菜の花散華

了本 羊

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番外編

道化師《ピエロ》は菜の花の花束を抱えて歩く 4

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二度目の衝撃はそれからすぐにやって来た。
 今まで学校ですれ違っても、クラスが同じでも、言葉どころか視線すら心結に向けなかった実が、心結を公衆の面前で攻撃し始めたのだ。
 物理的な攻撃ではなく、言葉だけであったが、その頃からカリスマ性があり、人心掌握が得意になっていた実の言葉は、瞬く間に学校中に伝染していった。



 「顔を上げるな、ブサイク」
 「声を出すな、耳触り」
 「お前、名前なんだったっけ?」
 「なんでそんな簡単な勉強も出来ないわけ?」
 「それでも良家の子女か?」
 「勉強も出来ない上に運動音痴か」
 「家柄だけでこの学校に入れたんだろ?」
 「妹の香恋ちゃんはあんなに可愛くてパーフェクトなのに、遺伝って神秘だな」
 「貰われっ子だったんじゃないのか?」
 「同じクラスに居られるだけで、空気が濁る」



 嘗て、憤ってくれた優しく明るい幼馴染の彼氏は、既に存在しないのだと、突きつけられているかのようだった。
 最初こそ側に居てくれた友人達は次第に数を減らし、気が付くと、心結の側には誰一人として友達はいなくなってしまっていた。


 元友人達を恨む気持ちは今もって心結の中にはない。
 当時、学校のヒエラルキーの頂点にいた実に逆らうことや反することは怖かっただろう。しかも、心結達の家は皆、名のある家々ばかり。日柳家の影響力を考えれば、十代の中学生など、尻込みしてしまう。
 誰だって、自分が傷付いたり、家族が傷付くことは怖いのだ。



 妹の香恋は、実の取り巻きの一人と化していたが、取り巻き達の中でも別格に位置付けられていた。当然だったと思う。
 香恋はいつも、心結のほうを見ては、見下し、蔑んだ表情を隠しもしなかった。そのことに憤り、俯く心結を励ましてくれた最愛の人と一緒に。
 心結はその痛みから逃れようと、勉強や好きなことに打ち込む時間がながくなっていった。





 三度目の衝撃は高校に入学してすぐの頃だった。
 小・中・高の一貫校で、名家の家柄の子息子女が通っているとはいえ、高等部になると、外部からより優秀な生徒を招き入れようとする動きが活発になる。



 外部生の男子に告白された心結は最初は心底驚いたが、外部生の今後の影響を考えて、断った。
だが、告白してくれた外部生の男子は、噂や中傷に惑わされず、心結が好きだと真摯に告げてくれた。気持ちが揺れない人間なんていないだろう。
 返事を保留するものの、どうしようかと何日も悩んでいた心結だったが、ある日、家に帰ると若い男性使用人に声を掛けられた。
 家の中では、使用人達は主人である両親の反感を買うことを恐れて最低限の接触しか心結にはしてこない。例外は、父親の祖母の紹介で心結が生まれた頃から働いている久美だけだ。


 「心結お嬢様。僭越ながら、心結お嬢様は日柳家の実様の恋人でいらっしゃいます。異性からの告白には、毅然とした態度で断りをいれねばなりません」


 何を言われているのかわからなかった。
そもそも、どうしてこの使用人が、心結が男子に告白されたことを知っているのか。気味の悪さが先に立ち、心結は男性使用人から距離をとりつつ、口を開く。


 「わたしは確かに日柳様とお付き合いをしていましたが、それは幼少時代とも呼べる時まで。今では何の関係もない、赤の他人となっています。自分のことは自分で決めます」


 早口で捲し立て、自室に入り、鍵を掛ける。
ドッと安堵が押し寄せ、ドアに背を預けてズルズルと座り込んでしまう。
 明日、久美に言って、対処策を考えよう、とそう決意した。



けれど、思わぬ形で男性使用人の言葉の意味と、何故心結の個人的な情報を知っていたのか、という疑問は翌日、思わぬ形で突きつけられた。
 学校に行くと、心結に告白をしてくれた外部生の男子が風紀で取り締まりを受けているという話を耳にし、驚愕した。
 女生徒との不適切な行動を学校内でしていたため、と言うが、勿論それは心結のことではない。



そして、その日から、何故か心結は


「浮気女」、「尻軽」


というレッテルを貼られ、実の取り巻き達からイジメを受けるようになった。
 普通、そんな噂がたてば、名門校といえど、少数いる素行の悪い男子生徒に絡まれそうなものだが、そんなことは一切なく、言葉や張り紙や落書き等ばかり。



その時になってようやく、すべての全体像が心結にはおぼろげながらも見えた。あの男性使用人が雇われたのは心結が中学二年生になった頃。外部生の男子のことも心結への暴言からはじまるイジメも、全部実が仕組んだことのだろう。


 嫌っているはずの自分を何故監視しているのか。


そんなに自分のことが憎いのかとも思い、胸が引き攣り、自室で蹲り、声を殺して泣いた。



この先どうなっていくのかもわからない不安と恐怖に、誰にも相談出来ずに一人膝を抱えるしかない孤独感。
しかし、これがまだまだ序の口であったことを心結が知るのは、もう少し先のことだった。






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