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第1章 それは痛みを呼び覚ます過去

第8話

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その日、翠は王妃と共に王宮内にある神殿へと赴いていた。翠がこの世界にやって来てから、半年が過ぎようとしていた。


 立派な大理石で造られた神殿に入ろうとした時、神殿内から、数人の貴族の子女と思われる者達が出て来て、翠は咄嗟に王妃の後ろに張り付いて身を隠す。
 子女達は王妃の存在に気付くと、緊張した面持ちで頭を垂れて道を譲る。


 「フィアナ嬢、お久しぶりですね」


 王妃が声を掛けたのは、貴族の子女達の先頭にいた女性。
 王妃の後ろから、翠はチラリとその女性を覗き見た。
マラカイトグリーン色の髪にベビーピンクの瞳。
 妖精を彷彿とさせるような柔らかい雰囲気のある顔立ちに澄んだ瞳に艶のある肌質に自然と目がいってしまう蠱惑的な唇。
 何よりも翠の目を惹いたのは、その額にある痣だった。
 魔法草の花の刻印。
その痣を強調するかのように美しい小粒の宝石を散りばめたサークレットが輝いている。
ベアートゥスという存在については、翠も勉強で学んでいたが、実際に目にするのは初めてだった。


 「王妃様におかれましては、ご健勝のようで何よりに存じます」


 淑女の礼を完璧にとるフィアナの姿に、翠は思わず見惚れてしまう。
と、フィアナと翠の視線がかち合った。


 「もしかして、王妃様の後ろにおられるのは異界の少女でございますか?」


フィアナの言葉に、連れ立っている子女達がざわつくのを感じ、翠は身を竦ませる。


 「ええ。今日は神殿に祈りを捧げる日ですから、まだ神殿に訪れたことのないこの子を案内しようかと」
 「そうだったのですか。初めまして、わたくしはフィアナ・テカルド、と申します」


 翠にかけられた言葉に、翠は何とか小さな声で、


 「・・・初めまして」


と答えた。翠の言動に、フィアナと共にいる子女達が厳しい視線を向けてくるのを感じ、自然と王妃の服を掴む力が強くなる。


 「それでは、私達はこれで」


 王妃の言葉と共に、フィアナ達が去って行き、翠はホッ、と安堵した。








 神殿の中に入り、四方を水場で囲まれた祭儀の場まで歩くと、その美しい造りに、翠はため息を漏らしてしまう。
 水場の側には花々が植えられ、レリーフや彫刻などはとても精密で、色合いは派手さを感じさせない趣がある。


 「・・・先程のフィアナ様方、一体どんな神経をしているのでしょうか?」


 神殿の内装を興味深げに見渡していた翠の耳に、クインティの苦虫を噛み潰したかのような声が聞こえた。


 「止めなさい。フィアナ様のせいではないのですから」
 「でも、テカルド家の落ち度ではないですか。スイが此方の世界に強制的に連れて来られてしまったのは」


サザリとクインティの会話に、護衛のシュレーがストップをかける。


 「今は止めないか、クインティ。王妃様の前だぞ」
 「よいのです。・・・スイ、貴方がこの世界へとやって来ることになった魔法草の実験の主導者は、フィアナ嬢の兄上です。優秀な研究者であったのですが」


 王妃のため息と共に、シュレーと共に護衛を務めるシュレーの部下が、思い出したように口を開く。


 「そういえば、あの後から、テカルドの御子息は療養地にある別荘に引き籠っているそうですよ。嫡男でなかっただけマシなんでしょうが」


シュレーが部下の頭を殴って口を閉じさせる。


 「・・・・・・でも、今さっきお会いした方には何の責任もないのですから、大丈夫です」
 「スイはいい子ですね」


 王妃に頭を撫でられ、翠は照れたように笑う。
その日は、王妃が祭壇に祈りを捧げるのをスイは黙って眺めていた。









 数日後、王太子妃の公務に付き添いながらも、邪魔をしないように、と翠は離れた場所で、王宮内に植えられている魔法草を興味深げに観察していた。
この花が特別な力を持っていることで世界が循環し、尚且つ、翠がこの世界に来てしまうことになった原因だとはとても思えない。
 当初は、植えられている花を見るだけで、踏み潰したくて堪らなかった。
やり場のない怒りが止まらなかった。
でも、国王や王妃、王太子夫妻、クインティ、サザリ、シュレーとの出会いで荒んだ心は次第に融解していった。



ふと、肩を叩かれて上を見上げると、アエネアが優しい笑顔を浮かべて翠を見下ろしていた。
 途端に翠の頬が火照り、視線を彷徨わせてしまう。


 翠が心を許す人の中にはアエネアも無論含まれているのだが、何故だか初めて会った時から、翠はアエネアの前では常に挙動不審になってしまう。
 一月の間は、まともにアエネアの顔を見ることが出来ず、真っ赤になってしまう顔を俯かせて話すことしか出来ずにいた。
そんな翠の行動に不快感や嫌悪を表すことなく、アエネアは翠に勉強やこの世界の様々なことを教えてくれたり、一緒にお茶をしたり、王宮の中にある色取り取りの花々を育てている場所へと案内してくれたりする。



アエネアと一緒にいると、何だかおかしい。
 顔が火照っていくし、心臓も自分でわかるぐらいに鼓動を大きく鳴らし、その言動に一喜一憂してしまう。そのことを王太子妃に相談すると、クインティやサザリと一緒になって目を瞬かせた後、笑われた。


 『それは自ずとわかりますから、焦らなくても大丈夫ですよ』


 本当にわかる日がくるのだろうか?




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