異世界バックヤード

ねぎ(ポン酢)

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はじめまして、異世界。

天邪鬼な恋心

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パンケーキを食べ終わり、ユーゴは途中になっていた洗い物を片付ける。
飄々とした顔でそれを行っていたが、段々と顔が俯き、とうとう水を流しっぱなしでシンクに両手をついた。

「……言うてもうた……現実に言うてもうた………。」

その顔は真っ赤である。
何度となく悪いとは思いながら「レコードメモリーシステム」を使ってれんげに言った言葉。
残念ながらレコードメモリーシステムで応えてくれた様な反応ではなかったが、瞬時に真っ赤になって言葉に詰まる様は、レコードメモリーシステムで示された反応なんかよりずっと可愛かった。

「アカン……レンゲが可愛すぎてアカン……今日一日、意地悪せんでいられるやろか……ワイ……。」

なぜ自分がこんなにも意地悪したくなるのか理解できない。
もっとスマートに接すればいいはずなのに、それができない。
目の前に立たれると、もう、頭が真っ白になって、気づけば意地の悪い事ばかり言ってしまう。
嫌がられるのがわかっている言葉が、次から次へと口から出てくる。

「なんでなんやろう~?!アホなんか、ワイは~!!」

もっと余裕を持って接すれば、相手がどんな事を考え、どんな言葉を望み、どう言えば自分の欲求に応えてくれるかわかるはずなのだ。
今までずっとそうしてきたし、そういうものだと思っていた。
それが通用しないのは、裏表無く突っ走るマーメイだけだと思っていた。
なのに全く別の形でれんげにも通用しない。
いや、通用しないんじゃない。
そもそもそのスタイルを保てないのだ。

「あ~!!何なんやろ~!!もどかしい~!!」

多少そういう気持ちがあったなら、相手を観察して、相手の求めているものを探り出し、それを利用して自分の欲求と近づけていった。
そうやってにべもなく相手の心を掴んできた。
それが普通の事だと思っていたのだ。

なのに。

「レコードメモリーシステム」でれんげにアクセスした際、れんげが無意識だがある程度自分に興味を持っている事を知った。
だから軽い気持ちでやってしまったのだ。

『レンゲちゃん、ワイの事、好きなんか?』

ただの悪ふざけだった。
なのにそれに対してしたれんげの反応を見て、ユーゴは動けなくなってしまった。
結果の表示されたモニターを見つめ、どれぐらい長い時間フリーズしていたかわからない。
マーメイの怒鳴り声がインカムから聞こえるまで、ずっとそのモニターを見つめていたのだ。

「あれからダメなんや……レンゲのトコ……冷静に見られへん……。頭、真っ白になんねん……。」

雷でも落ちたような衝撃。
今まで積んできた記憶が全部飛んだ、そんな感じだった。

なんであんな事をしてしまったのだろう?
あんな事をしていなければ、もっとスマートにれんげに近づけたはずなのに。
こんな訳のわからない対応をしていなければ、いつも通りもっと効率的に関係が築けたはずなのだ。

なのにわざわざ自分から欲求とは程遠い事をれんげにしている。
このまま行けばれんげの中にある無意識の好意に近づくどころか、自身が嫌われる事もわかっているのに。
消費されない欲求はただただ溜まっていくばかりだ。

「アカン……これじゃワイ、ただの陰湿な変態やん……。」

自らそのチャンスを踏みにじって遠ざけてしまっているのに、日々、積み重なって高まる解消されない欲求を鎮めるために、レコードメモリーシステムでちょこちょこそれを満たしている。

レコードメモリーシステムというのは、作る話に変化とリアリティーを持たせるためにユーゴが開発したシステムだ。

第一にシステムに作らせた話を、基盤になる人間の記憶や意識・無意識と重ね、修正する。
その際、その人物の記憶や知識によって、話が書き換えられる。
はじめはその書き換えが、この世界にない記憶と知識を持ったれんげに行わせれば、今までにないストーリー展開になって面白いと思ったのだ。

