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第11唄
しおりを挟むアトリアを見て、あの時助けた男性であることにロウヒは逸早く気付いた。
島民達はアトリアの一行に慌て、逃げ出す者もいたが、すぐに護衛騎士達によって捕らえられてしまったらしい。
ディールルは離れ孤島である為に、その地を管轄している領主がキチンと存在している。
領主はアトリア達一行と同行しており、島民達からロウヒが生まれたばかりの頃の事件を知り、激怒した。
ロウヒは領主に保護されることになり、取り敢えず落ち着けるように、と島の中で1番大きな会合場所である家に案内され、腰を落ち着けることとなった。
そんなゴタゴタしている真っ最中に爆弾をアトリアが落とした。
衆人環視の目の前でアトリアはロウヒに膝ま付いて求婚したのだ。
これにはアトリアに同行していた騎士や従者達も驚き、ナイの兄であるサイ・アンサイクロ将軍もすぐに対応が出来ず、場は混乱に満ちたらしいが、ロウヒの一言で一気に霧散することとなる。
『・・・・・・えっと、結婚というものは、恋い慕い合う者同士ですると教えられました。なので、私と陛下様では無理ですよ』
実に単純明快な返答だった。ロウヒが如何に人と関わることがなく、世間離れしているのかをこの時誰も彼もが痛感したらしい。
『結婚』というものはお互いへの恋情を育んだ者同士がするもの、と教えられたロウヒにとって、アトリアはつい先日出会っただけの、変な人、という認識でしかない。
話を聞いている状態のヒイシは、ソッ、と周囲に目を奔らせる。
せめて相手の育った環境を考えた上で、改めて求婚すれば良かったのではないのだろうか?、そんな風に考えてしまうヒイシ賛同するように、侍女や騎士達は目線でどこか虚空を見ている。
まあ、ミスラの求婚も大概であったから、その双子の片割れに期待しても仕方ないのかもしれない、とヒイシは1人で納得をした。
その後、改めて領主や追随している従者から色々と教えられたロウヒは、アトリアの求婚に悩んだ。
幾ら世間離れ、浮世離れしていようと、知識として王族と庶民が結婚する、ということがどれだけ大変かは知っている。
それに何より、アトリアはロウヒのことを気に入ったのかもしれないが、ロウヒにはアトリアに対しての思い入れが今のところ全くない。
ロウヒはアトリアからの求婚は無理、と判断したのだが―――――――――
「えっと・・・。既成事実?、が出来たから結婚をしなければならない、と将軍や領主様に言われまして」
ロウヒの一言に、ソーサーを持ち上げてカップに口を付けていたヒイシは変な器官にお茶が入ってしまい、激しく咽込んだ。
「だ、大丈夫ですか?!」
副侍女長から急いで渡されたハンカチを口元に当て、咽込みが落ち着くのを見計らいながらも、心配してくるロウヒに「大丈夫」の意味を込めて口元をハンカチで抑えていない左手を上げて見せる。
絶対にロウヒは意味を理解せずに口にしているが、それはつまり、ヒイシがミスラと婚姻に至った経緯と同じだ。ロウヒのほうは深刻に受け止めていないようで、未だにヒイシの心配をしている。
こうなってくると、亡き叔父だけの生活、それからのたった1人での暮らしが、ロウヒにとって常識を覚える環境ではなかったことを如実に物語る。
ロウヒがこれから先もたった1人で暮らしていくのならば構わなかった事柄だが、今は狭かった世界から飛び出したばかりで知らないことのほうが断然多い。
恐らくロウヒとヒイシは結婚しても表舞台に早々立つことはないだろう。
2人の生まれと立ち位置が、ジルべスタンの政治に関与してはならない、とされるからだ。実際、ジルべスタンの前国王の庶民出身の妃は、国政に関わらずに生涯を終えた。
しかしながら、妃、という立場になるのであれば、一般常識とそれなりの勉学は必須。
これは必然的に一緒に教育を受けることになるヒイシがロウヒを補佐することになるだろう。それはもう色々な意味で。
ため息を噛み殺しつつ、ソファーに座り直すヒイシに、ロウヒはオズオズと話し掛ける。
「あの、ヒイシ様は他国の皇族だと伺いました。庶民出の私ともこうして気さくに話して下さって・・・」
「ああ。確かに私は他国の皇族ですが、今はもうその地位は何の役にも立ちませんから、一般庶民の皆さんと立場は変わらないと思います」
ヒイシのあまりにもアッサリとした返答に、ロウヒではなく、室内に居る侍女や護衛達が慌てたような表情をする。
ロウヒは首を傾げ。
「地位が役に立たない・・・・・・?、とはどういった意味なのでしょう?」
周囲の空気に全く気付く様子もなく、臆さずにヒイシに問い掛けてくる。
「込み入った事情はほとんどありません。亡き祖父から王位を譲られた私の伯父が無能過ぎて、家臣や国民達から嫌われてジルべスタンに国ごと吸収されたんです」
「王様が駄目だったのですか?」
「ええ。自分達の欲のことしか考えず、政務や統治が出来ない人間でした」
周囲が冷や汗を滲ませながらヒイシとロウヒの会話に固唾を飲んでいるというのに、2人はそんなことはお構いなしに話し続けている。
「私の故国はウィードという小国なのですが、本来の祖父の跡継ぎは私の父でした。ですが不慮・・の事故で父が亡くなり、後継となる私を育て上げる前に祖父も病気で他界してしまい、父の兄である伯父が実権を握ってしまったんです」
