舞蝶村の狂村

了本 羊

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2幕

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揺られているような感覚に、和奏はうっすらと目を開ける。

辺りに視線を泳がせて、すぐに自分が車の後部座席に寝かされている状態だということに気付く。

「和奏ちゃんは大丈夫ですか?」

「ああ、いまは意識がないというよりも、眠っていると言った方が正しいな。帰りに和奏ちゃんの掛かり付けの病院に寄ってくれ。」

前の方から聞き知った二人の男性の声が聞こえる。そこでようやく和奏は、耳の奥で聞こえ続けていた〝童唄〟が聞こえなくなっていることに気付いた。

また〝戻ること〟は叶わなかったようだ。和奏は小さく自嘲の笑みを漏らす。

運転席に座って車を運転している20代前半の男性が宝田流(たからだながれ)、助手席に座っている男性が鹿渡啗樹(かどくらいつき)という名で、2年ほど前から顔見知りに

なった2人の刑事だ。

2人とも和奏が目覚めたことには気付いていないらしく、会話を続けている。

「わかりました。それにしても今日の朝、和奏ちゃんの様子見に行って正解でしたね。今日は学校は休みのはずなのに、朝の7時くらいに和奏ちゃんの家を訪ねても誰も出ない

んですから。すぐに先輩が嫌な予感がするって言って車に飛び乗ったおかげで、和奏ちゃんより先に白露駅に先回り出来たんですから。」

鹿渡啗は無言のまま、助手席の窓から見える流れる景色を眺めている。

「でも今日和奏ちゃんのご両親は2人とも仕事ですかね?」

宝田のその言葉に和奏は何故か無性に笑いだしたくなるのを堪えた。

「あの2人」は今日は共に仕事は休みで、昨日の夜から「お互いの相手(つまり不倫相手)」のところへ行っている、と言ったら、宝田はどんな顔をするだろうか。

もっとも隣の鹿渡啗はそのことに気付いている、もしくは知ってはいるだろう。

それでも何も言わないのは、自分を気遣ってくれているのだと和奏には分っている。

ーーーーーーーーー恋をしなさい。〝此処〟ではない「外」の場所で。そんな相手を探して、巡り合いなさい・・・ーーーーーーーーー

鹿渡啗の背を見つめながらふと、あの〝別れの日〟に言われた言葉を思い出し、小さく自嘲の笑みを漏らす。

それは鹿渡啗に僅かでも惹かれているであろう自分への、嘲りの笑みだった。

そんな感情を僅かでも抱いても無駄だということを和奏は知っている。

それは年の差とか、そういうことではない(だいたい、いまどきそんなことを言う人間は激しく遅れているし、古い)。

だって知っているのだ。鹿渡啗が何故自分を気にかけるのか、その訳を。

目覚めていることを気付かれないうちに、再び眠りの底に入るべく、和奏は静かに目を閉じた。

「でもあの初霜山って本当、曰くつきの場所ですよね。先輩のお姉さんも十数年前にあの山で行方不明になっている場所なんですから。」

宝田のそんな言葉を耳に聞きながら。




「さっき電車の中であのお姉ちゃんと何のお話してたの?」

母親が幼い女の子の手を引き、歩きながら、先程のことを尋ねる。

「内緒っ!あのお姉ちゃんとあたしだけの秘密なんだっ!」

女の子がとても楽しげに母親に答えた。



一つの御伽話を貴方に教えてあげる

お母さんにもお父さんにも絶対に話しちゃ駄目だよ

そうすれば今から話すお話は、貴方〝だけ〟の御伽話になる


9歳になったばかりの一人の女の子がいたんだ

どこにでもいる普通の女の子だった

あるとき小学校の遠足で、ある山をその子は訪れた

自然に囲まれたごく普通の山だとその子は思ってた

でも遠足の自由時間のとき、山の奥の方から〝唄〟が聞こえて来たんだ

最初は空耳かと思ったんだけど、確かに山の奥から〝童唄〟が聞こえてくる

でも、他の遊んでる子達には全然聞こえていないらしい

誰もその〝唄〟に気付かない

女の子は好奇心の誘われるままに、その〝童唄〟に誘われるように山の奥へ奥へと進んでいった

どれぐらい歩いただろう、ふと少女が気付くと、そこは山の中と呼ぶにはあまりに不釣り合いな景色が広がっていた

田園風景がどこまでも広がり、大きく豪奢な館が一軒一軒建ち並び、季節は秋のはずなのに花々は咲き乱れ、幾千もの蝶が舞っていた

そのあまりの幻想的な光景に言葉もでてこなかった少女の前に、一人のそれは美しい女性が現れたんだ

その女性は少女を見つけるなり、慌てたように元来た道を引き返せと背中を押してきた

少女が訳が分からずにいると、数人の男達がいきなり現れて、その女性に暴力と暴行を突然振るいはじめた

あまりに突然のことに、少女は頭がパニックを起こしへたり込んでしまっていたが、女性の「逃げろ」の一声に我に返り、一目散にその場から走りだしていた

しかし逃げ出した先で見た光景に、少女はさらに混乱とパニックに陥ることになる

村と呼ぶに相応しいかどうか分からない場所に走ってきた少女の眼前に広がっていたのは、生きた蝶を貪り食う女性、大人の男性を奴隷のように傅かせている子供達、獣と呼

