。いい気味だ。
広瀬が足を踏み入れた所為か、色がまた変化した。今度は緑色。何か意味でもあるのか?
「勿論」
待てこら。
ナニ自信たっぷりな感じで肯いてやがるこのクソ女! さっきは片道切符だのなんだの言ってやがったくせに、この変わり様はマジ何なんだ!?
「それじゃあ行きましょうか。ご案内しますよ、私の世界へ」
女は槍を掲げた。
宝珠から光が溢れる。
眩い白い光。
不思議な光だ。眩しい筈なのに目に全く痛みがない。むしろ穏やかで暖かな光だ。
あっという間に。
広がる蒼い空。空には島が浮かんでいて、月も二つ重なるようにあった。
有り得ない光景。
そこは異世界だった。
うきうきとした調子で広瀬が言った。
山崎に見惚れていたオレははっとして、大きく首を横に振る。
見つからなくて結構だ。むしろやめてくれ。
そう意味を込めてオレは強く、首を、横に、振ったのだが、無論広瀬に通じるはずがない。
「遠慮しなくていいわよ、水臭いわね。あたしとあんたの仲じゃない!」
どんな仲だ。
「それにあたしも興味あるしね、その変な人。瑠璃も興味あるみたいだし、変な人がいう異世界ってやつ。だからいいでしょ?」
山崎を出されるとオレは強く言えない……できれば一緒に居たいから。
「……どんな人なの?」
遠慮がちにだが聞いてくる山崎。そんな山崎を、無下に断れるはずがなねぇだろ!?
「……あー、黒髪の女で、背はお前らよりも高いな。服装は黒のジャケットにジーパン」
中身はともかく広瀬も、当然山崎も華奢で可愛らしい。少しでも力を入れればぽきりと折れそうな程に。何度ぶっ飛ばしてもケロリとしていそうな、あの女とは大違いだ。
「他に持ち物は? カバンとか」
「持ってなかったな」
「髪型は?」
「短かった」
「名前とか……」
「知らん」
記憶力のいいオレはしっかり女の名前、エレンフリート・ファーレンハイトを記憶していたが、面倒だったからすっとぼける。
「あっそ。じゃあとにかく、あたしは向うの駅の辺りを探してみるから、あんた達は逆方向をお願い! じゃね!」
広瀬は一方的に告げると、駅の方へと走って行った。残されたオレと山崎は茫然と広瀬が走り行く背を見送り――
「……私達も行こっか」
「……ああ」
山崎に促され、とりあえず歩き出す。
……くそ、山崎に主導権を握られちまうとは情けない。折角の二人きりなのにカッコわりぃ……まてよ、二人きり?
二人きり。
突然の恋愛ワードの出現にオレの心臓は大きく跳ねた。
よく周りを見回せばもうすっかり薄暗く。街灯がともりいい雰囲気だ。
鈍感で空気の読めない広瀬だが、この状況を作り出してくれた事は感謝しよう。
「……ねぇ、その、谷崎君はどうなの?」
俯きながらオレに尋ねる山崎は超可愛い。なにやってても可愛いな、畜生。
「……何が?」
声が嬉しさのあまり上ずってしまわないよう、腹に力を込めて短く聞き返す。
「ええと……だから、そのさっき言ってたこと」
異世界云々の話か。
「どうって……」
オレは言葉に詰まる。
異世界に行きたいか。
そりゃあ行きたい。とても行きたい。子供の頃からずっと憧れてきた事だ。
しかしそれは……
「やっぱり怪しいよね、分かってはいるんだけど……なんていうか、谷崎君の話聞いてるとホントに行けちゃう気がしてきて……バカだよね、私って。そんなはずないのに」
オレは否定も出来ずに押し黙った。
何故ならオレも同じ気持ちだから。だがオレは山崎もよりもずっと分かっている。
異世界なんて行けるはずない。
そんなもの在りはしない。
いつからだろうか、そうはっきり理解したのは。覚えてねぇけど、まあ中学くらいか? あの頃ってヤツは世間で中二病とか言うくらい、なんつーか夢と現実の区別が曖昧だった。自分の中で、だが。
目に見える世界は狭く、しかし本当の、目に見えない世界は果てしなく広い。目に見えない世界っていうのには勿論、異世界はばっちり入る。
ガキの頃の世界はすっげー狭い。
家と学校。その二つしかないのが普通じゃなかろうか。だから狭いと感じる。電車で2駅も行けばそこは全く知らない町だろうに、そんな距離すら知らない。だからこそ極端なんだろうな、あの頃って。今思い出すとすっげー恥ずいくらいに。
