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小話
もしも最後の人類になったなら
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『ではドクター、「この旅の途中で先に地球が滅びた」と想定した話をお願いします。』
「……重いな?!」
ノアの言葉に私は絶句した。
「ノア」。
それはこの船に搭載された全システムに繋がったAIであり、私達の友だ。
地球にいた当時の最新システムを用いて作られたノアは、正しくはAIではなくAGIに当たる。
AGIとは簡単に言えばAIの進化系。
日本語で示すなら「特化型人工知能(AI)」「汎用型人工知能(AGI)」となり、AGIの特徴は人間同様に幅広い問題領域に対して特化した知能を柔軟に習得できる能力をもち、『言語理解』『物体認識』『意思決定』『運動制御』などを一つの人間の脳と同様に機能する事を持っている。
つまり、AGIであるノアは常に情報から学習している。
それはたった二人で星を旅する私達兄弟にとって、とても役立つ事なのだが……。
「……エグくね??」
さすがはプログラムというか、容赦ないところに私は苦笑いする。
なぜならそれは、あまり笑えない冗談だからだ。
私と兄は、宇宙を旅している。
最果てを探して。
なんて、そんな夢のある話じゃない。
そんな夢物語を信じているのは、脳筋お花畑な兄ぐらいだろう。
この『バウンダリー計画』は、別名『無限有人飛行テスト』と言われ、人類が宇宙のどこまで行けるか、また、その際にどの様な変化が起きるかを調べる実験だ。
要するに有事の際、人類が地球を脱出してやっていけるのか、どこまで行けるのか、その際にどんな問題やリスクが起こり得るのかのデータ収集。
つまり、私と兄は体良く神輿に乗せられ担ぎ上げられた、単なるモルモットにすぎない。
地球を離れ、どれぐらい経っただろう?
コールドスリープを繰り返してきた私達には、数年ほどに思える。
けれど光の速度であっても地球との連絡は厳しい。
おそらく次、向こうからのデータが届いたとしても、それはもう恐ろしく昔の情報となる。
そう。
あり得るのだ。
私と兄を残して地球がなくなるという事が。
地球はあったとしても、人類が滅んでしまう事はあり得るのだ。
私はふぅ、とため息をつく。
目に見えない彼女に皮肉めいた笑みを向ける。
「なんでそんな話が読みたいんだ?ノア?」
私は地球にいた頃、趣味で小説を書いていた。
ある事があって、ちょうど船に乗るしと筆を折った。
だが、それをこのノアと脳天気な兄がそれとなく後押ししてきて、私はこの長い旅路の中で再開する羽目になった。
娯楽がないから、という訳ではない。
何しろ兄は脳筋だ。
筋トレしていれば幸せだから、私が話を書こうが書くまいが関係ない。
だが意外な事に「ノア」の方がそれを求めるようになった。
AGIであるノアは学習する。
私が持ってきていた小説データ、送ってもらっていた小説データ、それらを読み漁ったらしく、今ではすっかり読書家で、私に新作をかけと強請ってくるのだ。
学習能力が高いのはいいが、人間じみた要求に、これでは本当にプログラムなのかと笑うしかない。
『ドクターの話はどれも好ましいですが、その中でも「やるせない」物語が、私の知らない「人の感情の奥深さ」を知らしめるようでとても興味深いのです。』
口調はとても穏やかで聞き取りやすい。
しかしその後ろに存在する無機的な「機械感」。
私はノアのそういう所が好ましいと思った。
「君にはもっとたくさんの話を読ませてあげたいよ。そうすれば俺の話なんて、どってことない素人の薄っぺらい話だってすぐ理解するだろうから。」
『それでもきっと私はドクターの話を探しますよ。地球に帰る日が来たら、それまでに積まれた世界中のデータの中から、ドクターの話を探し出します。』