頷きながらヒイシの話を聞いていたロウヒは、少し首を傾げ、疑問をそのまま口に出す。
「ヒイシ様を後継に・・・・・・、と言うことは、ヒイシ様が王位を継ぐ予定だったのですか?」
ロウヒの純粋な疑問に頷くことでヒイシは答える。
「え?! 凄いです!! 女性でも王位を継ぐ、とは叔父さんから教わっていましたが、ヒイシ様が正当な跡継ぎだったんですか?!?」
ヒイシがお茶を飲み終えたカップをソーサーに戻すと、傍に居る侍女が率先して新しいお茶を淹れる。こういったところが行き届いているのを見ると、ジルべスタンの現在の治世は安定しているのだとヒイシは思う。
水面下で激しい後継者争いが勃発していようとも、国王アトリアと宰相ミスラにとっては、道端の羽虫が何かをしている、という程度の認識でしかない。ヒイシやロウヒを結婚相手に迎えずとも、双子の兄弟はいとも簡単にその争いを抑えつけ、邪魔なものは排除し、何の感慨も持たずに歩いていくのだろう。
あまり良くないことを考えるのは身体に良くないので、ロウヒとの会話にヒイシは集中することにする。
「・・・・・・私の故国では、王家にのみ受け継がれていた異能を持っていることを跡継ぎの条件としているんです」
「いのう? あ!! 陛下や将軍がお持ちの魔法のような力のことですか?!」
魔法・・・。
まるで夢のように聞こえる単語に、ヒイシは内心で嘲笑してしまう。
「・・・そんなに良いものではありませんよ」
「あ、それは陛下と将軍を見ていると、何となくわかります」
ロウヒの素直に口から紡がれる言葉に、ヒイシは目を少しだけ瞠く。
「ヒイシ様の異能はどのような力なのですか?」
ヒイシの変化には気付かず、ロウヒはカップのお茶を興味深げに覗き込んで飲みながら、笑顔を見せる。
「・・・・・・私の一族が受け継いできた異能は、【透視】です」
「とうし・・・?」
「言葉で伝えるのは些か難しいのですが・・・、遠い地で起こっていることや近くで起こっていることまで多岐に渡り見通し、感知出来る能力、と言いましょうか」
「どんなに遠くでもですか? どんなことでも?」
矢継ぎ早に質問してくるロウヒの瞳はキラキラと輝いている。
まるで幼い子どもが魔法に憧れを抱く姿とよく似ている。
「透視の異能も一口に言って、持つ者によって違いがあります。私は対象を視たり、聞こえてくる話等を媒介として様々なことを見通したりします。簡単に例を挙げるなら、思念や心の中、といったものです」
ヒイシの言葉に、部屋に待機している侍女や護衛達が張り詰めた空気を出す。
まあ、勝手に心の中を覗かれてしまう、ということは人間ならば誰でも忌避したがる事柄であるのは間違いないことなので、ヒイシは今更己に向けられる畏怖の嫌悪の感情を気にしたりなどしない。
「ヒイシ様は疲れないのですか?」
「・・・・・・何がでしょう?」
「そんなに多くのものを視れる力って、疲れませんか?」
ロウヒは素朴な疑問を口にするようにヒイシに問い掛けてくる。
ヒイシはロウヒの忌避も恐れもない瞳に途惑う。
「あの・・・・・・、ロウヒ様は気持ち悪くは感じないのですか?」
「何をですか?」
「私の異能です。人の心の中を無断で盗み見るような力ですよ?」
ヒイシの問いに、ロウヒは首を傾げ、右手を顎の下に持ってきて、考える仕草を取る。
ややあって、ロウヒは口を開いた。
「・・・・・・確かに心の中を覗かれる、というのは良い気持ちはしないと思いますが、別にヒイシ様ご自身が望んで手に入れた力ではないでしょう?」
「まあ・・・、はい」
「それなら忌避する理由も恐がる必要性も感じません。寧ろ、自分が嫌われても良いから本当のことだけを口に出来るヒイシ様は、私の目から見て、立派に王族だと思います」
何の衒いも、損得も関係なく言葉を紡げる人間が存在していることはヒイシだって知っている。
けれど、ロウヒはその上に位置付け出来る人間なのだろうな、とヒイシはボンヤリと思う。
ロウヒの言葉は、醜い世界ばかりしか見聞きしてこなかったヒイシの心にスンナリと、人間が活力を得る為により良い食物を口にし、心と身体が自然と力を得ていく感覚にとても近い。
ヒイシは少しだけ目を眇める。
ああ、この娘は眩しい。アトリア陛下が伴侶にと選んだ理由が分かる気がしてしまう。
室内に居る侍女や騎士達も、ロウヒを眩しい者でも見るように見ていることに、当の本人であるロウヒだけが気付いていない。
少しだけ、ほんの少しだけ、ヒイシの口元が動く。
生きてみるものだな、と柄にもなく思える出会いもあるのだ、と。
「あッ!!」
ロウヒがソファから身を浮かせ、テーブルに両手を乗せて、ヒイシの顔を満面の笑みで覗き込む。
「ヒイシ様、今笑った!!」
ロウヒの言葉に、ヒイシはそんなに自分の表情は可笑しかっただろうか?、と頬に手を当てる。
「ヒイシ様、微笑んでいても何だか心の底から笑っていないような気がしていたんです!! 今さっきの笑った顔のほうが断然いいです!!」
満面の笑顔で話すロウヒにヒイシは呆気に取られるが、口元は自然と綻び始めていた。
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