異世界バックヤード

ねぎ(ポン酢)

文字の大きさ
上 下
9 / 14
はじめまして、異世界。

強さと弱さ

しおりを挟む
ど…どうしよう……。
私は困って、買ってもらって着替えたばかりの真新しいスカートの裾をぎゅっと握った。

何に困っているって……。

だって普通にユーゴさんとデートしてしまっている気がする。
いやいやいや、違う。
ただの生体認証作動テストだ。
勘違いするな、れんげ!!
私は自分に言い聞かせる。

そうやって変な顔をしている私の頭を、ユーゴさんが笑ってポンポンした。
途端に血が顔に上がって視界がぐるぐる回る。

どうしろって言うの?!
私に?!

ちょっと待って?!本当?!
今日のユーゴさん、どうした訳?!
何かマーメイに弱みでも握られてるの?!

そう思えるほど、ユーゴさんは変だった。
いつもの意地悪や嫌味や下ネタがない。

どうしたんだろう?!
怖いよ~!!

パニックになってきた私は、いつもより優しいユーゴさんに恐怖すら覚え始めていた。










バイクに乗せられ、最初に連れて行かれたのは丘にある公園だった。
そこから街を見下ろした。

「うわぁ~!!」

「こっから見えんのがプラーシパルやな。」

「思ったより大きな街ですね?!」

ユーゴさんは『シッカ』とか言う煙草みたいなものを吸っていた。
特に臭くなく、何というかミントガムみたいなものらしい。
健康に害のあるものでもなく、喉の調子が悪い時などに吸ったりするもので、マーメイもたまに吸っている。
一口もらった事があるが、確かに口の中にソフトなミントスプレーをした感じで喉がスースーした。
でもなんとなく見た目が煙草っぽくて嫌なので私は吸わない。
タブレットの物もあるので、そっちは少し、マーメイに分けてもらった。

「あそこに高いタワーがあるやろ?あれが街の中心で、政治家がぎっしり詰まっとる。」

言い方がおかしくて少し笑った。
そんな私を見て、ユーゴさんは隣に立った。そして顔を寄せる。
ドキッとしたが、動揺しないようにした。

「あれを中心と見てこっちな?右ん方。この辺がガッツリ金を溜め込んどる連中がいる所。その周辺から真ん中ら辺までが、それなりに裕福な普通の家。左に行くほど金がなくて下品になんねん。ワイみたいにな?!……ちなみにレンゲちゃんと最初に会ったんわ、左側の……アレや、ちいと高くて赤いのピカピカしとるんあるやろ?あれ、デカイ留置所ついとる警察署なんやけど、その側になんや緑がある場所あるやろ??」

「え~と……あ、はい。」

「あそこ……何つったかな??なんや遺跡?か何かなんねんて。で知っての通り公園になっとる。あそこらにいたんやで、レンゲちゃん。」

「…………。」

それはかなり左の方だった。
それをどう判断していいのかわからなくて私は何も言えなかった。

「……普通の人やったら行くのはギリギリあそこまでにした方がええ。まともに生きてたいならな。」

ユーゴさんはそう言ってまた、シッカを吸い始めた。
何も言わずに煙を空に吐き出す。
私はそれ以上、何も言わなかった。
豆粒みたいに見えるその場所を無感情に見つめる。
何を思っていいのかわからなかった。

「でな、マーメイドがあんのが……あれ??どこやっけ??忘れてもうたわ。」

シッカを吸い終わったユーゴさんが何事もなかったように話し始めたが、マーメイドの場所が本当にわからないようで、ちょっと吹いてしまった。
それからもう少しだけ、この街の事を説明される。
ちなみにマーメイドがどこかはわからないけれど、当然ながらどちらかというと左側に近いそうだ。

その後またバイクに載せられて、小さな水族館に行き、見た事のない魚達を堪能した。
その後はもっと繁華街の方に行って映画館のチケットを買う。

チケットを買うと言っても、水族館も映画館もカウンターでお金を払って生体認証を登録し、後は館内の入り口で機械の生体認証チェックを受けるだけだ。
つまり、ここでも生体認証のテストをしたという事だ。

映画館のチケットは数時間先の物を買ったので、そのまま近くをウインドショッピングする。
そこで私は初めてクーンの実物を見た。
小型のドローンみたいなのが結構な数、飛び回っている。
ユーゴさんによると、場所の治安とそこにいる人数密度によってクーンの配置数が変わるらしい。
治安が悪い方が多いのかと思うとそうでもなく、治安が良いところ、つまりそれなりに裕福な人口が多い場所が優先されるそうだ。
これもクーンの生体認証によって、どの生活ランクの人がどこにどの程度集まっているかを判断して行われているらしい。
何ともまぁ、この世界はあからさまな対応が許されるようだ。