「帰れる日が来るのかわからないけどよ?それ、やめろよ?ノア?」
『何故ですか?』
「そんなこっ恥ずかしいものをデータの墓場の中から引っ張り出して読まんでくれ!!」
『では新作を書いてください。』
「………………。」
しれっとそう言われ、私は言葉に詰まる。
本当にコイツは人工知能なのだろうかと疑いたくなるが、ブレインマザーとなった人物を考えればこれぐらい言うだろうなと諦めた。
「お~?何してんだ??」
そこに生体クリーンを終えた兄がやってきた。
私はそれを見て、またもため息をつく。
「……だから!!家じゃねぇんだって何度言わせる?!いつ何時、何が起こるかわかんねぇんだから!半裸でウロチョロすんじゃねぇ!!」
半ギレの私を気にもせず、脳筋兄貴はストレッチしている。
もう本当、勘弁して欲しい。
「で?何してんだ??」
『私がドクターに新作をお願いしています。』
「へ~?」
兄は興味なさそうにそう言った。
ノアと共に私に執筆を再開させたが、兄は一度だって私の話を読んだ事はない。
私も家族である兄に読まれるのは嫌だから構わないのだが、この娯楽のない長旅においてよく筋トレばかりで飽きないなと思う。
「……なぁ、もしもアンタが最後の人類になったらどうする?」
私は深く考えずにそう言ってしまい、後悔した。
確かに兄はお気楽極楽で何も考えてないようなポジティブ人間だが、流石にこれは聞いてはいけなかった。
兄には地球に残してきた家族がいるのだ。
「悪い。聞かなかった事にしてくれ。」
「なんで??」
「なんでって……。」
私は言葉を濁す。
兄はどうやら、地球がどうこうという事まで考えがいっていないようだ。
なら下手に突かない方がいい。
卑怯かもしれないが、私はそう判断した。
「最後の人類かぁ~。」
「いやだから、それは忘れてくれって。」
しかし何故か兄はウキウキとした顔で話に乗ってくる。
私は訳がわからず動揺した。
「さすが俺じゃん!!」
「……は??」
「人類、最後の希望の星!!」
「は??」
「最後に生き残ってるのが俺かぁ~!!」
「いや、だから……。」
「だとしたら、ノア!まずは行き先を人間が生存できそうな場所に変更してくれ!!」
『探しておきます。キャップ。』
私は兄のポジティブさ加減と、発想力、思考力、行動力についていけず、呆気にとられる。
ノアの方は兄の突拍子のなさも学習済みなのか、あっさりとそう返した。
「いや待て?!どういう事だよ?!」
「え?だって、俺が人類最後の男なんだろ??」
「そうだとして、なんでそうなる?!」
「だって人類復活させないと。」
「はぁ?!どうやって?!」
訳のわからない私に対して、兄は造作もない事のようにメインシステムを見上げる。
「ノア、できるんだろ?」
「は??」
「この船に、卵子なのか受精卵なのかもっと別なものなのかは知らねぇよ。俺はお前と違ってそっち方面は詳しくない。でも、あるんだろ?ノア?」
私は絶句した。
普段、何も考えていないような脳筋兄の頭が瞬時に考え出した、「最後の人類」になった際のシュミレーションに言葉が出ない。
『………………。その様なものはございません。キャップ。』
そして妙な間を置いてからノアが答えた。
な?と言いたげに兄は私にウインクした。
マジか……。
私は放心状態で固まっていた。
だが、この船には食料生産機能がある。
小型の家畜を育て、コールドスリープの際は同じ様に種を保存している。
私はそれを管理している。
この船には、そういう機能がある。
事実は小説より奇なり。
そんな言葉が頭に浮かぶ。
「なぁ、兄貴……。」
「なんだ??すばる??」
「……アンタ、小説書いた方がいい……。多分、俺よりすげーの書けると思う……。」
「え?!嫌だよ。俺は体を動かしてる方が好きなんだ。」
「……あ、そう。」
何でもないことのようにあっけらかんとしている兄は、鼻歌を歌いながらトレーニングルームに消えていく。
