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第1章 それは痛みを呼び覚ます過去
第18話
しおりを挟むアエネアの母親は我が子を虐待し、食事も満足に摂らせない日々を塔の中で送っていた。
それを誰も知らず、疑問に思うこともなく。
そのことをいち早く察知したのが、その時王太子であり、王太子妃となっていた現国王と現王妃であった。幼いアエネアを救い出し、自分の子どもと同じように王族の教育を施す準備をし、アエネアを救い出したと同時に亡くなってしまった母親の葬儀を手厚く執り行ってくれた。
他国の王族達との謁見に出向いていた前国王と前王妃が帰国したのは、その後だった。
初めて対面する親子であったが、アエネアは父親を冷たい眼差しで一瞥すると、言い放った。
「貴方は兄上の治世の害悪にしかなり得ません。即刻退位して、どこかに最愛の王妃と一緒に隠居されて下さい」
その言葉は重鎮達も現国王夫妻、前国王夫妻をも震撼させたが、アエネアには、子どもながらに神がかった美貌に纏うように慄くような風格が備わっていた。
その日から、アエネアは王宮でも貴族達にも民からも愛される、王太子の歳の離れた弟王子を演じ始めた。王太子夫妻の子どもと二歳しか違わないのに、甥を弟同然に可愛がり、王族教育を僅か三年という最短で終了させた天才。
その天才的な手腕を持って、アエネアは兄の害になると判断した重鎮達を悉く失脚させていった。
前王妃はアエネアの存在に心を痛め、遂には療養が必須となり、王位を退いた夫と共に離宮へと赴くことになった。
離宮へ赴くその日、前国王はアエネアを憎しみの目で見つめて罵倒した。
「お前は悪魔の子どもだ!!」
アエネアはその言葉に不快感を示すでもなく、優雅に礼をとった。
美しい微笑みを浮かべながら。
兄と義姉はアエネアの今後を心配した。
『アエネアのことをよく理解し、傍に寄り添える者が伴侶に相応しい』
そう結論し、アエネアの側には信用のおけるタイムを付け、婚約者を決めずに今まできたのだ。
話を聞き終えた翠は笑って、紙に文字を書いた。
『アエネア様は国王様と王妃様を主上においていらっしゃる。それだけでも、人間味があることだと、私は思います』
翠の子どもらしからぬ言葉に、王妃は黙って翠の頭を撫で続け、国王は優しく翠の背中を擦り続けていた。
プロセルピナへと移住した翠は、暫くは王宮の医務室の特別病室から出ることは叶わなかった。
身体を完全に癒すために必要なことであった。
翠の背中には、いつ頃からあったのかわからない、魔法草の花の痣、ベアートゥスの痣が色鮮やかに咲いていた。
胸の痣と違い、艶やかで鮮やかなその痣は、まるで願いを叶える度に広がり続ける呪いの刻印のように翠の目には映る。
初恋は無残に散った。
それなのに、翠はアエネアから贈られたアクセサリーを捨てることが出来ずに、今でも大切に保管している。
身に付けることの出来ない、アクセサリー。
これを贈られた頃が一番の幸せな時間だったなんて、とても皮肉なことだと、翠はいつも心の中で自分自身を嘲笑ってしまうのだった。
「・・・っ」
「スイ、起きましたか?」
起き上がって頭を軽く振ると、心配そうな表情で、レンが翠を見つめている。
どうやら不覚にも寝入ってしまっていたらしい。
「離宮に着くまではまだ掛かりますし、もう少し眠っていたらどうですか?」
隣に座る王妃の言葉に、翠はそうしようか、と座席に深く腰掛けて目を閉じる。
魔法草で改造された馬車は大きな振動など起こさず、馬にそれほどの重労働も強いらず、スムーズに道を走っていく。
本当は、プロセルピナで発明された魔法列車のほうが早く着くのだが、人目を避ける意味で馬車を使用している。
馬車は貴族や王族の特権でもあるからだ。
再び瞼が重くなりながらも、翠は無意識の内に願っていた。
・・・・・・どうか・・・。・・・どうか、アエネア様と出会いませんように・・・・・・。
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