菜の花散華

了本 羊

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本編

第2話 瓦解していく日常

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幸せだと信じて疑うことのなかった日々に陰りが差し始めたのは、結婚してすぐの頃だった。


 結婚と同時に離れの邸宅に移り住むようになった暁と日月は、使用人が男女合わせて四人居たが、ローテーションで本宅とを回ってもらい、出来る家事などは日月が率先して取り組んでいた。
 弱かった身体も成長と共に健康になりはじめ、いずれは暁との間に子どもを授かり、養父母を喜ばせたいと心密かに願い、料理や掃除、洗濯など、友香から教わり、調べたりしていた。


 暁は元々避暑の際に別荘として使われていた家屋をアトリエに変え、本宅に帰ってくるのは月に二~三回あるかないかであったが、帰ってくると食事などを一緒に食べ、色々な話をする。
 家族同然に過ごしていた頃と何ら変わらない生活ではあったが、不満など感じるはずもなかった。
 家族を失い、喪失感と悲しみで立ち直れない幼く身体の弱かった日月を家族として迎え入れてくれただけではなく、自分の将来の家族の夢ですら実現出来たのだ。これ以上何かを望むのは罰当たりだとさえ思っていた。




 結婚して五ヶ月が経とうとしていたとき、使用人の女性の一人が体調不良を起こし、本宅から最近雇われた若い使用人の女性が代わりに派遣されて来た。
 日月は歳も若いので、仲良く出来たらという思いを込めて笑顔で挨拶を交わしたのだが、若い使用人の女性は、何故か日月を観察するような、探るような目で見ていた。
そのことを不思議に思っていた日月は、運悪くその女性と他の使用人が話している会話をお茶のお代わりを取りに出向いた先で聞いてしまった。



 「暁様の奥様、本当に子どもじゃありませんか?! 妃奈ひな様のほうが暁様にはお似合いですよ!」
 「滅多なことを言うもんじゃないッ。日月様にはそのことは耳に入らせないように、と悠生様からキツク厳命されているんだ!」
 「妃奈様は世界的にも活躍されているモデルですし、暁様の同級生です! お美しさも充分ですわ!」
 「大旦那様と大奥様が決められたのは日月様だ!」
 「お可哀相な暁様。大旦那様達の意向で、お好きな方と結ばれないなんて・・・」



そこまでで聞くのが限界だった。


 足音を立てずに自室へと一目散に逃げ帰り、嫌な心拍数を刻み始める心臓を胸の上から押さえ付けた。
 今聞いた会話は何だったのだろう? 


そんなことを考えることすら心は拒絶したが、頭の奥のほうが冷静にこの物事を見守っていたのだろう。
 若い女性使用人の視線に耐え切れず、日々の勤めを労わることを名目に、使用人それぞれに旅行をプレゼントし、家に一人きりになる時間を設けた。
そうしないと、何かがパンクしそうで怖かったのだ。



それでも必要最低限な家事はしておこうと思い、掃除を始め、いつしか掃除に熱中し、邸内を片っ端から掃除して回っていた。
 何も考えたくなかったのだと思う。
その行為があの事実に着き到る出来事に繋がったのだから、笑えもしないが。




 普段は入らない地下にある夫の物置部屋もついでに掃除してしまおうと考えて、一度も触れたことのない古い鍵束を使用人の休憩部屋の棚の中から取り出し、地下へと向かい、鍵を開けた。
 室内に入ると、古い本やら家具、置き物が雑多に置かれていたが、そこまで埃だらけでないのは、キチンと定期的に掃除をしている証なのだろう。
これならば自分も少しは掃除が出来る、と水の入ったバケツを持って来ようと再び扉から出ようとした際、色鮮やかな敷布が目に入り、足を止めた。


 白ではなく、パステルカラーの敷布は目を惹いた。
 近付くと、その敷布の辺りだけはとても綺麗なことがわかり、首を傾げた。
 敷布が覆っている物はそこまで大きいものではない。そのとき純粋な興味から、敷布を少し日月は片手で上げた。


 最初はそれが何か、日月はわからず首を傾げた。
もっと敷布を捲り上げると、その積み重ねられた物が色取り取りに包装されていることがわかった。
ふと、何気なく日月は視線を積み重ねられた物の一番上へと動かし、見覚えのある包装に首を傾げ・・・、ずに、それが何かを思い出し、凍りついた。




 恐る恐る、目に止まった一番上に置かれている、綺麗に包装された箱を手に取り、膝に置き、リボンを解き、震える手で箱を開けた。
 直後、箱は日月の膝から滑り落ち、金属音を響かせて床に落ちたが、日月はそれを目で追うことは出来ず、代わりに涙が止めどなく溢れては零れ落ちて、床を濡らしていった。
 敷布で覆われていた物は、綺麗にラッピングされた箱や袋で、それは誕生日、クリスマス、季節の節目等々に夫である暁に日月が贈った贈り物だったのだ。





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