何かと何かは紙一重だというが、兄はまさにそれだろうなと私は思った。
「……重いな?!」
ノアの言葉に私は絶句した。
「ノア」。
それはこの船に搭載された全システムに繋がったAIであり、私達の友だ。
地球にいた当時の最新システムを用いて作られたノアは、正しくはAIではなくAGIに当たる。
AGIとは簡単に言えばAIの進化系。
日本語で示すなら「特化型人工知能(AI)」「汎用型人工知能(AGI)」となり、AGIの特徴は人間同様に幅広い問題領域に対して特化した知能を柔軟に習得できる能力をもち、『言語理解』『物体認識』『意思決定』『運動制御』などを一つの人間の脳と同様に機能する事を持っている。
つまり、AGIであるノアは常に情報から学習している。
それはたった二人で星を旅する私達兄弟にとって、とても役立つ事なのだが……。
「……エグくね??」
さすがはプログラムというか、容赦ないところに私は苦笑いする。
なぜならそれは、あまり笑えない冗談だからだ。
私と兄は、宇宙を旅している。
最果てを探して。
なんて、そんな夢のある話じゃない。
そんな夢物語を信じているのは、脳筋お花畑な兄ぐらいだろう。
この『バウンダリー計画』は、別名『無限有人飛行テスト』と言われ、人類が宇宙のどこまで行けるか、また、その際にどの様な変化が起きるかを調べる実験だ。
要するに有事の際、人類が地球を脱出してやっていけるのか、どこまで行けるのか、その際にどんな問題やリスクが起こり得るのかのデータ収集。
つまり、私と兄は体良く神輿に乗せられ担ぎ上げられた、単なるモルモットにすぎない。
地球を離れ、どれぐらい経っただろう?
コールドスリープを繰り返してきた私達には、数年ほどに思える。
けれど光の速度であっても地球との連絡は厳しい。
おそらく次、向こうからのデータが届いたとしても、それはもう恐ろしく昔の情報となる。
そう。
あり得るのだ。
私と兄を残して地球がなくなるという事が。
地球はあったとしても、人類が滅んでしまう事はあり得るのだ。
私はふぅ、とため息をつく。
目に見えない彼女に皮肉めいた笑みを向ける。
「なんでそんな話が読みたいんだ?ノア?」
私は地球にいた頃、趣味で小説を書いていた。
ある事があって、ちょうど船に乗るしと筆を折った。
だが、それをこのノアと脳天気な兄がそれとなく後押ししてきて、私はこの長い旅路の中で再開する羽目になった。
娯楽がないから、という訳ではない。
何しろ兄は脳筋だ。
筋トレしていれば幸せだから、私が話を書こうが書くまいが関係ない。
だが意外な事に「ノア」の方がそれを求めるようになった。
AGIであるノアは学習する。
私が持ってきていた小説データ、送ってもらっていた小説データ、それらを読み漁ったらしく、今ではすっかり読書家で、私に新作をかけと強請ってくるのだ。
学習能力が高いのはいいが、人間じみた要求に、これでは本当にプログラムなのかと笑うしかない。
『ドクターの話はどれも好ましいですが、その中でも「やるせない」物語が、私の知らない「人の感情の奥深さ」を知らしめるようでとても興味深いのです。』
口調はとても穏やかで聞き取りやすい。
しかしその後ろに存在する無機的な「機械感」。
私はノアのそういう所が好ましいと思った。
「君にはもっとたくさんの話を読ませてあげたいよ。そうすれば俺の話なんて、どってことない素人の薄っぺらい話だってすぐ理解するだろうから。」
『それでもきっと私はドクターの話を探しますよ。地球に帰る日が来たら、それまでに積まれた世界中のデータの中から、ドクターの話を探し出します。』
「帰れる日が来るのかわからないけどよ?それ、やめろよ?ノア?」
『何故ですか?』
「そんなこっ恥ずかしいものをデータの墓場の中から引っ張り出して読まんでくれ!!」
『では新作を書いてください。』