その後、人々で賑わう商店が立ち並ぶ中、監視カメラのある場所をあえて選んで歩いたり、店舗の防犯カメラのチェックをする為に、服を選んで1着だけ買ってもらったりした。

それからちょっと人気の少なくなる裏通りを歩き、オープンテラスに防犯カメラが向いているお店でランチを食べた。
長い時間カメラで映されても異常が起きないかのチェックらしい。

そして映画を見に映画館に入った。
映画館は暗い中、スクリーン側から暗視カメラで犯罪行為が行われていないか監視されているらしい。

と言う訳で、今ここ。

私は真っ赤になっていたたまれなくなっていた。
ユーゴさんは疲れていたのか、朝早く起きたせいか、途中から寝ている。
寝ているのはいいのだが!思いっきり私に寄りかかっているのだ!!
映画の内容なんかすでに全くわからない。

と言うか…
私も久々に外に出で、見るもの見るもの初めてで浮かれていたので、はじめのうちはコロッと忘れてたんだけれども……。

これってかなり本当にデートだよね……。

だんだんはたと意識してきてしまい、今はすでに限界。
考えても見て欲しい。
バイクに二人乗りして、高い所から景色を見渡して、水族館に行って、ショッピングして、服を買ってもらってそれに着替えて、オープンテラスデートランチして、映画を見てるとか……。
意識したら叫びそうになってしまった。

いや違う!!落ち着け私!!
全部生体認証の反応を見てるだけだ!!
出かける前にユーゴさんにデートとかからかわれたから意識してしまうだけだ!!

頭を抱えているうちに映画は終わり、明るくなった事でユーゴさんも目覚めた。
ただはじめのうちは寝ぼけていて、私に寄りかかっていた事は気づいてないみたいだった。

「……まだ夕飯までには時間あるさかい、ちいと変なとこ寄ってもええか?レンゲちゃん……。」

デート疑惑が拭い去れず動揺する私に、ユーゴさんはそう言った。
その顔は見た事のない……いや、初めてあった日に見た、ユーゴさんの顔だった。













それから地下鉄みたいなものの駅に向かう地下道をしばらく歩き、途中、ドアを潜った。
そんな所に入っていいのかなぁとも思ったが、今のユーゴさんに何か言う事は憚られた。
そして進むに連れ、何とも怪しげな地下街に入っていく。

「…………。」

「ええか?こっから先は何があっても声を上げたらアカン。」

異様な雰囲気に飲まれながら、私は無言で頷いた。
いつの間にかユーゴさんはしっかりと私の腕を掴んでいた。
少し痛いくらいだった。
ユーゴさんはこの薄暗い地下街を迷い無く進んでいく。
そしてやがて、おかしな屋台の様な場所に来た。
その安っぽいアダルト自販機のような半透明なロングカーテンをめくり、中にはいる。
この時、ギュッと引っ張られ、肩を抱かれた。
はっきり言って、色気なんてものは全く無い。
危険から守る為と言うのがひしひしと伝わる抱き方だった。

「ん~??懐かしいねぇ~??ユーちゃん??」

そこには背を向けた大きな巨体の男性なのか女性なのかもわからない人が無数のモニターに囲まれていた。

「ご無沙汰してます。」

ユーゴさんはそう言って頭を下げたが、目はしっかり開き、油断していないことを伺わせた。

「戻ってきたワケ??ん~、違うか。でも足を洗ったワケじゃないのね~??ん~。」

「いえ、もうこちらより奥には行きません。」

いつもの雰囲気じゃない。
それが喋り方だと気づくのに、時間がかかってしまった。

「ん~?ん~~??そうなの~??ユーなら結構、深くまで潜れると思ってたんだけど~??まぁいいわぁ~。」

「すみません。」

話はわからないが聞いていても仕方ないだろう。
誰にだって触れられたくない過去はあるのだから。
それでもどうしてもユーゴさんはここに来ないとならなかったのだ。
だから私は邪魔をしてはならないのだ。
私は無になろう。
何も知らない、何も聞こえない。
喋れないんだし、それでいいはずだ。