ぶべき生き物と全裸で性交を交わす人々など、とにかく異常としか言えないような光景がそこには広がっていた

あ、ここら辺の意味はわからなくていいよ、わかったとしてもいいことじゃないからね

お話を戻すけど、少女はあまりの諸々の出来事に、ついに絶叫を上げて意識を失い倒れてしまったんだ

目が覚めたとき、少女は豪華すぎる造りの部屋の大きなベッドに寝かされていて、傍には先程の女性が包帯だらけの姿でその子を看病してくれていたんだ

するとその部屋にもう一人、逞しさを感じさせる男性がにこやかな笑顔を浮かべて入ってきたんだけど、少女を怯えさせたのは、その男性の体にべったりとついた返り血らし

き血と、部屋の外に転がされていた血まみれの男達の姿だった

少女はすぐにその男達が、先程自分の傍にいる女性を暴行していた男達だと悟る

笑顔を絶やすことのない男性は、少女に此処は〝舞蝶(まちょう)村〟という名で、「外」の季縄村では別名〝狂村(くるいむら)〟と呼ばれる村であるということを教え、

さらにこの村は外界の人間は決して辿り着くことは出来ない古の村であることも教えた

ではなぜ自分は辿りつけたのかと問うた少女に、男性はただ笑みを浮かべ、女性は少し悲しげに顔を俯かせるのみだった

「外」に帰る術がわからぬまま、舞蝶村で幾ばくかの日を過ごした少女は、自身が滞在している館の主人のような男性が舞蝶村の村長であること、自分の世話をしてくれてい

る女性が、自分と同じく「外」の世界から来た者であるということを知る

男性は少女に様々な知識を教えてくれては、少女に問いをする

普通とは、狂うとは、異常とは、生きるとは、死ぬとは何だ?、と

女性は少女に惜しみない愛情を注いでくれながらも、諭すように言い続ける

貴方はまだ引き戻れる、今ならまだ間に合うはずだ、と

男性と女性が少女に注ぐものは、自分ではなく己の仕事しか見ていない少女の両親からすらも与えてもらうことはないものだった

そして少女は気付く

この村で毎日のように起こる狂った事柄を、自身の中で異常とは感じなくなりはじめていることに

それに気付き、自身に怯える少女を見た女性は、その夜、少女の手を引き村を出た

走りながら村を出る道すがら、女性は舞蝶村に入ることができるのは、〝山に選ばれた者〟だけだということを話して聞かせる

何故舞蝶村が存在するのかはわからない、何故皆があんなに狂った様でいるのかも、もしかしたら理由などないのかもしれないと

ただ一つわかるのは、自分達のような山に選ばれ続ける者がいる限り、あの村は存在し続けるのだ、と

ならば共に「外」に帰ろうと口にする少女に、しかし女性は緩く首を降り、自分はもうそれが出来ないのだと少女に告げる

そして薄暗がりの中、一本の道を指さし、この道を進んでゆけば「外」に出られる、この〝帰り道〟は満月の晩にしか現れることはないのだと教えながら少女の背を押す

女性の言うとおり少し進んだ少女はためらいがちに後ろを振り返り、つかの間呼吸をすること忘れてしまう

そこにはいつの間にか女性を愛おしげに抱き締める村長の男性がいて、女性は男性の腕の中で、少し悲しげな、けれどとても幸せそうな表情をしていた

夜風に花々は揺れ、幾千もの蝶の翅が光の粒をまき散らせるかのように光り輝いている

心奪われてしまいそうなほどの幻想的な光景に呆然と立ちすくんでいる少女に、男性と女性の言葉が重なって届く

必ず君は帰ってくるよ・・・・・・

決して帰ってきては駄目・・・・・・

気付いたとき少女は遠足に来ていた山に帰ってきていた

少女は「外」の世界で数週間行方不明になっていたらしく、警察やら捜索隊やら来ていて、大変な騒ぎになっていた

おかしいね、少女が舞蝶村で過ごしたのはたった数日のはずなのに

少女は舞蝶村のことを誰にも言いはしなかった、記憶がないと嘘をついた

何故嘘をついたのか少女本人にもわからなかった

警察に保護された後、少女が山の下にある村の住人から聞いた話によると、その山では数十年に一回の割合で、必ず行方不明になる者が出るらしい

不思議なことに、数週間後ぐらいには行方不明になった者は必ずと言っていいほど発見されるらしいのだが、何故か皆行方不明になっている間の記憶を失くしているのだと言



そしてその行方不明になった者は数年後、再びこの山を訪れ、山に入った後、二度と見つかることはないということだった

村のお年寄り達は言う、〝狂村〟に誘われて行ったんだ、と

村に生きる命ある全ての者が一人残らず狂っているとされる、この辺りの山間地方に古くから伝わる古の村

時折山が人間の中から誰かを選んでは、〝狂村〟へ捧げているのだという

そんな嘘みたいな御伽話のような言い伝えを、しかし少女は自分を保護してくれた者達のように笑い飛ばしたりなどせず、ただ静かに考えていた

自分に残されている「外」の世界で生きる時間は、後どれぐらいなんだろうか、ってね



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