雨に濡れた犬の匂い(SS短文集)

ねぎ(ポン酢)

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何者でもない

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それを見て思った。

誰の真似をしているのだろうと。

いやでも、そういう時代か。
何かに憧れ、それに近づきたくて。
その空気を纏おうとする。

ただ問題は、その空気を纏った事でそれになった気になってしまうというものだ。

だがそれはいずれ気づく。
誰かになろうとしたって、誰かにはなれないのだと。

その時、それはまるで世界が自分を否定してきたかのような絶望に変わる。

そして思うのだ。


どうして自分は〇〇ではないのかと……。


その思いは捨てがたい。
いくらたくさんの事を知り、あるがままの自分でいようと覚悟を決めても、常にその思いは形を変えて自分の中に存在する。

誰かになろうとしても、誰にもなれない。

自分はすでに自分という「誰か」だからだ。
それ以上でもそれ以下でもない。

何者でもない。
自分は自分以外の何者でもない。

だから誰かの真似をしたって、誰かになろうとしたってなれないのだ。

ただこの「自分」というのも厄介だ。

自分の思う「自分」と、恥ずかしいほどありのままの「自分」というのに落差がある。

だからいつだって、自分が「何者」なのかわからない。
だから迷い、理想の「自分」になろうと「誰か」の真似をしている。

少しずつそんなところもわかってきたから、昔よりは「自分」を知っていると思う。
それでも「こうありたい自分」と「残忍なまでにリアルな自分」というのは雲泥の差があって……。

それでも「理想とかけ離れた死ぬほど残念な自分」を前ほど嫌わなくなった。
そんなもんだと「自分に期待する自分」と「自分の残念さ加減に落ち込む自分」に笑いかけれるようになった。
落差に落ち込みにくくなってきたと言う感じかもしれない。

何者でもない。

今はその事が愛おしい。

だいぶ人生歩いてきたが、死ぬ前にそんな自分が「自分」だとはっきりと形になるのだろうか?
残念ながら先の事はまだ歩いていないのでわからない。

先にある「自分」はまだ形作られていない。
それこそ「何者でもない」のだから。
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