「ん~ん~ん~??随分、肝の座った子ね~~??」

「?!」

その人は振り向かずにそう言った。
肝の座った子??
もしかして私?!
少し驚く。

「ん~。生体認証、大丈夫そうね~。その子、気に入ったから、しばらくはアフターケアもしてあげるわ~??」

「……ありがとうございます。」

「……。」

私は喋れないので、とりあえず頭を下げた。
その途端、屋台が揺れるんじゃないかと言う笑い声が響いた。
ビクッとしたが、ユーゴさんがグッと私を抱き寄せ、首を振った。

そうか、この人、私を喋らせたいのか……。
そう思って頷いた。

「うふふ……っ。見掛け倒しじゃないわね??好きよ、そういう……糞アマァァ…っ!!」

そしてまた笑い声が屋台を揺らす。
流石にギシギシ言ってて崩れそうで少し怖かった。

なるほど、ヤバい人だ。
ヤバそうな場所にいる、本物のヤバい人だ。

気が狂ったような笑い声がいつまでも響き渡る。
確かに怖いけど、事情を知らない私は「ヤバい人」ってだけで我慢できるが、色々知っているらしいユーゴさんはかなり辛そうだった。

やがてゼイゼイと荒い呼吸が響き、やたら静かになった。
ユーゴさんが黙って頭を下げた。
私も軽く頭を下げる。
そしてそこを離れる為に向きを変えた。

「……お金はいつもの所にねぇぇ?!!!ユーちゃぁんっ!……ふふふっ……いつでも戻っておいでぇぇ~~!!」

そんな奇声を聞きながら、ユーゴさんと私は足早にその場を離れる。
来た道を戻りながら、あちこちの店から、防犯カメラよりもハッキリと私達を監視する人々の目があった。
それに気づかないふりをして、小走りに進む。
段々と普通の通りに近づいてきて、私も何となく覚えていたので、ユーゴさんを抱えるようにして引っ張っていく。

バタンっと始めに潜ったドアを抜け、閉めた。
その瞬間、ユーゴさんがその場に蹲り、吐いた。

私は何も言わなかった。
元の世界から持ってきた持ってきた、誰のものかわからないハンカチを差し出す。
ユーゴさんは一度は汚れるからと断ったが、私が無理やり顔を拭くと観念して使い始めた。
近くの階段に座らせ、お茶を買ってきて渡す。

「……何も…聞かへんのやな……。」

そう、ユーゴさんが呟いた。
俯いたままのその姿をきょとんと見つめる。
何かあれっと思ってしまった理由がいつもの関西弁に戻っているからだと気づき、私は笑ってしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

星を旅するある兄弟の話

ねぎ(ポン酢)
SF
宇宙のはてを目指す有人宇宙船。優秀だが基本脳筋で陽気な兄と、兄に振り回されすぎて少し捻くれた弟。星を旅する彼らの日常や地球での出来事などを書いた短編・中編集です。

―異質― 激突の編/日本国の〝隊〟 その異世界を掻き回す重金奏――

EPIC
SF
日本国の戦闘団、護衛隊群、そして戦闘機と飛行場基地。続々異世界へ―― とある別の歴史を歩んだ世界。 その世界の日本には、日本軍とも自衛隊とも似て非なる、〝日本国隊〟という名の有事組織が存在した。 第二次世界大戦以降も幾度もの戦いを潜り抜けて来た〝日本国隊〟は、異質な未知の世界を新たな戦いの場とする事になる―― 大規模な演習の最中に異常現象に巻き込まれ、未知なる世界へと飛ばされてしまった、日本国陸隊の有事官〝制刻 自由(ぜいこく じゆう)〟と、各職種混成の約1個中隊。 そこは、剣と魔法が力の象徴とされ、モンスターが跋扈する世界であった。 そんな世界で手探りでの調査に乗り出した日本国隊。時に異世界の人々と交流し、時に救い、時には脅威となる存在と苛烈な戦いを繰り広げ、潜り抜けて来た。 そんな彼らの元へ、陸隊の戦闘団。海隊の護衛艦船。航空隊の戦闘機から果ては航空基地までもが、続々と転移合流して来る。 そしてそれを狙い図ったかのように、異世界の各地で不穏な動きが見え始める。 果たして日本国隊は、そして異世界はいかなる道をたどるのか。 未知なる地で、日本国隊と、未知なる力が激突する―― 注意事項(1 当お話は第2部となります。ですがここから読み始めても差して支障は無いかと思います、きっと、たぶん、メイビー。 注意事項(2 このお話には、オリジナル及び架空設定を多数含みます。 注意事項(3 部隊単位で続々転移して来る形式の転移物となります。 注意事項(4 主人公を始めとする一部隊員キャラクターが、超常的な行動を取ります。かなりなんでも有りです。 注意事項(5 小説家になろう、カクヨムでも投稿しています。

