星を旅するある兄弟の話

ねぎ(ポン酢)

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ラブレターズ

星は集まり一つとなる

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「何?まだ返事書いてないのかよ??」

起きてきた兄が、コールドスリープ前の最終段階の液体食を飲みながらそう言った。
相変わらず身なりを気にせず、寝癖のついたままだらしない格好でふらふら歩き、ケツを掻いている。
私はため息をつき、それを持っていた記録装置で激写した。

「あ!やめろよ!!」

「俺しかいないからってだらだらすんなって言ってんだろうが。地球の実家じゃねぇんだぞ、ここは。」

「だからっていちいち気ぃ抜いてる時の写真を息子に送るなよ!!そのせいで俺への対応冷たいんだからな?!」

「自業自得だ。バカ兄貴。」

しかし懲らしめついでに面白がって甥っ子にこういう写真を送ってきた事は少し反省すべきかもしれない。
確かに父親の威厳を削る事に繋がったし、反抗期頃から甥っ子は実の父親である兄より自分に懐いてしまった傾向が見られる。
実父ではない気軽さもあったのだとは思うが、直接会う事もできない二人には可哀想な事をしたかもしれないといまさら思う。

「で?返事書いたの?」

しゅんと反省していたのは一瞬の事。
直ぐに兄は復活を果たし、うるさくつきまとってくる。
なんだか執拗い。

「返事って何だよ??家族とチームの奴らにならとっくに書いたぞ?」

「それじゃない!一番大事なヤツ!!」

「……一番大事なヤツ??」

物語ラブレターの返事だよ!!」

「……は??」

一瞬何を言われたのかわからなかった。

しばらく考えて、あぁ、と納得した。
兄が言っているのはこの前の話の事だろう。
どうもあの一件は兄の中ではお花畑になっているらしい。

あれは単にその引っ掛かりから自分が地球にノスタルジーを覚えただけの事なのだが、兄にその部分は恥ずかしくて言えるはずもなく、きちんと説明も訂正もせず有耶無耶に誤魔化したせいでこうなったようだ。
だからといって今更それを訂正する気にもなれない。
したらしたらで「弟くんはお家《地球》に帰りたいのねぇ~よしよし~」とからかってくるのが目に見えているので面倒くさい事この上ない。

「あのな、一応これだけは言っておく。あれは確かに誰かに宛てたファンレターなのだと思う。だが俺じゃない。俺はこの旅に出て直ぐに作品を消した。時間的に考えても俺じゃない。内容だって被ってないし作風が違いすぎる。確かに気になった事は確かだ。だがその部分というのは多くの作品に当てはまる部分であって俺限定のものじゃない。一番の決定打はあんたが「ラブレター」と表現する部分だ。俺は恋愛の話は基本的に書かない。書いたとしても匂わせ程度かおふざけかその手前までの人間関係の心理描写的な話だけだからな。」

「え……お前……恋愛奥手?!その歳で?!ヤバくない?!」

「……ブチのめすぞ、クソ兄貴。」

誰がそんな事を言ったと言うのか……。
兄の脳内伝達の方向性の異常性に私は頭を痛める。
とりあえず兄が気にしているものとの関連性の無さは理解してくれたようだ。
そしてホームシックになっていたっぽい事もバレていないようだ。
若干、憐れむような目で見てくるのがウザいが、一晩寝れば忘れるだろうから放っておく事にした。

しかし……。


「……で?書かないのか?」

「今までの話、ちゃんと聞いてたのかよ……アンタ……。」


どうしてこうも兄は思い込んだら猪突猛進なのだろう。
ただでさえその行動に振り回されるのに、それをこちらにまで求められても迷惑極まりない。
私は兄のペースに巻き込まれないように大きく深呼吸した。
しかし兄は続けた。


「書かないのか?」


それは昨夜のノアとの会話を思い起こさせる。
何故、兄もノアもそう言うのだろう。

脳裏にあの日の義姉さんの顔が思い浮かぶ。
俺を睨む悔しそうな顔が。

すべてを理解していた。
義姉さんはこのプロジェクトに選ばれる優秀な学者だ。
そしてその搭乗員に選ばれるほど、強い自制心と冷静な判断力を持っている人だ。
そして兄を心から愛し支える人生の伴侶でもあった。
子供を身篭った強い母親でもあった。