そしてレコードメモリーシステムのもう一つ顔。
実際の人間がその場面になった時にどんな反応をするか、それをその人間の記憶を元に仮想再現し、反応にリアリティーさを持たせる。

それはつまり、基盤となっているれんげがその話の通りの状況に置かれた時、どう反応するかがわかるということだ。
実際、それと同じ状況に置かれたからと言って、必ず同じ反応をするとは限らない。
その日の気分や体調によって、同じ話を重ねても反応は変わる。
それがかえってリアリティーさを出していくのだ。

だからユーゴは、れんげがレコードメモリーシステムに入るたびに聞いてしまう。
『ワイの事好き?』と。
そのたびに違う反応が帰ってくる。
でも今のところ、おおむね悪い反応ではない。
それを見て安心する。

「大嫌い」等の反応もあるが、その他の反応を見ると憎からずで言った言葉だとわかってニマニマしてしまう。
むしろ「あ~はいはい、好きです、好きです。」と、無感情に反応された時は肝が冷えた。
とうとう嫌われたかと思って、その時の仕事は散々となり、客からクレームが入ったとマーメイにしこたま怒られた。

それでも、現実にれんげを目の前にするとどうにもならなくなる。
まるで初めて恋をしてしまった青二才のように、天邪鬼な対応をしてしまう。

そしてまた、レコードメモリーシステムに入ったれんげに問うのだ「好きか」と。
そして物語の中のれんげと恋をする。
素直に想いを伝え、愛を囁く。

とんだ変態だ。

ユーゴ自身もわかっている。
いくら何でもヤバすぎだろうと。

仕事の合間にちょこちょこっとやるだけたが、もうそれをやらないと正気が保てないような気がしていた。
だかられんげをレコードメモリーシステムのメインにしなくてもいいんじゃないかと言われると、とても困るのだ。
そのせいか最近はエロ以外の仕事の時は少し気合を入れている。
れんげは気づいていないがマーメイは気付いているようで、客に渡した後、ニマニマとユーゴの顔を見てくるので無視している。

「………ホンマにするんやなぁ…現実のレンゲちゃんとデート……。こないな事なら、昨日のうちに定番のデートスポットでも調べときゃ良かったわ……。」

だが、ユーゴには強みもある。
レコードメモリーシステムでれんげの意識をいつも見ているから、どんなところが好きか、どんな事が喜ばれるか、反則ではあるが知っているのだ。

「せやから、最初はあそこに連れてくんがええやろ?!でもってそこからだと……。」

今日の本来の目的は、れんげの生体認証が町中で問題なく承認され怪しまれないかだ。
けれどユーゴの頭からはすでにその事は抜け落ちている。
てっきりそのうちマーメイと二人で街に出て確認するのだと思っていたのにいきなり任せたと言われたのだ。
青天の霹靂とはまさにこの事。
何の心の準備もないまま、その日は突然訪れた。

「デートとか……デートとか!!この歳になってそない言うて誘うなんて思わへんかった……っ!!」

あまりに準備ができていなすぎて、そのものの単語を使って誘うという、何の捻りも余裕もスマートさもない残念な誘い方しかできなかった。
必死すぎる自分に嫌気が差す。
だがマーメイに、いつまでもモニター越しにれんげを見ていないで現実でアプローチしろと発破をかけられたのだ。
これで出かけもしなかったなんて状況を作ったら、半年は白い目で見られるだろう。

