星を旅するある兄弟の話

ねぎ(ポン酢)

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我が上の星は見えずとも

それでも希望はそこにある

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本当か嘘かは知らないが、女性より男性の方が一目惚れしやすいとある。
そして一目惚れで結ばれた場合の離婚率は低いらしい。

それは一目惚れの際、高まる感情の部類がエロスや情熱の様な愛と親密な関係の感情より、親密さや傾倒といった、愛とは関連性の薄い感情をより強く感じる事が関係していると言われている。

そりゃそうだろうと私はため息をつく。

視線の先にはいつも通り、競い合う兄と彼女の姿。
あんなに言い合って競い合ってるのに、常に一緒にいる。

「……あれは多分、ある種の同族を嗅ぎ分ける本能みたいなもんなんだろうな……。」

すでに二人の絡みはチームの日常になっていた。

何かにつけて競い合い、会議などでは言い合いになり、まるで喧嘩ばかりしているようだった二人。
その二人が周囲に隠れてこっそり付き合いだした時、私は驚かなかった。
まるでかつての少年漫画のように、競い合い喧嘩する事でお互いを知り分かり合ったのだろう。

「そうなるだろうなと思ってたんだよ……。」

私はため息をついた。

兄が本能で彼女を見つけた様に、私もひと目見てわかった。
長年、兄に振り回されてきた私だからそれがわかった。

これは出会わせてはいけない二人だったと……。

絶対、ヤバいと直感した。
同じ匂いがしたのだ。

同族嫌悪になる事も考えなかった訳ではないが、兄は脳筋バカではあるが外面はいい。
ハンサムで組織の広告塔にも使われる様なスター性がある。
そして一応、あんなのでも名の通った博士。
だから張り合っていても彼女が兄を嫌っているようには見えなかった。
むしろ体力面でも頭脳面でも自分と対等に渡り合える兄に、北の戦女神は好感を持っている様に見えた。

そして兄の方はすでに一目惚れと言う魔法にかかり、これがあの脳筋兄貴かと思うほど陶酔していた。
寝ても覚めても彼女をまっすぐ見つめている。
まるで方位磁石が自然と北を指し示すように、どこに動こうとも1ミリの狂い無く、常に彼女に惹き付けられていた。

恋はコカインを使用するのと同じレベルの陶酔感を得られ、脳の知的領域に影響を与えると言う。
他にも恋に落ちると、幸福ホルモンや興奮物質、血管収縮などの陶酔を誘発する化学物質が放出されると言われている。

いわば、奇人変人に麻薬を与えたようなもんだ。

そんな愛の力でドーピングした狂人二人は、互いを好敵手として競い合い、とうとう周囲の他の志望者達をぶっちぎって、この狂気の旅路の切符をむしり取った。

喜び笑い会う二人を、皆が拍手して取り囲んだ。
私は後ろの方からそれを見守り、拍手を贈りながら小さくため息をついた。

やっと終わった。

そんなふうに思った。
長かった兄の子守りから開放されたのだと……。

兄は自分の選んだその人とともに、ずっと望んでいた最果てへの旅に出る。
それは幸か不幸か、手の掛かる兄との永遠の別れを意味していた。

寂しいかと聞かれると微妙だが、長く兄弟として共にあったのだ。
何も感じないという事でもない。

けれど皆に囲まれ笑い会う二人を見れば、これが兄にとって一番幸せな形なのだと思った。

そんな兄たちを見つめながら、私も後回しになってきた自分の幸せを探し始めた。
何をしよう?どんな事をしよう?そんな事を考え始める。
兄のいない新しい道を私は歩き始めようとしていた。


あの嵐の夜までは……。


兄が帰ってこないのはその頃は当たり前だった。
なのに稲光が光り、大粒の雨が辺りかまわず殴りかかり、風が不吉な声で叫びを上げている深夜。
珍しく取り乱した義姉さんを支えながら、兄が帰ってきた。

はじめは何が起きたのかわからなかった。

二人は普通じゃなかったし、憔悴していた。
私はこういう感じになった時の兄の扱いには慣れていたので、同じように二人を扱った。

何かを聞いたりせず、ただただ、落ち着くまで世話を焼く。
風呂に入れ体を温め、濡れた服を着替えさせる。
ココアやホットミルクなど、相手の好きな温かい飲み物を与え、甘いものや軽食を側に置いてやる。
ふわふわの毛布で体を包み、ソファーに座らせるかベッドに寝かせる。
そのまま寝てしまったら寝てしまったで構わない。
起きた時にはコロっといつも通りになっていたりもするから。

そうやって黙って世話を焼いていると、やがて落ち着きを取り戻した彼らは話し始めた。
話し始めたら、今度は途中で何か言ったりせず、相槌を打ちながら、全て吐き出しきるまで辛抱強く聞く。
下手に驚いたり話の腰を折ったりしてはいけない。
それをするとかえって面倒な事になるからだ。

しかし……。

さすがの私も彼らの話に、平然と相槌を打っていられなかった。
かろうじて平静を保って最後まで話をさせる事はできたが、頭の中はパニックに近かった。

子供ができたかもしれない。

その言葉に普通なら「おめでとう」と言えばいい。
けれど彼らにはそう言う事ができなかった。
おめでたくない訳ではないが、二人がともに手を取り合い目指す場所を考えると、簡単にその言葉を言う事ができなかった。

窓に打ち付ける雨音。
深夜を切り裂く稲光。
憂いに叫ぶ風の音。

私はそれらをしばらくの間、黙って聞いていた。
兄は義姉さんの肩を抱きしめ、その腕の中、光りが一雫溢れた。

北辰の戦女神ミネルヴァが泣いていた。
静かに音も立てず、はらりとその雫は落ちた。

それを見た時、私はあぁ、と思った。


我が上の星は見えぬ。


昔の人はよくわかっている。

順風満帆。
絵に書いたような幸せ。

綺麗に舗装された道を示される通りに順調に進んでいるように見えた私達の運命と人生。
けれど一歩先、それがどう変わるかなんて誰にもわからないのだ。

兄にも、義姉さんにも、そして私にも。

灯台下暗し。
自分の真上に輝くその星は見えはしない。

だがそれでも希望はそこにある。
私達の頭上には決して消える事のない星が瞬いているのだ。


「……何でそんな顔をするんだ?二人とも?」

「え……?」

「まぁ、状況が状況だし、手放しには喜べないってのはわかるけどよ。どうするかは二人が決める事だから、俺は別にとやかく言わないつもりだし。」

「すばる……。」

「そんな中で俺から言えんのはこれだけだ。もし、辛くないなら義姉さんは地球に残って子供を産めよ。船には俺が乗る。それでまるっと解決。簡単だろ?」

「……………すばるくん……。」


1か0か。

その二択でしか考えていなかった二人に、私はそう言った。

何でそう言ってしまったのか自分でもわからない。
けれど気づいたらもうその言葉は口から飛び出してしまっていたのだ。

嵐は徐々に離れ始めたのか、二人がここに来た時よりも弱まってきていた。

私は何も言わずに立ち上がった。
二人には話し合う時間が必要だと思ったからだ。
そのまま車のキーを手に取り上着を羽織った。

「バカ兄貴が帰ってくると思ってなかったし、義姉さんが泊まるとなるとちょっと明日の朝食が足りねぇから、買い物行ってくる。」

そしてそのまま外に出た。
こんな時間、この天気の中、どこに買い物に行こうというのかと言うことは誰も触れなかった。

雨足は弱まっていたが、風が強く雨粒が体に当たると痛かった。
急いでガレージに向かい、エンジンをかける。
そしてどこへともなく車を走らせた。
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