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プロローグ 壊れた贈り物は再び目を覚ます
第4話
しおりを挟むそれぞれが挨拶を交わし合い、上質な革張りのソファにドルドーナ国王と王妃が着席し、対面の座席に女王と王太子夫妻、その横に置かれているソファよりは質素な(それでも一級の素材で造られている)椅子にレン、シュレー、クインティ、翠もおぼろげながらも顔を覚えていたドルドーナ国の騎士団長が着席し、侍女達の手でお茶が淹れられ、一息ついた頃合いを見計らって、国王が口を開いた。
「本当はもっとゆっくりとお茶を楽しみたいのだが、そうも言ってはいられない現状だ。・・・セエ、スイのことが我が国どころか、諸国に知れ渡ってしまっている」
セエとは女王の名前だが、そんな私用な声掛けよりも、国王が口にした言葉に、室内は異様なほど騒然とし始めた。
その騒然とした場を、王妃が手に持っている扇を一度だけ鳴らすことで静かにさせる。
「・・・知られたからと言っても、どうにかなるものでもないでしょう? 昔のドルドーナ国内で起こった出来事を鑑みれば、誰もスイを利用しようなどと、表立っては口に出来ないはずよ」
女王の言葉に、ドルドーナ国の騎士団長は沈痛な表情を下に向ける。
「確かにセエの言う通りよ。表立った面倒事は、私わたくし達が片付ければ良いのです。でもね、裏で暗躍されて後手に回るのだけは回避したいのよ。・・・ただでさえ、スイを我が国の王弟妃殿下の子どもが生まれない状態の打開に、と願う声が多くてね」
「ッ! それこそ冗談にもほどがあります!」
王妃の言葉に、クインティが立場も忘れて怒鳴り声を上げた。
シュレーと王太子妃が何とか宥めて、再び座らせるのを、王妃は不快な表情など一切表さずに、自身の口元を隠すように扇を開いて持っていく。
「クインティの言う通りね。私もそれを聞かされた時は、何の冗談かと思いましたもの」
王妃の口元は笑っていたが、瞳はまったく笑ってはいない。
その瞳の冷たさに、レンは背筋が震える。
「結局、ノバラの『今度こそ本当にスイを死なせるつもりか?』という言葉に、皆誰も反論出来なかったんだが」
国王の苦笑に王妃ノバラも可笑しそうに笑っている。
否、それほど怒らせた、ということだろう。
「だが、スイの現状が危ういのも事実だ。だからこそ、策を練らなければならない」
「何か良き案があって?」
女王の問いに、国王が頷く。
「暫くの間、スイはドルドーナ国のノバラの離宮に滞在してもらいたい。その間に諸国との話合いが解決するように手を打とう。どうだろうか?」
「確かに、ノバラの住んでいる離宮ならば、誰も手出しは出来ないでしょうね」
女王がチラリと翠を見る。翠は魔法草で造られた簡易の持ち運びボードに、文字を素早く書いていく。
『私はそれで構いません。プロセルピナやドルドーナ、シュレー養父様、クインティ養母様に迷惑が掛からないことが一番です』
「迷惑だなんて、そんなことは絶対にないわ!」
クインティの言葉に、シュレーも頷いて答える。
翠は二人の様子に嬉しそうに破顔し、再びボードに文字を奔らせる。
魔法草で作られたボードは、書き手の意思に合わせて、文字が消えたり残ったりしてくれる優れ物だ。
『養父様と養母様の気持ちは素直に嬉しいです。でも、私が此処にいて、あの子達四人が巻き込まれることのほうが余程怖いんです』
翠の言葉に、クインティもシュレーも顔を見合わせて複雑そうにしている。
カイバはまだ良いとしても、エルン、ホウ、ジャネーはまだまだ幼い。
自分の問題なのに、幼い義弟妹達に何かあってはそれこそ生きた心地などしないというものだ。
『私は大丈夫だから、行かせて下さい』
再度の翠の言葉に、シュレーとクインティは折れることにした。
実質、今はそれしか打開策がないのも真実である。
「では、スイと一緒に、レン・マーフィーも同行しますか? 時間がどれほど掛かるかわかりませんし、スイの友人であり、スイの気持ちを汲める理解者が必要でしょう」
「そうねぇ。レンはどうしたい?」
王妃と女王の言葉に、レンは勢いよく返事をする。
「わたしも一緒に行きます! スイはわたしの命を助けてくれました。だから、今度はわたしが助ける番です!」
翠の心配気な視線に、レンは笑う。
「わたしはこれでもスイよりは強いつもりよ」
レンの言葉に、翠は目を瞬かせ、安心したように微笑む。
「では、詳細はまた後程話し合うとして、フォレトもノバラも到着して間もないのだから、少し滞在する部屋で休んだほうがいいわねぇ」
女王の言葉に、それぞれの職務のために、部屋の外に控えていた者達も動き出す。
「スイ」
国王フォレトは、車椅子の翠に目線を合わせるように屈み込むと、優しく笑い掛ける。
「スイの歌を今度聞かせてくれないか? いつもノバラから自慢話として耳にするだけで、儂だけ聞いたことがないのは悔しいものがある」
国王の言葉に、翠は可笑しそうに笑って頷き、文字を奔らせた。
『勿論ですよ!』
その夜、翠は王宮に宛がわれている自室で、寝付けないままベッドの中にいた。
笑っていても、心の奥底では、まだ完全にドルドーナ国に向かうのを躊躇っているのかもしれないと自嘲する。
翠は起き上がると、寝汗をかいてしまった寝間着を着替えるためにボタンを外していく。
下着を身に着けていない翠の素肌が窓から差し込む月明かりに照らされる。
翠の胸の谷間には、クッキリと大輪の魔法草の花の痣がうかんでいた。
別名『神の寵愛の花』とも呼ばれている痣。
腰以上まである長い髪を翠は無造作に手で払う。
元々翠は髪を伸ばしてはいなかった。
伸ばし始めたのは、十二年前、ドルドーナ国から秘密裏にプロセルピナ国へと渡ってからだ。
首筋にかかる髪をかき上げると、月明かりに白い背中が露わになるが、その肌には、背中全体を覆うほどの鮮やかな『神の寵愛の花』の痣が浮き彫りになっている。
生まれつき一つの痣しか持つはずのないベアートゥスとしては、明らかに異端だとわかる二つの散らない痣は、この世界にやって来てから、常に翠を辛く苦しい出来事へと誘う、呪いでもあった。
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