「………ユーゴさん??」

その声にビクッとする。
自分の内心を悟られないように、またツンケンと興味なさそうに振り返る。

「エライ早いなぁ~。せっかくデートに誘ったのにワイ相手じゃ気合い入らへんかったかぁ~。」

そして意地の悪い事を言う。
そんな事が言いたい訳じゃないのに、自分のカッコ悪さを隠そうとして墓穴を掘る。
途端にカッと赤くなり、れんげが悔しそうに俯いた。

「……別に…。持ってる服も化粧品もマーメイにもらった物だけだし、たいしてする事がなかっただけです……。」

あ~なんで自分はこうなのだろうとユーゴは嘆いた。
今日ぐらいは少しは素直に接したい。
こんなチャンスはもうないかもしれないのだ。

「でも、ピアスは付けてくれるんや?」

「これは……!!」

「よぉ似合っとる。可愛いで、レンゲちゃん。」

「?!?!」

その瞬間、れんげが目を見開いて固まった。
真っ赤になって目を白黒させている。

その姿は何となく前に見せてもらったれんげの犬によく似ていた。
アンバランスなのに引きつけられて目が離せない。
心の中がどったんばったん、慌てふためいているのがとてもよくわかる。

あぁ可愛い。
本当に可愛い。

この顔がたまらなく好きだ。
だからついつい意地悪をしてしまう。

れんげが今つけているピアスは、昔、ユーゴが作ったものだ。
適当に路地で店を広げて売っていた物の一つ。
気に入っていたから売らずにいた物。

れんげの部屋を作るのに、店を上げての大掃除になった時、何故かコロリと出てきたのだ。
それをちょうど側にいたれんげが小さな声で「綺麗…」と呟いたのであげてしまった。
これだけは売らずに置こうと思っていたそれを、何の躊躇もなくだ。

それを今、身につけているれんげを見ても別に惜しいとは思わない。
むしろデートに誘ったら身につけてきてくれたというのは、好意的に捉えていいのだろうか?
そんな風に思う。

「したら、まずは服とか買いに行くかぁ。今後出かけて歩き回るのに必要やろ??」

「そ、そう言うのは…今度、マーメイと行きます……。」

「でもなぁ、せっかくのデートやし、ワイ好みに染めるってのもええよなぁ~。」

「デ!デートデート言わないで下さい!!」

「せやかてデートやん??」

「違いますよね?!私の生体認証におかしな反応が出ないか確かめに行くんですよね?!」

「けどデートはデートやん??」

「違います!!」

「違わへん。」

「も~!!ユーゴさんなんて嫌いです!!」

「そなの??ワイはレンゲちゃん、好きやけど??」

「~~~~っ!!そういうところです!!」

真っ赤になってわちゃわちゃ怒る。
怒ったってちっとも怖くないし、むしろ可愛いだけだ。
ころころ胴長の犬が、むくれてキャンキャン鳴いているみたいに。

ユーゴは笑いたいのを堪え、近くにあったヘルメットをれんげに投げた。
驚きながらもれんげはそれを受け取った。

「なんや、反射神経はええみたいやな?」

「………バカにしてますよね?!ユーゴさん?!」

「そんな事ないで??」

悔しそうにむくれる頭をぽんぽんと撫でる。
途端にまた、真っ赤になって目を見開いた。
流石にちょっと笑ってユーゴはバイクの鍵を手に持つ。

「したら行くか。」

「………はい…。」

二人で出かけるということが現実味を帯び、急に気恥ずかしくなったのか、れんげはおとなしくなって俯いた。
そういう反応がいちいち初々しくて、いたたまれなくなる。

(こう言うんを「キュン」とか言うんかいな??よぉわからへんけど……。)

れんげの記憶の中にたまに出てくる「キュン」というフレーズを思い出し、ユーゴはそんな事を思う。
キュンと言うよりズギューンッとかズガーンッて感じだけどなぁと変な感想を持ちながら、顔を見られたくなくてスタスタ歩いていく。

「ちょっと待って下さい!ユーゴさん!!」

「とろとろしてっと置いてくで~??」

本当なら歩調を合わせるべきなのだろうが、今はあまりれんげの顔をまともに見れない。
だからこうしてツンケンしたように先に歩いてしまう。

顔がニヤけるのを必死で堪える。
本当にガキみたいだと自分でも思う。

今日一日。
せめて今日一日は天邪鬼な態度を取らずに、れんげが笑顔でいてくれたらいいなぁとユーゴは思っていた。
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