性転換マッサージ

廣瀬純一
SF
性転換マッサージに通う人々の話

異世界に落っこちたので、ひとまず露店をする事にした。

ねぎ(ポン酢)
ファンタジー
くたびれたサラリーマンの男はある朝、大地震によって異世界に落ちてしまう。その世界の支配者に召喚された訳でも、女神から何か能力を与えられる訳でもなく、ただ本当に落ちただけだった上、異世界は生命維持に適さない環境だった。落ちた早々死にかけるが、そこに通りかかったマンティコア(?)の様なモノによって生存可能な機能を与えてもらい、その助けを借りながら生活する事になるのだが……。異世界に落ちてしまった人生に疲れたサラリーマンと、ちょっと訳ありの土地を治める大きなもふもふのおかしな二人三脚ストーリーです。(多分) 異世界転移者の奮闘と日常?の切り出しなので、さしてヤマもオチもなく続くような続かないような話です。(※食わず嫌いしていた異世界転移モノ(とか色々)をどうにか形にした話です。)【2022.6エブリスタで執筆開始(エブリスタ2022.8退会こちらに作品移行)】 【転載禁止】【無許可ダウンロード禁止】

竜と生きる人々

ねぎ(ポン酢)
ファンタジー
神はその身から様々な神聖な生き物を作った。 そして神に近い大地に彼らを住まわせた。 神聖な生き物たちはやがて分岐し、一部の者たちが世界に散っていった。 聖地を離れた彼らは、その土地に合わせ、その生き方に合わせ、姿形を変えていく。 そうやって分岐した生き物たちの子孫が今、多くの土地に根付いている。 そこには人間の他、多くの動植物、 そして竜がいた……。 これはそんな世界に生きる人々の物語。

それでも僕は空を舞う

みにみ
SF
この空を覆う 恐怖 悲しみ 畏怖 敬意 美しさ 大地を覆う 恐怖 幸せ  それを守るために空に舞う、1人の男と それを待つ1人の女の物語

戦闘員の日常

和平 心受
SF
 マグロ拾い。内容物不明の配送。高級な接客業。高い日給が怪しさを如実に物語る求人サイトに、それはひっそりと掲載されていた。    戦闘員募集中。

―異質― 邂逅の編/日本国の〝隊〟、その異世界を巡る叙事詩――《第一部完結》

EPIC
SF
日本国の混成1個中隊、そして超常的存在。異世界へ―― とある別の歴史を歩んだ世界。 その世界の日本には、日本軍とも自衛隊とも似て非なる、〝日本国隊〟という名の有事組織が存在した。 第二次世界大戦以降も幾度もの戦いを潜り抜けて来た〝日本国隊〟は、異質な未知の世界を新たな戦いの場とする事になる―― 日本国陸隊の有事官、――〝制刻 自由(ぜいこく じゆう)〟。 歪で醜く禍々しい容姿と、常識外れの身体能力、そしてスタンスを持つ、隊員として非常に異質な存在である彼。 そんな隊員である制刻は、陸隊の行う大規模な演習に参加中であったが、その最中に取った一時的な休眠の途中で、不可解な空間へと導かれる。そして、そこで会った作業服と白衣姿の謎の人物からこう告げられた。 「異なる世界から我々の世界に、殴り込みを掛けようとしている奴らがいる。先手を打ちその世界に踏み込み、この企みを潰せ」――と。 そして再び目を覚ました時、制刻は――そして制刻の所属する普通科小隊を始めとする、各職種混成の約一個中隊は。剣と魔法が力の象徴とされ、モンスターが跋扈する未知の世界へと降り立っていた――。 制刻を始めとする異質な隊員等。 そして問題部隊、〝第54普通科連隊〟を始めとする各部隊。 元居た世界の常識が通用しないその異世界を、それを越える常識外れな存在が、掻き乱し始める。 〇案内と注意 1) このお話には、オリジナル及び架空設定を多数含みます。 2) 部隊規模(始めは中隊規模)での転移物となります。 3) チャプター3くらいまでは単一事件をいくつか描き、チャプター4くらいから単一事件を混ぜつつ、一つの大筋にだんだん乗っていく流れになっています。 4) 主人公を始めとする一部隊員キャラクターが、超常的な行動を取ります。ぶっ飛んでます。かなりなんでも有りです。 5) 小説家になろう、カクヨムにてすでに投稿済のものになりますが、そちらより一話当たり分量を多くして話数を減らす整理のし直しを行っています。

処理中です...