そんな義姉さんが見せた、矛盾した顔。

そこにあった感情。
それは私の心を酷く動揺させ、揺さぶった。

あの日から私は言葉を紡いで物語を編んだ事がない。

自分があまりに物知らずだと理解してしまったからだ。
そんな物知らずが偉そうに話を書く事が恥ずかしいと思ったからだ。


「書かないのか、すばる?」


久しぶりに呼ばれた名前。
はっとして顔を上げた。

そこにあったのは、いつものお調子者の兄の顔ではなかった。
人をからかうような軽率さは微塵もない。

ただ真っ直ぐ私を見つめてそう言ったのだ。

言葉が出なかった。
いつものように言い返したかったのに、私の口からは言葉が出なかった。

そして理解した。

兄が何故そう言うのか。
ノアが何故、そう言ったのか。

「……そうかよ……そういう事かよ……。」

「そういう事。」

ニッと兄は笑った。
悔しいが、やはりこんな奴でも兄というのは兄なのだ。

ああ、そういう事なのだと私は思った。

これは単なるきっかけなのだ。
兄もノアも気づいていたのだ。
私が話を書く事をやめていた事に……。
だから言ったのだ。

書かないのか、と……。

全ては関係ない。
そして全てが繋がっていた。

バラバラになった星たちが集まった。

忘れていた想い。
地上に置いてきた想い。
忘れたらいけない感情。
揺り動かされる心。
失う事のできない情熱。
走らずにはいられない自分の真意。

私の掌の上で頼りなくも確かにそれらは輝く。

それに気づいていなかったのは私だけだったのだ。
兄もノアも、とっくにそれに気づいていた。

自分の心が叫んでいた言葉を、私自身が聞き逃していたのだ。

言葉が形にならず、赤面して動かない私に満足気に頷くと、兄は上機嫌にノアに呼びかけた。

「ノア、どうしてもコイツじゃないと駄目な作業は残っているか?」

『いいえ、キャップ。ドクターはスケジュールに狂い無く順調に作業を進められていましたので、ドクターでなければできない作業は残っておりません。』

「……それって、俺は脱線が多いって事?!」

『自覚して下さり幸いです。キャプテン。』

「そんな~!酷いよ!ノア!!」

そんなわちゃわちゃした会話を二人がしている。
思わず笑ってしまった。
顔を上げた私に兄が微笑む。

「……なら、この船のキャプテンとして命ずる。すばるはこれからコールドスリープ作業に入るまでは休暇だ。船外に出ない限り好きに過ごしてくれ。いいな?」

「……クソ兄貴にそう言われても不安しかないんだけど??」

『大丈夫です、ドクター。私がおりますので。ただどうしようもなくなった時はお願い致します。』

「わかったよ、ノア。」

「……ねぇ、俺の扱い酷くないか?!一応、俺、この船のキャプテンなんだけど?!」

「ついでにこの船のトラブルメーカーでもあるよな?アンタ。」

『そうですね。報告データ内容に困らない、とても刺激的で飽きのない充実した時間を過ごせているかと思います。』

「酷い!!」

淡々としたノアの言葉に兄は悲鳴を上げ、私は笑ってしまった。
ほんのりと、地上で兄と義姉と過ごした日々を思い出した。
あの日々はもう訪れる事はない。
けれどその先でも、形を変えて私達は笑い合えるのだ。

『ではキャップ、まずはご自分の船外作業を済ましてください。いつもタイムオーバーして楽しげに外で過ごされていますが、ドクターの作業もありますのでのんびり遊ばず巻きでお願い致します。』

「ひぃ~。ノアがスパルタだ~!!」

「いや、時間通りに作業するとか当たり前だぞ、バカ兄貴。ましてや宇宙空間での船外作業を遊びながらやるとかありえないからな?」

『はい。この船及びお二人の管理担当として私もいつもハラハラしておりますので、今回はいい機会だと思っております。ドクターはどうぞお気になさらず、ご自由にお過ごし下さい。』

「うん。ありがとう。ノア。」

「……俺は?俺には??」

「さっさと作業に行け、バカ兄貴。俺の分までキリキリ働けよ?」

「酷い!!」

ブツブツ言いながらも、ノアに急かされ兄は仕事に向かっていく。
私は二人の心遣いに感謝した。
少しだけ兄の背を見送り、そして久しぶりにタブレットではなく自分用のサード端末をスリープ状態からスタンバイモードに切り替える。

「……何か、仕事でもないのにハードに向かい合うのっていつぶりだろう。」

椅子に腰掛け、少しだけ懐かしく照れくささを覚える。

手の中に戻った小さな星々。

それは他人にとったらくだらないし、何の価値もないものだろう。
それでもそれは、私にとってはかけがえのないものだ。
失ってはいけない大切なもの。

今、ここにある感情に感謝を込めて。

忘れないよう丁寧に紡ぎ出す。
久しぶりでも案外体は覚えているものだ。
自然とそれが寄り合い、編み込まれていく。

不思議な感覚。

星々の中を旅する船の中、私は天の川を紡ぐように言葉を編んでいった。

久しぶりで言葉が拙い。
それでも構わなかった。

今、自分の中にある感覚を言葉の中に編み込み、形にしていく。

兄と義姉さんの事。
甥っ子の事。
地球の事。
この旅の事。
物語の事。
そして未来の事。

忘れていた大切な想い。
忘れたくなかった想い。

そんな全部を一つの物語の中に形を変えて表現していく。

この話が地球に届く頃、すでに投稿サイト自体が存在していないかもしれない。
光ですら長い旅路では、データが破損するかもしれない。
奇跡的に無事に上げられたとしても、昔書いていた頃とは利用者も社会環境も全く違うだろう。

端から見れば何の意味もない。

だが、それがなんだ。

端から見た意味なんて関係ない。
私自身には意味があるのだから。


今ここに私がいて、あの頃の私がいて、そして未来の私がいる。


私は話を書き終えると、それを地球に向けて発信した。

兄のメッセージはコールドスリープに入る前の義姉さんに届くだろうか?
(これは多分間に合わない事を私は知ってる。)

そして私が書いた誰の為でもないこの物語は、どこに届くのだろうか?



宛どない旅をする私達兄弟の書いた「ラブレター」は、遠い故郷を目指し、広大な宇宙の中を今日も飛び続けているだろう。
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