菜の花散華

了本 羊

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番外編

道化師《ピエロ》は菜の花の花束を抱えて歩く 15

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それ以降、実と心結は仲良くなり、実の家などで頻繁に遊ぶことが増えた。
 娘のいない実の両親は喜び、兄も弟も、心結を妹や姉のように可愛がり、慕った。


 心結の香恋を初めて見た時は、容姿よりも、


 「自分が愛されて当然」


という傲慢さの滲み出る雰囲気に辟易した。
 香恋の心結に対する態度も実の勘に触った。



 確かに香恋の容姿は天使のようだが、中身は天使とは程遠く、己に見合った人間を常に傍に侍らせたがるその気質にも反吐が出る気分だった。
 心結の両親の姿も学校の行事等で見かけることがあったが、香恋の両隣りにいつも位置し、心結の側に来ることはほとんどなかった。
どうしてあんな家族から、心結という存在が生まれたのか、甚だ疑問であり、最早生命の神秘だとすら思えた。






 心結は己の容姿に自信がないようだったが、黒橡くるつるばみ色と称して過言ではない絹糸のような柔らかい髪質に漆黒と青竹色の星を散りばめたような瞳。
 髪は腰以上までの長さがあり、小顔で睫毛が長く瞳が大きい。
 美しい顔の典型だが、他の美人顔とはまるで存在感が異なる。
 常に穏やかな表情をしている故か、雰囲気も相まって、一つの美術品のような錯覚を覚えさせる。



 実の父親が、


 「心結ちゃんのほうが、将来は大勢の異性だけでなく同性さえも見惚れる女性になるだろう」


と母親と話しているのを偶然耳にしたことがある。
 歳を重ねる毎に美しくなっていく心結に焦り、


 先手必勝! 


とばかりに告白したのが十歳の時だった。
 緊張と恥ずかしさを隠すあまり、本音まで交えてしまった最悪な告白になってしまったが。



 「心結、僕と付き合って。どんなに他の女の子と浮気しても、フラフラしちゃっても、変わらずに心結が本命だから!」



 吹っ飛ばされたのは当然のことだったと思う。
それでも了承の返事を貰えた時は、天にも昇る心持ちになった。
 十歳の頃には、どうやって同性と上手く付き合うことが出来るのかもわかるようになり、問題事など一切なく、日々が幸福に満ち溢れていた。







そんな日々が突然終わりを迎えたのは、小学六年生も半ばを過ぎた暑い夏休み直前の日のこと。
あの日の出来事を実は今もって忘れることが出来ない。


 夏休み前ということもあり、二歳下の弟である萩にせがまれ、図書館で一緒に萩の自由研究の題材になる本を探し、迎えの車を待っている時だった。
 実達や萩のような家柄の子は禁止され、はしたない、と言われている買い食いを同い年の子ども達が楽しげにしている様子を、萩は羨ましそうに眺めていた。
 実も本音を口にするならば羨ましかったが、流石に小学六年生にまでなると、我慢も形作られていた。
しかし、弟の萩はまだまだ子どもだった。



どうしても我慢が出来なかったのだろう。
 実が飲み物を買いに行っている間に、その場から居なくなってしまったのだ。
すぐに当たりをつけた実は、コンビニでアイスを購入しようとしていた萩の腕を引き摺って、外に連れ出した。


 名家の子どもがこんな所で無防備にフラフラしていたら、それこそ恰好の餌食となることは、徹底して学ばされている。
 愚図る萩が足を踏ん張った直後、実の身体のバランスが崩れ、車道に尻餅を着いてしまった。
 立ち上がろうとした実の耳に、大きなクラクションの音が響き、軽自動車が目前まで迫ってきているのを見て、避けられないことがわかり、襲いくるであろう衝撃に強く目を瞑った。



その時、誰かが実の身体を強く突き飛ばし、直後、激しい衝撃音と突風が実の身体を襲い、そのまま意識を手放した。







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