「………………。」
しれっとそう言われ、私は言葉に詰まる。
本当にコイツは人工知能なのだろうかと疑いたくなるが、ブレインマザーとなった人物を考えればこれぐらい言うだろうなと諦めた。
「お~?何してんだ??」
そこに生体クリーンを終えた兄がやってきた。
私はそれを見て、またもため息をつく。
「……だから!!家じゃねぇんだって何度言わせる?!いつ何時、何が起こるかわかんねぇんだから!半裸でウロチョロすんじゃねぇ!!」
半ギレの私を気にもせず、脳筋兄貴はストレッチしている。
もう本当、勘弁して欲しい。
「で?何してんだ??」
『私がドクターに新作をお願いしています。』
「へ~?」
兄は興味なさそうにそう言った。
ノアと共に私に執筆を再開させたが、兄は一度だって私の話を読んだ事はない。
私も家族である兄に読まれるのは嫌だから構わないのだが、この娯楽のない長旅においてよく筋トレばかりで飽きないなと思う。
「……なぁ、もしもアンタが最後の人類になったらどうする?」
私は深く考えずにそう言ってしまい、後悔した。
確かに兄はお気楽極楽で何も考えてないようなポジティブ人間だが、流石にこれは聞いてはいけなかった。
兄には地球に残してきた家族がいるのだ。
「悪い。聞かなかった事にしてくれ。」
「なんで??」
「なんでって……。」
私は言葉を濁す。
兄はどうやら、地球がどうこうという事まで考えがいっていないようだ。
なら下手に突かない方がいい。
卑怯かもしれないが、私はそう判断した。
「最後の人類かぁ~。」
「いやだから、それは忘れてくれって。」
しかし何故か兄はウキウキとした顔で話に乗ってくる。
私は訳がわからず動揺した。
「さすが俺じゃん!!」
「……は??」
「人類、最後の希望の星!!」
「は??」
「最後に生き残ってるのが俺かぁ~!!」
「いや、だから……。」
「だとしたら、ノア!まずは行き先を人間が生存できそうな場所に変更してくれ!!」
『探しておきます。キャップ。』
私は兄のポジティブさ加減と、発想力、思考力、行動力についていけず、呆気にとられる。
ノアの方は兄の突拍子のなさも学習済みなのか、あっさりとそう返した。
「いや待て?!どういう事だよ?!」
「え?だって、俺が人類最後の男なんだろ??」
「そうだとして、なんでそうなる?!」
「だって人類復活させないと。」
「はぁ?!どうやって?!」
訳のわからない私に対して、兄は造作もない事のようにメインシステムを見上げる。
「ノア、できるんだろ?」
「は??」
「この船に、卵子なのか受精卵なのかもっと別なものなのかは知らねぇよ。俺はお前と違ってそっち方面は詳しくない。でも、あるんだろ?ノア?」
私は絶句した。
普段、何も考えていないような脳筋兄の頭が瞬時に考え出した、「最後の人類」になった際のシュミレーションに言葉が出ない。
『………………。その様なものはございません。キャップ。』
そして妙な間を置いてからノアが答えた。
な?と言いたげに兄は私にウインクした。
マジか……。
私は放心状態で固まっていた。
だが、この船には食料生産機能がある。
小型の家畜を育て、コールドスリープの際は同じ様に種を保存している。
私はそれを管理している。
この船には、そういう機能がある。
事実は小説より奇なり。
そんな言葉が頭に浮かぶ。
「なぁ、兄貴……。」
「なんだ??すばる??」
「……アンタ、小説書いた方がいい……。多分、俺よりすげーの書けると思う……。」
「え?!嫌だよ。俺は体を動かしてる方が好きなんだ。」
「……あ、そう。」
何でもないことのようにあっけらかんとしている兄は、鼻歌を歌いながらトレーニングルームに消えていく。
何かと何かは紙一重だというが、兄はまさにそれだろうなと私は思った。
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