「ええと、その、変な事言ってごめん。とにかくその人探さなきゃ……」
山崎の声はとても心地良くオレに響く。ずっと聞いていたい。が、どういう訳かそれから山崎の声は途絶えた。
横を歩く山崎に目を向けると、彼女は俯いていてその表情は良く分らない。
しばらく沈黙が続く。
辺りはすっかり日が落ち、闇が暗く沈みこんでいる。こんな時間に山崎と二人きり……まるで彼女を家まで送っていく彼氏みたいで少し気分がいい。
まあ、冗談はさておき。
あのクソ女を探し、目ぼしい場所を歩く。公園、空き地、遊歩道のベンチとか。どれも空振りだ、くそが。
「……いねぇな」
「うん」
「……行くか」
「そうだね」
やべぇ、会話が続かねぇ。いつまでも付き合わせるのも悪いし、ここらで切り上げたい所だが、そのタイミングがつかめない。さてどうしたもんか、オレとしてはずっとこのまま居たい所だが、それは無理な話だ。
「あら本当」
広瀬の声がした。
二人きりが終わる時が来た。残念なはずなのに、オレはどこかでほっとしていた。
「すごいじゃないエレンてば。どんぴしゃね!」
お前もか、広瀬。
いつの間に自己紹介してんだお前ら。
「お誉めにあずかり至極光栄でございます」
「厭味ったらしい言い方ね」
全くだ。
「はいはい、申し訳ありませんね」
「やっぱり厭味ったらしいわ」
二人はどういう訳か、仲良くオレ達の前に現れた。
あのクソ女は更に何故か服を着替えていた。黒のつばのある帽子に赤と黒のチェックのロングコート、その下には白のロングスカートのようなもの。ようなもの、といったのはあれだ。その白い服はスカートというよりローブの裾のようなものにオレの目には見えたから。赤のチェックコートはアレか、コスプレを隠すためか。確かにアキバならともかく、こんな住宅街でコスプレやってたら引くわな。
「……君のお父様に会いましたよ、相変わらず変な人ですね」
否定はできねぇが、他人に言われるとイラっとするな。
女は微妙な笑みを浮かべながら言った。
何かを諦め我慢し、だが笑みを浮かべる事でそれらからさらりと流している、そんな笑み。
「なんだ知り合いなんじゃん、二人とも。知らない変な人って、あんたひどいわねー」
「知らねぇな、こんな女は」
「女の人に向かってその口のきき方はないでしょ、あんたって本当にさいてー」
くぅ、広瀬の奴こそ何様だ!? てめぇこそ関係ねぇだろ、すっ込んでろ!! と、言いたい所だが、山崎がいる。
そんな威勢のいいこと言って、怯えられたらオレは明日を迎えられない。確かに口が悪い所はあるが、オレはそんなに不良じゃない。どちらかというと無口な方なのだ。
「まあ、ともかくそういう訳で」
「待て、どういう訳だ」
女は一歩、オレ達の方に踏み出した。
先程の事もある。オレはクソ女の影を警戒しつつ、山崎の手を引き一歩下がった。
女はにこりと微笑み、言った。
「君のお父様に会えて良かった。おかげで吹っ切れました。都合の良い事を言っているのは君だけでないと、気づかせてもらいました」
自分で言う通り、なにか吹っ切れたいい顔をしている。あの親父め、何吹き込みやがった!?
「挨拶を済ませておけとか、確かに都合良すぎですよね。覚悟が足りないのは私の方でした……いやはや」
実に芝居くさく女は肩をすくめて見せた。
本当にイラッとする女だ。
「てめぇ、さっきから何をごちゃごちゃと――」
「三流以下のやられ役みたいな台詞ですね、器の大きさがしれますよ」
「なんだと!?」
かちんときてオレは女に詰め寄ろうとした。
が、
「!?」
すっと鼻先に突き出される、鋭利ななにか。
なにかとしか言いようがない。
それは形状だけ見るとハルバードによく似ている。しかし儀礼用なのか緑の宝玉が真ん中にあり、信じられない事にその宝玉は何の支えもなく宙に浮かんでいた。半円形状の長短二つの刃が宝玉を囲い、柄は赤銅色。かなりのファンタジー武器だ。
こんな物騒なモノ、今までどこに隠してた!? 全く気づかなかったぜ……。
「ちょっとエレン!?」
「あ……」
「騒がないで」
騒ぐわ!
女はぴしゃりと言い放つが、それは無理な相談だ。なんていったって刃物を突きつけられているのだ。騒がない方がおかしい。
二人とも、もっと騒げ。騒いで誰かこの状況をどうにかしてくれ!
