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ラブレターズ

悠久の時の中にあるもの

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次の日、タブレットの画面を見た私はやはり妙な感覚に囚われ固まっていた。
昨日、勘違いだと結論づけたのに、私の懐郷の念は何とも諦めの悪い性分のようだ。

「どうした、弟くん?妙な顔をして??」

「……あ~。」

私は再度囚われたこの妙な感覚をどう説明すればいいのか、また、兄にそれを話していいのかわからず微妙な返答をせざる負えなかった。

「何なになに?!兄ちゃんに教えろよ?!」

「兄ちゃんとか言うな!気色悪い!!」

昨日、兄が言った言葉をそのまま返す。
だが面白い事に飢えている兄は引き下がらない。
私はため息をついた。
どうせこの船には兄と自分しかいないのだ。
話す相手と言ったら、他はまともに会話ができるのはAIのノアぐらいで、選択の余地がまるでないのだから。

「……ある人が書いた話がな……。」

そこまで言って、とたんに気恥ずかしくなった。
自分でないと理解しながら何を話すというのか。
それまでは情報としてそれを処理していた頭が、言葉として音にした事で、感情やら情緒やらを付け加えだした。
何しろこれは愛郷の念に結びついた話なのだ。
涼しい顔で義姉の代わりに船に乗ると、別に地球に未練なんかないしと言っていた自分が、そんな想いに囚われている事を兄に知られるのが恥ずかしくて仕方なくなった。

「……え?!エッチな内容?!」

「違うわ!!クソ兄貴!!」

しかしそんな私を見た兄の的外れな一言に、一気に脱力した。
一応、名のある博士だと言うのに、兄はいつまでもどこか脳筋だ。
まぁその脳筋具合のお陰でこの最果ての旅の主人公に選ばれたのだろうけれど。
少しは人間らしい些細な繊細さを理解して欲しいと思う。

「で?話がなんだって??」

繊細さを木っ端微塵に打ち砕くように、ケツをボリボリ掻きながら兄は言葉を続けた。
本当にコイツは……。
そう思ったが、今更、この兄に何を言っても無駄な事は長い付き合いなので理解している。
私は諦めたようにため息をついた。

「……昔、俺が趣味で話を書いてたのは話したよな?」

「あ~、そんな事、言ってたな?」

兄は特に気にするでもなくそう言った。
本当、あまりに物事を気にしないので逆に気楽だ。

「……ある人が書いた話が……なんと言うか、所々だけなんだが俺の書いた話に似ている気がするんだよ……。」

「え?!盗作って事か?!」

「違うわ!ボケ!!」

この脳筋!!
私は苛々しながら頭を抱えた。
自分でもこれをどう説明したらいいのかわからないのに、情緒の欠片も持たないこの男にどう説明すればいいのか完全にわからなくなってしまう。

「お~い、弟く~ん。聞こえますかぁ~。応答して下さい~。」

「……黙ってろ、クソ兄貴。」

しかしこのまま放っておくと面倒くさい事になるので、私は気持ちを落ち着けて努めて冷静に口を開いた。

「……気のせいだと思うんだが……どこか俺の話が思い起こされるんだよ……。」

「どんな話なんだ??」

「!!」

あまり触れられたくない所に突っ込まれ、私は言葉に詰まる。
自分の書いた話というのは、どこか日記に近い感覚がある。
だからそれを明かすというのは、日記を読まれるようで話し辛いと言うのが正直なところだ。
そんな私の様子に、何を勘違いしたのか兄は面白がってニヤニヤ笑う。

「……何?告白された系??」

「違げぇ。まぁ、俺の方はともかく相手の書いた話は恋愛絡みのある話ではあるけど……。」

そこが逆の意味で引っかかった部分だ。
私の話とは被らない部分。
その要素がこの話を自分とは関係ないだろうと思わせた部分だ。

「ふ~ん??」

しかしそれを聞いた兄はますますニヤニヤした。
何をニヤけているのか理解できず、怪訝な顔で睨みつける。
けれど兄は気にも止めず、さも楽しそうに言葉を続けた。

「お前にラブレターねぇ~。」

そう言われキョトンとしてしまう。
今の話を聞いて、どうしてそうなるのか全くわからなかった。

「は??何で俺へのラブレターになる??書かれた話がなんか俺が書いた話を思い出させる時があるってだけで……。読んでもないのに恋愛要素があるからって短絡的すぎだぞ、バカ兄貴。」

「でもある種のファンレターって事だろ?」

「ファンレターになるのか?これ?……そう言われればそうだな……。とはいえそれは俺宛な訳ではない。俺の話との繋がりが明確に書かれてる訳じゃない上、似たような話なんぞそれこそ星の数あるんだからな。」

「でもお前はそれを感じたんだろ?」

「……どうなんだろう?」

確かに何かを感じた。
だがそれはおそらく、作者の誰かを思う気持ちに私が共感したものだ。
そしてそこから地球に残してきた何かを拾ってしまったに過ぎない。

「その作者も罪だなぁ~。物語を1つ書くほどの熱烈なラブコールをしておきながら、それが誰あてか書かないなんて。」

「多分、似たような話を書いた事のあるヤツ全員、ドギマギさせられただろうな……。」

兄の言葉に妙に納得して苦笑する。

そう、これは勝手に私が感じただけの事。
おそらく似たように妙な想いに囚われた人は多いだろう。

遠い遠い昔に書いた物語。
今は遥か遠くにある故郷。

私の場合、それが自分の中に微かに残っていた愛郷の念を呼び起こさせ、2つが重さなりさらに混乱しただけなのだ。

「……ぷぷっ。お前でもそんな事に惑わされるんだな?!」

「うるせぇ!!クソ兄貴!!」

不幸中の幸い、兄にはそんな郷愁はバレていない。
けれど堪えきれないとばかりに兄はゲラケラ笑う。
無性に腹立たしく、ぶん殴ってやろうかとも思ったが墓穴を掘るといけないのでやめておいた。

おそらくこれはホームシックだ。
遠く離れた故郷と自分に何らかの繋がりを見出したかったのだ、私は。

「あ~っ!!話すんじゃなかった!!こんちくしょう!!」

「うは~!!久しぶりに心底笑ったわ!!ありがとな!我が弟よ!!」

「死ね!!クソ兄貴!!」

さんざん笑った兄は息苦しさから水を飲み、そしてドカッとソファーに深く沈んだ。
そして目を閉じる。
どうやら笑いすぎて疲れたらしい。

「……何か、本当だったら凄いよなぁ。」

「何がだよ?」

そして大人しくなった兄は、唐突にボソリとそう言った。
なんの事かわからず、私は眉を顰める。

兄は暫くぼーっと宇宙船の天井を見上げていた。
そして誰にともなく言葉を紡ぐ。

「……何かさぁ……俺達がいた事なんか誰も覚えてなくなっても……、お前の書いた物語はちゃんと今も地球のどこかで生きてるんだろうなぁと思ったらさぁ……。」

唐突な言葉。
でも、重みのある言葉。

私は茶化さずそれを受け止め、自分なりに考えた。

「俺の話はとっくに人の記憶から抜け落ちてるさ。……でも確かに、音楽とか芸術とかって凄いよな……。どんなに時がたっても、色褪せずに人々の心の中に存在し続けられるんだから……。」

兄の言葉は嘘がない。
真っ直ぐすぎて複雑な情緒はないけれど、そこに嘘がない分、心地いい。

私は少しの間、その余韻を楽しんだ。
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