「すぐに終わりますから、ご心配なく」
なにが?
口に出さなくとも女は分かっているらしい。
「今から行きますよ、異世界。準備はばっちりです」
ああ!?
あまりにも一方的な通告。
一体なんだというんだ。最初に会った時はうざいくらいに確認を取ってきたのに、この変わり様はなんだ?
「お嬢さん方は離れてて下さいね、巻き込まれちゃ危ないですよ」
女は槍を引き、トンと地面を突く。
すると突いた先から光る白い光の線が地面に現れ、それはオレと女を囲む魔方陣を描く。
夜の所為か、それは綺麗だった。思わず見惚れるくらいに。均等な光ではなく濃淡で強弱があるのがいい。まさに幻想的。ミミズが這ったような文字と幾何学模様の意味はさっぱり分からないが、分からないのがカッコいい。
あれだ、英語とかのアルファベットのプリントは意味が分からない方がカッコいいのと同じ理屈。オレが英語を全くわからねぇバカだという意味ではない。オレだって中学から五年間、英語をやってきた身だ。多少なら分かる、分かるとも。馬鹿にすんな。だからこそ昔なら意味が分からなくてカッコいいと思ってたプリントTシャツ、それに書かれている意味が正義だとか空腹とか、竜とかそういう意味だと知った時、自分の知識を自慢にも思ったが、同時にだささも感じていた。以降そのシャツは着ていない。
をを、なんかマジで行けるくさい? 本物っぽい?
幻想的な光景に騙され、かける。
いやいやただの手品か? 手品に決まっている。期待するなオレ!分かってるだろ拓馬! いつまでも異世界だなんて夢を、ありもしない世界を求めるのはやめろ!!! それよりもこの光、変な爆弾とかじゃねだろうな? 有害光線とか、やばいもんじゃねぇだろうな?
「あ、あの!」
山崎の声でオレは二人の存在を思い出す。
やべぇ、あまりにもな展開ですっかり忘れていた。
「本当に異世界に行けるんですか!? それなら私も……!!!」
振り返ると後ろに居た山崎が、躊躇う事なく光る魔方陣に足を踏み入れるのが見えた。可愛い顔して根性のある奴だ、惚れ直してしまう。
山崎が足を踏み入れた瞬間、魔方陣の白い光が薄い桃色に変化した。可愛い色だ、山崎にぴったりだな。
「バカやめろ山崎、こんな女のいう事なんか――」
「来たいなら来なさい。自分の責任でね、面倒は見ますけど」
やはり初めの頃と態度がまるで違う。あれほどオレを馬鹿にしくさったのに、この態度はどういう訳だ。まさかオレに対してだけきついのか? それとも親父が吹き込んだ事が何か――ってそんな事はどうでもいい!
それよりもこんな怪しい女から山崎を守らねぇと!!
「やまさ、」
「連れて行って下さい!」
とっさに手を伸ばしたオレを避けて、山崎はあのクソ女の前に立った。
「……」
行き場をなくす、オレの右手。
「……あなたはどうします? 一緒に来ますか?」
後ろでクソ女が誰を誘っているのか、オレは知りたくもない。それよりもこの右手をどうすべきか。引っ込めるしかないのは分かっているか、タイミングが……。
「そうねぇ、あたしも行ってみようかな。折角だし」
折角ってなんだ。
てめぇ、ちょっとそこらの一泊二日の旅行じゃねぇんだぞ!? つーかその軽さはなんだ? オレや山崎は割とマジなのに、なんだその気軽さは?
広瀬に憤りながら、さりげなく右手を引っ込めつつ山崎達の方に振り向く。
「帰りは、ちゃんと保証してくれるんでしょ?」
広瀬は片足をぎこちなく魔方陣の中に踏み入れていた。言葉は軽いが、それなりにやはり不安は感じているのだろう、表情も硬い。いい気味だ。
広瀬が足を踏み入れた所為か、色がまた変化した。今度は緑色。何か意味でもあるのか?
「勿論」
待てこら。
ナニ自信たっぷりな感じで肯いてやがるこのクソ女! さっきは片道切符だのなんだの言ってやがったくせに、この変わり様はマジ何なんだ!?
「それじゃあ行きましょうか。ご案内しますよ、私の世界へ」
女は槍を掲げた。
宝珠から光が溢れる。
眩い白い光。
不思議な光だ。眩しい筈なのに目に全く痛みがない。むしろ穏やかで暖かな光だ。
あっという間に。
広がる蒼い空。空には島が浮かんでいて、月も二つ重なるようにあった。
有り得ない光景。
そこは異世界だった。
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※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
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